第3話 そして……

 その後の事は、ほとんど覚えていない。

 ただ、景色の中から、香澄が居なくなった……


 葬式の時。

 お棺は開いてくれない。

 そして、火葬をして、見送る。


 最近は、盛大にせず。家族だけで行うから何もする事が無い。

 そんな事を言っていた。


 わずか、一週間足らず。

 皆、心の準備など出来なかった。

 交通事故とかと同じ。

 突然の事。

 喪失感だけが、時間と共に大きくなっていく。


 気にしてくれているのか、平山達が顔を見に来る。

 こいつら、別れるのを撤回したらしい。

 しばらく離れて、好きなのを再確認をしたそうだ。


 山川と賀成も、付き合っている事を暴露してくれた。

 皆と一緒に、馬鹿話をしているときは良い。

 だがそれでも、足りない何かはずっと意識の中にある。


 あれから、伊吹家には顔を出せない。

 子どもの頃からずっと行っていたが、今行くと、いない事を思い出してしまう。


 特に、本人からではなく、磐司や賀成から聞かされた、香澄の思い。


「中学校の時かなあ?」

「そうそう。恋バナをしてて、誰が良いって言う話になって、でもあの子。頑なに言わなかったんだけどね。私が言ったの。恭二君優しくていいなあって。そしたらさあ」

「ああ。あんときすごかったよね。恭二はダメーって」

「そうそう。告白しないのって聞いたら、もし駄目で関係が壊れるのが怖いって。まだ恭二君は、恋愛とかに奥手そうだから大丈夫。誰かが手を出してきそうなら言うから。なんて言ってさ」

 二人だけ、うんうんと納得をしているようで、俺達男は、全く知らなかった。


 だが、さっきの言葉に、幾哉が引っかかったらしい。

「お前、恭二のことが好きだったのか?」

「いやあねえ。中学の時だし、ちょっと香澄の気持ちを確認しただけよ」

 そう言ったときに、静夏はちらっとこちらを見る。


 彼女の本当は判らない。

 香澄の気持ちを知って身を引いたのか、それとも言ってみただけなのか?

 今は、幾哉と仲良く付き合っているし…… 俺には、そう…… 関係が無い話だ。


 それよりも、絶望感というのか無力感というのか、この気持ちを何とかしないと、俺はどうにかなってしまいそうだ。


 こんなにも大事だったとは思わなかった。

 こんなにも必要だった。

 こんなにも、俺は……

 こんなにも……


 香澄達ご一同様が眠っている墓の前で、血だらけになりながら、蚊の大量虐殺を行う。

「もっと早く言ってくれれば良かったのに。いや…… もっと早く言えば良かった」

 今となっては、結果の出る事がない、自問自答を繰り返す。


「ほら、何時までも、落ち込んでいたら、香澄が困るよ」

 そんな事は判っている。

「彼女の分まで頑張って」

 彼女の分て、なんだよ?


「まあ、元気出せよ。淋しいなら誰か紹介してやる」

 そんな、簡単に割り切れない…… きっと、比べてしまう……


「淋しいからって、静夏に手を出すなよ」

 ふっ。幾哉の言葉が一番だな。

「出しやしないよ……」



 青い空は、いつの間にか赤くなり、やがて紫に……

 いい加減、全身がかゆくなり、家へと帰る。


 まぶたとか、唇とか食われて、鏡の中に変な奴がいた。

 風呂へ入ったらましになったが、腹が減り、飯を食って布団に入り。

 言いようのない絶望感を味わう。


 そうしていたら、翌日おばさんがやって来た。

「香澄のノートパソコンだけど、貰ってくれない?」

「あいつの黒歴史ですか?」

 そう聞くと、おばさんは困った顔で答える。


「ある意味そうだし、恭二君には辛いかもしれないけども。あなたたち、付き合っては居なかったでしょ?」

 こっくりと頷く。


「ええまあ」

「うーん。どうしようかな。やっぱりやめようかなぁ」

 そう言って、少し困った顔をするおばさん。


「えっ。すごく気になるんですけど」

「でも、ねぇ……」

「いや、ここまで来たら、手を離してください」

 お互いが、パソコンを持ったまま、引っ張り合い。


「でも…… どうしようかなぁ」

 なんか、表情が変わり、すごいノリノリで、おばさんに遊ばれている?

 なんだか、いつもの感じ。


 そして、いきなり手を離されて、引っくり返りそうになる。

「落とさないでよ」

 理不尽な……


「いきなり手を、離さないでくださいよ」

「うんまあ。ごめんね」

 そう言って、おばさんは帰っていった。


「ごめんねって、何だよ」


 悪ふざけは、おばさんの葛藤。きっと、おばさんには、おれがそのデータを見ると、どうなるのかが判っていた。

 はずだ……


 中学校二年の時から始まった、あいつの黒歴史。

 ノートパソコンに付いたカメラ。

 それに向かって、奴は寝る前に、明日は絶対言うとか言って、告白の練習をしていた。

 そう、告げられなかった告白。

 あいつの…… 心の中。


 中学校の時は、以外と軽いノリだった。

 だが高校ヘ進むと、少し変わる。


「何をそんな、楽しそうに笑顔でしゃべっているの?」

「そう言われても、俺にそんな楽しい記憶は無い」

 一方的な問いかけに答える。

 

 何をクラスの女の子と話をしていたの? しゃべっている内容がすごく気になるとか…… 焼き餅を焼く自分が嫌いとか……


 そして最近は、自身の自信のなさを告白をしていた。

 あの怪我の日も、シャワーに一緒に入る? と聞いたのは、冗談じゃなく。あいつにしてみれば、バンジー並みに気合いを入れてのお誘いだったようだ。

 その後の、タンクトップも…… わざとだったらしい。


「魅力が無いのかなぁ?」

 悲しそうな顔をして、パソコンに向かってぼやいていた。


 そして……

「熱が出て辛いよお…… 死んじゃったらどうしよ。――うー…… 恭二のバカ。好き…… お休み」


 それが最後だった。


 そう。

 その日から、大事にデータを分けて。

 毎晩スマホに向かい、年を取らない彼女に、おれも、好きだよと答える。そう、痛い人間が一人誕生をした。

 それは、きっと、おばさんが危惧をした光景。


「ごめんね…… 恭二くん」




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 お読みくださり、ありがとうございます。

 書くのがちょっと進まなくって、申し訳ありませんでした。


 この話は、多剤耐性菌が増加中で注意しなさいと職場でメールが来ていたので、書いた話です。


 救急とかの流れは、色々な感染症とその対応を混ぜています。

 最初は、ノンフィクション的に書こうかとしたのですが、医療小説ではないと思い出しまして、こうなりました。


 暑さ厳しい折、体調不良からの感染症が急増しています。

 お体には、お気をつけください。

 しばらく人食いバクテリアが話題になっていましたが、あれもレンサ球菌という常在菌です。


 では……


 ああ、そうそう。”沢田知可子さんの『会いたい』 とか、スターダスト☆レビューの『木蘭の涙~acoustic~』”辺りを聞きながらだと、恭二が持つ、心のイメージが伝わります。たぶん。

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