人はそれを自業自得と言う

第1話 幼馴染みは、いい加減

「卒業おめでとう。葉月はづき

「ありがとう」

 薔薇の花束がにゅっと出てくる。


「俺と結婚してくれ……」

「はぁ?」


 大学の卒業式。

 いきなりプロポーズをして、私に蹴りを食らったのは、幼馴染みの 白城 颯人はくじょう はやと

 私は、深身 葉月ふかみ はづき


 そう、こいつとは小学校のときからの付き合い。


 近所だったけれど、そんなに行き来はなかった。

 ところが、そろそろ多感な小学校五年生の頃、颯人のお母さんが、仕事に復帰。

 家の母さんは、パートなので帰るのが早いし、良いわと勝手に決めてしまった。


 本音は、颯人の成績が良かった。

 どこかのグラフで、男と女による知能の偏差という物を見たことがある。

 女の中央値は、男の倍もある。

 つまり、意識的にも、女は普通であろうとして、男は普通じゃないのを望むと言っていた。そうよく言ってしまう口癖。『私普通が良いの……』 その言葉が、男が突き抜けるのをジャマする……


 何が言いたいのかというと、私はバカじゃない。

 颯人が飛び抜けているだけよ。


 まあそんな事は、高校生になった私が思ったこと。

 小学生のときは、理解できなかったし……

 それにね、飛び抜けておバカも、男の方が多いのよ……


「じゃあ、よろしくね」

「颯人くん。家の子成績が今一なの、教えてあげてね」

 この時、まじまじと私を見た颯人は、女の子かと思うような顔で色白だった。

 学校ではクラスが違うので、関わりが無いし、子供会の行事くらいでしか関わっていない。


 そう、私は私で、少し人見知りをする女だった。

 それをすっかりと変えてしまったのが、颯人。


 奴も、中学校を卒業するまでは、まあ普通だった。


 学校から帰り、少しすると颯人が家にやって来る。

 宿題をして、急に日課となった、低学年用ドリル。


 さらっとした髪をかき上げて、私に言ってくる。

「流石に足し算と引き算はできたね。お母さんが、葉月はどうしようもないって言っていたから、僕、それならどうしようかと思っちゃったよ。ははっ」

 そう言って、笑う彼。

 当然私は、真っ赤になる。


 長いまつげ……

 ふとした仕草。

 女の子みたい……


 そう思っていた。

 おかげで仲良くなり、勉強は少しだけはかどった。

 少なくとも宿題は、忘れなくなった。


 そして、自然の流れとして、女である私の方が先に、大人の体になっていく。

 二年ほど遅れて、颯人も変わり始める。

 勝手に女の子になるのかと思っていたが、美人な男? になった。

 髭が生え、喉仏が出て、声が低くなる。

 だけどこの頃でも、少し長めの髪でふとした仕草は女ぽい。


 中学校三年の時、部屋で眠ってしまった彼に、そっとキスをしたのは私の方。


 そして高校。

 奴は、自分の魅力に気が付いた。と言うか、気がつかない方がおかしい。

 一年の時は、二人ともたまたま同じクラスになったが、別のクラスの女の子が、そっと見に来る。

 むろん彼は気が付いていなかったが、行事毎に掛けられる声が増える。


 そして男の、悪友ができる。

 奴とダチなら、周りに女が寄ってくると。


 そして彼は、いつの間にか、僕から俺へと変化した。


「最近あまり来ないね。テストが怖いんだけど」

「どの辺りが?」

 教科書を捲る。一番前まで……


「んー。葉月。学校へは毎日行ったよね」

「うん。毎朝、颯人が迎えに来るし」

「そうだよねぇ。じゃあ学校で何をしているの?」

 ニコッと笑う颯人。けれど、美人の微笑みって、なぜだろう背筋がぞくぞくする。


「何って…… そりゃあ、お勉強?」

「なんで疑問…… 問題は、何のお勉強を授業中にしているのかなぁ?」

 そう言いながら、テーブルを回り込み、にじり寄ってくる颯人。

 ドキドキして、下がれない。


 起きているときに、キスはしたことが無い……

 思わず目をつむると、気配が遠ざかる。


 そっと、まだ期待を残しつつ、右目だけを開けてみる。

 するとね…… スマホの画面を見てにんまりしている彼。


 今開いているのは…… 無料のまんが。

 少しエッチな奴……

「えっち。何? 人のスマホを……」

「ああエッチだな。そうか、こんなのに興味を持つ年頃になったのか」

 そう言って、画面を見ながら、にまにましている。


「幼馴染みと、部屋で勉強中にねえぇ。そんなことを考えていたのか。俺達だといつもの光景だなぁ」

 そう言って、こっちをちらっと見る。

「うううっ。たまたまよ」

 そう言いながら、スマホをひったくる。


 自分の体温が上がって、真っ赤になるのが分かる。

「こんなの、してみたいのか?」

「きょ、興味はあるけれど、赤ちゃんできるし…… 初めて同士だと、痛いらしいし……」

「ふーん。まあ良いけれど、そっちじゃなく、学校の勉強をしないと、二年からは成績順でクラスが分れるぞ。三年からは、特進と一般じゃあ授業内容も違うし、確か教科書も違うとか?」

「わっ。わかっているわよ」

「しかし、人見知りだった葉月がねえ」

 まだ言いやがる。彼はそう言って、にまにましている。


 顔が熱い……


 言いたいけれど、言えない。

 まだ基本的には、他の人は怖い。特にがさつな男の子は、大声を出すし…… 乱暴だし……

 でも、一番身近に…… 男が一人居るじゃない。

 起きていないときだけど、キスだってしたし……


「なんだ、パクパクして」

 あんたが好きなの。その言葉が出てこない……


「何でも無い」

「ふーん?」

「なによ」

 にまにましながら、とんでもない事を言い始める。


「中間のテスト、赤点があったら何をおごって貰おう」

「あんたね。また『二浪系』とか言うラーメンのマシマシとか、全部乗せとかはやめてよ。睨まれて無理したのに、お腹はいっぱいで戻ってくるし、何日も友達に匂うって言われたんだから」

 去年、夏の思い出……

 誕生日だ。おごってやると誘われ、ウキウキで付いていって、地獄を見たわ……


「点数が悪いのがいけない。達成すればケーキバイキングだったのに。お誕生日のケーキがラーメン。だけど、形は似ているし良かっただろう? まあ今度は中間。期末までは余裕がある。頑張れ」

「ケーキでも、普通はホールを食べないわよ。わー、お誕生日って、目の前にホールを並べられたら流石に引くわよ」

 そう言ったら、受けたようだ。


 だけど……

「はい、教科書。最初っから」

 そこには美しい顔をした、阿修羅がいた。

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