第8話 彼女は考える

 此処のガレージには、フロアジャッキもウマもある。

 タイヤを外して、荷台に放り込み、車屋さんに持っていく。


「おっ。独身主義の本開も、ついに結婚かい?」

 なじみのオッサンに、当然のように揶揄われる。


「やっぱりぃ。似合います? ―― 本開さんておいくつなんですか?」

 あっそうだという感じで、彼女は聞いてきた。


「三十四だ」

「わあ、丁度十個違い。偶然ですね」

「―― 偶然だろう」

 なぜか彼女は、俺の腕を取り、当然のようにおやっさんと会話をする。


「若いうちは、自分のしたい事を優先するが、そろそろ子供を作らないと、老後が大変だぞ」

 ありがたくもない説教を貰う。


「本開さん。お似合いですって。よかったですねえ。これも縁だし、たまに遊んでくれません。私、こっちへ来たばかりで、友達もいないし。何も知らないんですよ」

 下から覗き込むような加減で、彼女は言う。

 だからつい、意地悪を言って見る。


「じゃあ、いなくなっても問題にならんな」

 脅しすぎたのか、ビクッとなる。


 だが、彼女もめげない。

「殺しても良いですけど、後始末は結構面倒ですよ」

 どこかの探偵さんのように、人差し指を横に振る。


「大丈夫だ、ウッドチッパーがある」

 にやっと笑いながら、おれはそう答える。「

「何ですそれ?」

「伐採した木を細かく切る奴だ。作業後は、すべて過酸化水素水で洗浄をする」

 なぜか、ゴクッと彼女はつばを飲み込む。


「本開さんって、実は小説家とか?」

「いや違う」

 そう言ったら、考え込みだした。


「えー。最後にお願いです。ウエディングドレスは着たいんです。それと、まだエッチでいったことがないので、それも……」

 言いながら照れがあるのか、少し赤い顔をした彼女。だが、なにか、とんでもないことを言いだした。


 別荘に到着。速やかにタイヤの交換をする。

 彼女も意外と手伝い、手が汚れた。


 中へ入り、手を洗った後、飲み物を出す。

 どうして俺がと、言う気もするが……


「さっき、来たときに、傷を洗って治療をしたでしょう」

「ああ」

「その時、奥の部屋を見ちゃって……」

 思わず、飲んでいたお茶を噴き出す。

 あの部屋は、麗子用お仕置き部屋だ。


「それで、小説とかじゃなければ、本職さんかなって? なんと言うんでしたっけ? 竿? 縄? 何とか師? そんなお仕事」


「そんなもの、よく知っているな」

「いやあ。看護師とかやっていると、色々と。先生連中、結構エッチだし」

 そう言って、ちびちびとお茶を飲む。


「あれは、そう言うんじゃないし、俺はプロじゃない」

「結構本格的でしたよね」

 そう言って、じっとこちらを見る。


「あれは、そうだな…… 腐れ縁。それを繋ぎ、嫌みもあるが、対価として金を払う。ただそれだけ。そう、あれは決別のために必要なんだ。ガキの頃。その思いから…… 何を言っているのかな、俺は」

 そんな事をしゃべっていると、なぜか俺は、涙を流していたようだ。


 彼女はすくっと立ち上げると、俺にぎこちなくキスをして、頭を抱きしめる。

「うきゃー。こけて打った所が、いたいぃ」

 そしてそれは、色気なく……


「だが、そうだな。望みは判った。だが、結婚はどうかな? 俺には、まだしたいことも、やらなきゃいけない事もあるし…… そうだ、職業は一応、個人トレーダーだ。金はそこそこある」

 彼女はむーという感じで考える。


「じゃあ、入籍はしなくてもいいから、先に死んだ方を見送って」

 彼女は一足飛びに、突拍子も無いことを言い始める。


「それは…… 残った方が最悪だろうが」

「へえ、そう思ってくれるんだ。嬉しい」

 それでまあ、お互いの傷のなめ合いというか……

 契約をした。友人契約。エッチ込み。

 子供が出来れば、認知くらいはしてと言う事だ。


 優秀だった彼女は、医学部の看護学科出身。

 四年制の大学を出て、院へは進まず。同級生が言っていた勝ち組就職先。そう、大きな総合病院で勤務を始める。


 大学病院ではなく、外を受けたのは、学生時代の付き合いなども色々と事情があったようだ。

 だがそこは、どんどんと患者を受けて、当然だが、毎日の様にバンバン人が死んでいく。

 その取捨選択は先生がするが、見ていた人が今日は亡くなっている。普通なら耐えられない仕事現場。

 そんな仕事を二年ほど続けて、そう、少し精神的に壊れた。


「見た目は、テニスとか、サーフインとかやってそうだけどな」

 笑いながらそう言うと、彼女はいーと顔を歪ませる。


「地黒なの。すぐ日焼けしちゃう」

 そう言って、自分の肌を確認するようになで回す。


「焼かなきゃ良いだろ。今なら完全防備できるだろ」

 無論、日焼け止めとかの話だ。

 暑い時期に、完全防備で動いている人を見ると、そんなに焼けたくないなら、昼間に出なけりゃ良いのにと思ってしまう。


 だが彼女は、言い訳を言う。

「お日様をあまり遮るとよくないんです。ビタミンD合成とかも必要だし。それに白いと親が心配するし」

 地黒だと言いながら、焼くのが好きなんだな。


「やっぱりガキの頃は、おてんばさんか?」

「うん」

 嬉しそうに、そう答える。


 そして彼女と、関係を持つ。

 中でいったことが無いとか言っていたが…… 驚くことに、行為そのものが初めてだった。

「いやあ。この年で、経験がないなんて恥ずかしいじゃ無い」

 だ、そうだ。


 そうして、こいつは貪欲。

 妙なところに慣れがあり、逆に色々な事に禁忌感がなく、「実際にやっている映像が無いの?」とか聞いてくる。

 見せると、「へぇー」とか言って、じっと見る。

 それは、医学に関わる人間の特性なのだろうか……

 とりあえず、焼き餅とかを焼くタイプでは無いようだ。


 映像を肴に、飲んでいると聞いてくる。

「美人さんだね」

「そうだな」

 そう言うと、肘で突かれた。


「そこは、そうでもないとかさ、言い方」

 そう言ってむくれている。

「そんなことを気にするのか?」

 そう聞くと、そっぽを向きながら短く答える。

「一応ね」

 そう言った彼女の耳は、なぜか赤い。


 彼女のおかげで、何処がどう感じるという、客観的なデータも取れた。

 器具も買える物は買い、ワンオフ物は医療用シリコンとかで自作をした。



「まあ、それもあったのかなぁ?」

 快楽は、人を引きつける。

 まさか旦那が死んで。

 どうして俺と、結婚をしようと思ったのか?

 俺が相手とはいえ、十何年も彼女は裏切り続けたのに。


 そんな女だが…… それ以上のこともあるんだな。

 娘をと言ったときの焦り。それは焼き餅では無かった気がする。

 多少はあったかもしれないが、やはり親なのか?


 よく分からんな。

 ただ現状。

 そいつ以外に原因が思い当たらないが、彼女はストレスを抱えて入院をした様だ。

 抜け出してきたから、乞われるままに抱いてやったが、今一。

 そう、いつもに比べて…… 心がここにあらずだった……


 まあおかげで、娘の方からこちらへやって来た。

 彼女は、母親と同じかな? それとも……

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