第5話 彼女

「まあまず、電話番号は教えてある。どうするかなぁ」

 そう、現場で事故があり。職人二人くらいと一緒に、奴は入院中。

 当然だが、現場は止まった。


 安全管理がどうとか、まあ保険は出るらしいし、それはよかったが、当然ながら工期は遅れる。


 工事一つに関わる者達は多い。

 まあ、電気や水道他色々。

 決まりがあり、免許を持った職人を抱える指定業者じゃ無ければ、工事が出来ない。


 今回のように、何かがあってスケジュールが合わないと、さらに遅れたりするし、まあ、色々あるらしい。

 施主が、店だったりすると、遅延の損害とかも出るかもな。

 仕入れとかもあるし、物が売れず不渡りでも出た日には、開業前に潰れることになる。

 個人のように、来月は遅れないでくださいね。

 などというのは通じない。


 その上に…… だ、小さな所は予定を無理矢理組んで、別の現場も受けていたりする。

 自分が動けないと、不足分を、急遽人を雇ったりして埋めると、人件費が余分に掛かる。


 まあ、切羽詰まった姉ちゃんの説明だし、何処まできちんと理解をして何処までが本当なのか、その他にもあるのか。

 きっと、全部全部では無いだろう。


 大部分が、牽制のつもりなのか、のろけと、子どもの話だったし。

 だが、話半分でも、内容を聞くかぎり、そんな感じらしく、良くはない。どうやら死活問題のようだ。

 つまらないことで俺に腹を立て、電話をぶち切るなんて言うことを、している状態じゃ無いだろう。

 よく分からないけどね。

 

 そんな事を考えていると、すぐに掛かって来て、「ごめんなさい」のついでに詳しく話を聞いた。

「要するに、二百万? それだけあれば良いの?」

「うっうん」

 そう聞くが、はっきりしない……


「本当は?」

「三百万……」

 彼女は、口ごもる。


「足りない分は? どうするつもりだったの?」

 少し間が空き、渋々答える。


「ノンバンク……」

「バカだろ」

 つい、はっきりとそう言ってしまった。

 そう、その時代。まだ金利二十五パーセントとか、三十パーセントとかが、あったはず。


 不安だから、三百五十万ほど入金をしておいた。

 旦那は、まだ入院中で動けないはず。


 生活費を含め、姉ちゃんの説明では何もかもが怪しい。

 俺も詳しくはない。だが、雇っていた職人とかもいるはずだ。

 給料日が何時なのかは知らないが、事情があって工期が延びた場合。工事が終わる前に、施主だか、銀行だか知らないが、金がいつ払われるのか俺は知らない。


 まあ、種はまいた。

 家には内緒で、連休にこそっと帰る。


 スーツケースの中には、職質を受けるとやばそうなおもちゃや、色々な道具が満載。

 当然だが、ビデオ撮影用の機材も完璧。


「おひさ。子どもは?」

 少しやつれているが、彼女だな。幼さが消え、うーん客観的に見て美人だな。

 だが服装とかに、おしゃれ感は無い。


 長くなった髪を、無造作にポニーテール。

 八分丈デニムのスキニーパンツ。白いタンクトップにデニムの長袖シャツを羽織っている。靴は一応色を合わせたのか、青色でぺったんのカジュアルシューズ。子供が走ったときに追いかけられる装備か?

 何かは塗っているようだが、化粧っ気も無い。


 最後に見てから何年だ?

 お腹がおっきくなったのを見て、怖くなって見なくなった。


「だんな。健司が家で見ている」

「へえ。退院をしたんだ」

 まだだと思ったが、意外と早い。


「まだ、まともには動けない。大腿骨? と肋骨が折れていて、大腿骨の方はまだプレートが入ってるの。でも、子守りくらいは出来るから」

 あれか? 金がなくて強引に出たのか?


 まあいい。子供がネックだったが、今は、昼過ぎ。

 問題がなければ、まあ時間的に、夕方には彼女を解放できるだろう。


 俺は最近購入をした、町から少し離れた別荘へ車で向かう。


「そういえば、この車は?」

「レンタカー。借り物さ。だが、これから向かう目的地は買った。バーベキューでもしながら話をしよう。まともに話すのは何年ぶりだ?」

 そう言ったが、彼女は……

「へー」

 無関心そうに流された。


 その時、少し緊張気味の彼女は、何を思って、助手席に乗っていたのか。

 ただ、助手席に座る彼女の手は、太ももの上でぎゅっと握りしめられていた。

 そう、お互いに、ガキの時とは違う。


 今回も……

「すぐには返すことが出来ない? 別にいよ。証文を書く気も無いが、担保は貰おう」

「担保?」

「そう、今度帰るから、デートをしよう。都合の良い日を教えて」

 そんな流れで、誘った。


 まあ、結構軽めにそう言ったのに、スカートでも無く。非常に脱ぎ着がしにくそうな、ギチギチのスキニーパンツ。

 ちょっと太ったからと、結局は言い訳をしながら脱いだのだが、本来乗り気では無かったはず。

 一応、貞操観念はある様だ。


 だがあの時、逆らわなかったのは、俺への罪悪感だけでは無かったはず。


 到着をした、山の中の別荘。

 目の前には、川もある。

 普段食えないだろう肉をとりだし、彼女に強めのチューハイを勧める。

 俺は運転で飲めないのが残念だ。


 来たときには、ナニをするのか、きっと色々頭の中で考えて、おっかなびっくりだった彼女。

 だが、思い出したのか。

 俺とは、過去すでに経験はある。

 そして、長年の付き合い。


 すぐに、距離感は戻った。

 旦那への、主に経済的な愚痴と、仕事柄危険に対する心配。

 自慢のかわいい子供について、ペラペラとしゃべり始めた。

 沙羅と言うらしい。

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