第7話 出逢いと縁

 ある日、森の中……


 ああいや、いつもの別荘へと向かう道。

 左曲がりのブラインドコーナー。そう、先の見えないカーブを曲がると、そこに車が止まっていた。

 山の中、広い道じゃない。とっさにハンドルを右に切り躱す。

 すると驚いた顔をした彼女が、ご丁寧にドアを開けて立っていた。


 ちなみに、右側。カーブの外にはガードレールなどない。

 落ちれば、車でジェットコースター体験が出来る。

 下は確か、小さな川で岩場だ。

 九十パーセント死ねる。

 後十パーセントは、途中で放り出されて死ねる。


 だが小心者の俺は、人を引くより自分が落ちることを選択をした。

 ギリギリまで、右端へ……

 あっ、みぎの前。タイヤが今、路肩に落ちた……

 そこで、止まった……


 安心をしたら、ずりっと動く。

 ぴぎゃー……


 あわてて、シフトをリバースに入れる。

 フルタイム四駆を搭載している俺の車。

 彼はあっさりと、落ちた右前のタイヤを引き上げる。

 田舎の必需品、軽トラック。

 まあ俺のは、乗車スペースが少し広い。

 田舎じゃあ、大きな車は、道に入れないんだぜ。


 そう、一応助かったが、すべてはギリギリ。

 彼女の車が、もう少し大きければやばかった。

 狭い山道のカーブ出口で、車をいきなり駐めているとはどういう事だよ。

 今の一瞬で、精神的に五回は死んだぞ。

 つい睨む。


 彼女がドアを閉めたので、前に向けて車を進める。

 すると、彼女はあわてたように、車の助手席に攻撃を始める。

 窓をバンバンしやがる。


 止まって窓を開ける。

 その時の俺の顔は、非常に不機嫌だっただろう。

「見ての通り、猫は乗っていない。窓をバンバンしないでくれないか。それに、こんな先の見えないカーブで車を駐めるなんて、人殺しが趣味なのか?」

 いけない。アンガーコントロール。

 怒りを見せてはいけない。それをするのは、調教…… 必要があるときのみ。


「あー。えーと、車が動けないんです」

「それなら、カーブ手前に三角停止板くらい置いといてくれ」

「そんな物があるんですか?」

「購入せず、高速で同じ事をしたら違反だ。まあ下じゃ義務はないが、俺は死ぬかと思った。この下は川だが、結構川原まで高いんだ」

「へー。お魚とかいます?」

 この状況で、そんなとんちんかんなことを言って、彼女は川を覗きに行こうとした。


 なので、俺は先に進み、彼女の車を追い越し、前へと出る。

 確か、この先の右カーブは、内側が広くなっていて車が止められる。

 だが、俺が抜けたことに気が付き、彼女は鬼の形相で追いかけてくる。

「あっこけた……」

 サイドミラーで見てしまった。

 仕方が無いので、車を駐めて彼女に向かって叫ぶ。


「この先に、車を駐めるだけだから」

 ゾンビのようだが、起き上がってきたし大丈夫だろう。

 ずべっと、もろに顔からこけたけど。


 多少気にはなるが、実際、目的の右カーブはすぐ先だ。


 車を駐めて、戻ってくると泣いている彼女。

 高くもない鼻なのに、鼻の頭と右の頬骨の辺りをすりむいている。

 だが、痛かったのではなく、俺を見て抱きついてきた。


 あー他人。それも、男への距離感が近い。

 そういうお店の子かな?

 とっさにそう思った。


 だがまあ、彼女の仕事は少し違った。

 後で聞いて、なるほどと納得をしたよ。

 そして結構、色々な所をすりむいたり打ちつけたりしていたようだ。それが分かった彼女はまた泣いた。 結果。

 世話を焼く。

「あんた、溝落としをしたんだな」

「えっ、そんな過激なことしませんよ」

 アニメとか見てるのか。以外だな。


「ここだ、タイヤの脇が切れている。これじゃ修理は出来ん」

 田舎の道は、奥に行くと排水路が単なるへこみとかになる。

 コーナー途中でインに行きすぎると、落石とかで割れた石があり結構スパッと切れたりする。


「最近の車は、緊急タイヤすら積んでいなくて、補修剤だったりする。補修剤じゃ、ぱっくり開いたタイヤは直らん」

 軽トラは、実用車だから、予備のタイヤが搭載されている。


「PCDは同じ百か。よかった」

 メーカーや車種によって、タイヤのネジの幅や個数が違う。

 あと、オフセット等、リムの深さや、色々まあ。

 だけど、右カーブの広場までは、軽トラタイヤでいける。

 本来、緊急タイヤなどの場合でも、前がパンクの時には、後ろタイヤを前に持って来て、サイズの違う緊急タイヤは後ろにはめる。

 左右のタイヤ口径が違うと、小さな方へハンドルが傾くからだ。


 理屈は知っている。だが、今は無視。


 車を移動して、広場へ持っていく。

 そこで気がつく。

 彼女のいい加減さ。

 車の室内には、お菓子の袋や何かが、そのまま助手席に放り込まれている。

 そう、助手席がゴミ箱。


 あまり仲良くならない方が良さそうだ。


「金はあるか? 車は置いといて、一本買ってこよう」

 一般的なサイズ。国産のやつでも一本一万くらいだろう。

 減り方の差が気になるが、まあ良い。


「本当は、二本そろえて換える方が良いんだけどな」

「えー。他のはまだ使えますよ」

「タイヤは減るんだ。左右でサイズが違うと、小さい方に曲がってしまう」

 そう説明をすると、空中で何かを描いていたがすぐに理解をした様だ。

 意外と理系だな。


「じゃあ、二本とも換えます」

 そうなったらそうなったで、困った。

 あまり人が来ない道だが、修理中の車。

 二本タイヤを外していると、つい悪さする奴が出そうだ。


「車を俺の別荘まで持っていこう。ここじゃ悪さされると困る」

「別荘? お金持ちさんですか?」

「お金持ちさんじゃなく、名前なら本開だ」

「あっ。すみません。私、風所です」

 そう言って、ニコニコ顔の彼女。


 ゆっくりついてきて貰って、サイズの違うタイヤの怖さを実感して貰う。


 無事に別荘へと到着し、作業を始める。

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