第2話 不穏な空気

 彼は翌日。

 おバカな友人達に、経験とか興味だとか聞いてしまったようだ。

「へー…… 結構…… やっぱり……」

 聞き耳を立てても聞こえない。


 そこに、連んでいる女が一人張り付いてきて、颯人に何かを耳打ちしている。

 あっ、何か言ったけれど、そこで振り向くと唇が当たる。

 やめてぇえ。


「葉月。あんたさっきから、なに百面相をしているの? ―― ああ、颯人くんか。高嶺の花だね」

 声をかけてきたのは、皐月さつき。私と同じく、生まれ月で名前をつけられた同士。

 むろん、颯人が幼馴染みで、部屋に出入りしているなど言っていない。

 ばれれば、殺される自信がある。女の友情なんてそんな物よ……


 だけど、そんなことを考えると、フラグという物は立つもの。


「葉月。今日ちょっと遊びに行くから、部屋には行かないけど、きっちり勉強しとけ。気に入ったようだから、赤点ならラーメンな」

 奴は爽やかに、言い放って行った。 私の周りに混乱を残して……


 そう、皐月さつきの前で……

 当然、彼女の目で炎が燃え上がる。


 地の底から聞こえるような、妙に響き渡るような声。頭の芯や胸に変に刺さる。

「ねえぇぇ。葉月ぃ。私…… とても信じられない話を聞いたの…… 行けないという事よね? ねっ? ねっ? じゃあ普段は? いつもなら来るの? 彼が、部屋へ……」

「いやちょっと、皐月。首が…… 息……」


 その日、初めて河原で石を積んだ……

 向こうでは、優しそうなおばあさんが来ちゃ駄目と、私を追い返す?

 どうしてなの。そっちに行きたいのに…… 私、何か悪い事をしたのかなあ?


「息して、息……」

「何してんの?」

「首を絞めたら、葉月の息が」

 そう言うと、彼は私のほっぺに手を当てて囁いたらしい。

「んー。葉月。朝だ、起きろ。起きないと布団を捲るぞ」

「ひっ、だめぇ。―― えっ、なにこれ??」

 目を覚ますと、ニヤニヤ顔の颯人。


 周りには、心配? とも違う、複雑な顔をしたクラスメート。

「へー。そう言う仲なんだ。友達だと思っていたのに。『朝だ、起きろ。』言って欲しいぃわぁ。それに私なら、布団も捲ってほしい」

 皐月の言葉と視線。いえ、死線を感じる。なにかやばい意識が、私の心に突き刺さる……


 遠くからも、私に視線が集中している気がする。

 その日、数少ない友人達。なぜか皆が、近寄ってくれなかった。


 だけど、翌日から、私はモテモテになる。

「葉月。まさか私が、遊びに行くのを駄目とか言わないわよね」

 皐月の目が怖い。心なしか、左側鼻血が出ている。


「えっ。あっ。うん…… もちろん良いし……」


 その日も、彼は来なかった。

 私の友人来襲を見ていたのだろうか?


 違っていた。


 それは前日のこと……

 近所のカラオケボックスの一室で、おバカ連中が女の子を振り向かせようと熱唱する中、行われていた会話。

「男が初めてだと、強引だからやっぱり痛いわよ」

「そうよね。なんか鼻息ばかり荒くって、強引に胸を揉むから痛いし」

「そうそう」

 軽薄グループの面々。

 だけどこいつら、成績が良い。


「唇を尖らせてさ、鼻息をふんふんさせて、あれで冷めちゃった」

「何の話?」

「初恋。最悪だったわよ」

 人世 麻美ひとせ あさみが、嫌そうな顔をする。

 唐多 弥子からだ やすこがその言葉に反応する。


「それでもしてみたら…… あー。体の相性とかって、してみないとわからないじゃない?」

「へー。相手によって違うもの?」

 颯人が気になり質問をする。


「そうそう。やっぱりいい人だと、こうピタっとくるというか。収まっただけで幸せを感じるときがあるのよね」

「じゃあ、その人と付き合っているの?」

 麻美がそう聞くと、弥子が首を振る。


「いい男は、本命持ちが多いの……」

「あんたねぇ。刺されるわよ」

 麻美が、弥子を呆れた目でみる。


 だが、弥子の反応は違った。

「刺して欲しいぃ。最近してないの。やっぱり固定の彼氏が欲しい」

 そう言いながら、颯人の方をちらっと見る。


「颯人くん。どうかなぁ。私ぃ、何でもするよ」

「ばかねえ。深身さんという、最強の女がいるじゃ無い。幼馴染みというプラチナカード持ちが」

 麻美がそう言うと、意外な返事がやって来る。


「あー。別に付き合ってはいないよ。仲は良いけれど。だけど、今まで幾人か付き合った子は、葉月に会わないでとかいうから、別れる原因になるんだよね。どうしてかなあ?」

 横で、聞いていた二人とも、当然だろうと考える。

 

「颯人くん相手だと、自信がなくなるもの」

「そうだよね。何時フラれるか不安だよね」

 そう言いながら、拍手をする。

 歌が終わったようだ。

 会話をしながら、聞いていたのか。すごいな。


「おし。颯人歌え。感動する奴」

「感動? それじゃあ」

 『トイレの神様』という古い曲を歌った。

 なんとなく好きなんだよね。


「これは…… これは、違うぞ颯人。泣かせてどうするぅ」

 皆、なぜか号泣していた。

 

「かすれるようなビブラートが、胸に…… おばあちゃんのところがだめぇ」


 場が、なぜか微妙な雰囲気になってしまった。


 その後、 陽介達が盛り上がる曲とか歌っては、おれが『手紙~拝啓 十五の君へ~』とかを歌う。


「もう、ゆるしてぇ」

 そして帰ることになってしまったが、なんとなく勝った気がする。

 泣くのは良いことなんだよ。


 そして、翌日。彼女達に再び誘われた。

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