第2話 異変

 この年になっても、みんなが言っているような、付き合うとか、彼氏彼女。

 好きとか愛してるなんぞ、未だに気持ちが理解できない。


 だが、肉体的には大人に近くなり、したい事はしたい。

 相手が香澄でも、シャワーを浴びている所を想像すれば、体は反応をする。


 そんな俺の事情も知らず、奴は短パンとタンクトップ。しかもノーブラで出てきた。

 おばかな香澄の膝に、キズを体液で包み。乾かさずに自然治癒力をあげる、保湿系絆創膏を貼る。

 このタイプは少し値段が高いが、早く綺麗に治る。安い布タイプや、消毒薬は、交換する度に傷にダメージを与えて長引かせる。


 十年以上前からは、皮下に達するような傷でない限りは、消毒や乾燥は、傷に悪いという事が知られている。

 緊急時や、面積が広いときには、傷口を水道水で洗い、砂などを取り除いた後、傷にワセリンを塗り、ラップで包んで保護をするのが良いと教えて貰った。

 

 ただ、深い傷や化膿してきた場合などは、すぐに病院へ行くこと。


 そう、傷口を乾燥させるスプレーで、重篤化することが多く、乾燥は駄目だと知られて、最近は傷を乾燥させない。


 まあ、処置をしたその上からネットで抑える。

 関節部分は、剥げやすいからな。


「ありがとう」

「ほかは?」

 肘とか、掌。別に問題は無さそうだ。

 だが肘とかを見たときに、別の所が気になり、つい目をそらす。


「よし、熱冷ましを飲んで寝ろ」

「はーい」

「九度を超えたら、座薬だな」

 そう言うと逃げていく。


 座薬は普通、体温で少し表面を融かしてから入れるものだが、昔おばさんに強引に入れられて、すごく痛かったらしい。


 座薬怖い病だ。


 夕方まで待って、帰ってきたおばさんに説明をする。

「なので、警察に診断書を持っていってください」

「ありがとうね」

「本人は夏バテで、熱もあったので、熱冷ましを飲んで寝ています」

「はいはい」


 そうして、俺は帰った。


 その後、きちんと近所の診療所へ行った様だ。

 翌日気になって、様子を見に行くと、元気にそう言っていた。


「膝小僧に絆創膏を貼って、泳ぐのは駄目かなあ」

「あまり良くはないなぁ。他の人も嫌がるだろうし、最近は変な感染症も多いらしいからなぁ」

「感染症?」

「そう。傷口なんかがあると、そこから感染をするんだってさ。父さんが言っていたよ」

「へぇ。そうなんだ」

「それに、体調が悪いと、免疫力? とかいうのが下がっているから病気になりやすいらしい」

「もう。心配しすぎ。すぐに元気になるから大丈夫よ」

 そう言ってむくれる、香澄。


 ほっぺを膨らませるから、思わず両手で挟み、潰す。

「ぶううう。もう……」


 そして…… その日が、元気だった香澄の、最後の姿だった。

 三日くらいで、高熱が出始めて、入院。

 レントゲンを撮ると、肺炎を起こしていたようだ。


 血液ガス分析で、血中の酸素濃度が低いらしくて、酸素吸引。


「どうしてこんな事に?」

「判らないの。急に……」

 なぜか、おばさん達も血液検査などをされて、面会もさせてもらえない様だ。


 『薬剤耐性』

 『アシネトバクター?』

 『感染症……』

「届け出を……」

 そんな会話が聞こえて、病室周りがにわかに騒がしくなる。


「腎機能も……」

「カルバペネム系薬効いていません」

「大学病院へ連絡。緊急で」

「はい」

 看護師さんが走って行く。

 そんな姿を、俺とおばさんは呆然と見送る。


 現実は、ドラマと違い。会話もする暇が無かった。

 ただ、あわただしく状態が変わっていく。

「大学病院へ輸送します」

 そう言って、完全防備でやって来たスタッフ。

 ストレッチャーの上に乗った香澄も、ビニールでくるまれている。

「感染の危険はほぼありませんが、予防のためです」

 そう言って……

 ビニールシートがぶら下がる救急車へ積み込まれる。


 俺達は、おばさんの車で追いかける。


 数時間後、大学病院で、先生から話を聞く。

「もともと、日本では少なかったのですが、最近増えています。通常なら発症をしないのですが、お嬢さんずっと体調が悪かったとか? それで免疫機能が落ちていたのでしょう」

 そう言って、パソコンのモニターを指し示す。


「白くなっているのが肺で、炎症を起こしています。腎機能も落ちていて、抗菌剤を使う必要があるのですが、いくつかの薬剤に耐性がある様なので……」


 感染症には、抗生物質とか抗菌剤と呼ばれる薬剤が使われる。

 だが、それに対する耐性を持つものが居る。

 日本では少なかったものも、観光客の増加など、人の移動により、特殊な菌が増えてきていたりする。


 異常な夏の暑さ。

 それにより体調を崩し、何でも無い病原菌が突然発症して、人の命を危険にさらす。

 免疫が低下した人などが発症する、いわゆる日和見感染症で珍しいものではない。

 それは、土壌や水など環境中に生息している菌で、健康な人の皮膚からも検出される事があるもの。


 だが、いくつかのものによる発症が、今、急激に増えているらしい。


 そして、運が悪かったようだ。

 敗血症からのショック。多臓器不全。

 それは…… あっという間だった……

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