夢の実現と破局

第1話 幼馴染みガチャ

 この地区には、いくつかの新興住宅地がある。


 そして、大体マイホームを持とうと考えると、集まる年齢は似通うにかようらしくて、保育園時代から、ご近所さんの子供が集まる。


 保育園の行事などで、子供の繋がりから親同士が話し始める。

「じゃあ、兼日けんじつさんのお宅って、あの新しい区画なのね」

 高くて狭い土地。確かに便利だけど、少しの違いじゃない。車があれば一緒よ。

 此処の住宅地、山の上から順に開発が進んだのよね。


「ええまあ。緋倉ひくらさんは、旧区画? あそこは土地が広くて良いわねぇ」

 あの土地。山の頂上近くで駅からも遠いし、画地かくちが大きいからって、庭が少しくらい広くてもねぇ。すでに売れていなくって、地価が随分下がったとか……

 子供が学校に通い出したら、毎日送り迎えをする気なのかしら。

 お友達ができたって、あそこまで上がるのはいやよねぇ。


「ええ、そうなの。芝生を張って、バスケットゴールとか、ゴルフネットとか旦那が色々とやりたいらしくて」

「お庭が広いと、色々できて良いわねぇ」

 ほほほほっ。


 とまあ。親同士も、和気藹々と話も弾む。

 

 実は子供の方も、緋倉 輝新ひくら てあらが、一方的に、|兼日 心晴

《けんじつ こはる》の後ろを、追いかけまわしているだけだったりするが、心晴は意外とのんびり屋さんで、あまり気にしていなかった。


 だが腐れ縁も長くなり、小学校の五年生くらいになってくると、鬱陶しくなる。

「てる。はやく済ませなさいよ。もう日が暮れるから私帰るわよ」

 そう評価通り、山の頂上近くの不便さが問題となり、緋倉家以外には数軒しかない。

 自治会の話し合いでも、軒数が少ないため、この周囲には外灯すらない。

 下の区画へ繋がる道筋と、駅に向かう階段沿い。そこにはポツポツと外灯が建つ。

 だけど、そこでも出て行く人は多く。この上の区画は、もう終わっているとみんなが言っている。


「判ったよ、もういい」

 輝新は写していたノートを、ぽいっと心晴に向けて投げる。


「もう、手荒に扱わないでよ」

「ふん」


 そうして外に出ると、やはり外は日が落ちており、すぐ奥側に迫っている山の木々が風に揺れる。木の葉擦れの騒めきが、恐怖心を刺激する。


 心晴は明るいところまで走って行く。この頃は、少し下にいくとまだ外灯があった。


 五年生の心晴は、輝新のおかげで、他の男子と話をしたことが無く、男子は皆が粗暴だと思っていた。

 そして輝新の中では、心晴のことを、言うことをなんでも聞く所有物のように思っていた。


 そしてそれは、中学校で大きく変わる。

 小学校とは違い、男女別々の行動も増え、心晴に張り付き、他の者達を排除することができなくなってきた。

 輝新に友人はいないが、心晴には友人も増え、来ていた家に来なくなる。


 そう子供の時には、「来いよ」と命令すれば心晴は来ていた。

 だけど、今は「やだ」っと返ってくる。


 心晴は他の奴らと違い、何を言っても許してくれる、優しいママのような存在。

 他の奴らは、叩いたりしたら、すぐに怒り遊んでくれなくなった。

 面倒。

 俺にはママと、心晴が居れば良い。

 そう思っていた。


 だが最近、心晴が来なくなった。

 宿題を写しているときも、スマホをいじって俺の方を見てくれない。

 俺を無視するな。そう言いたいが怖くて言えなくなった。

 他の奴らと同じで、家に来なくなれば……


 もし、心晴が俺を見捨てたら……

 俺には、ママしかいなくなってしまう。



 そんな彼だったが、事件が起こる。

 中学三年の時。

 庭に植えられた芝生の手入れや、家の掃除がきちんとできなくなってきて、夫婦喧嘩をする。

 一応、浮気とかでは無く、母親がパートから正社員へと変わったから。


 正社員になった時は、お父さんも喜び外食に出かけた。

 いつもの、バイキング料理。

『お家の支払いがあるから、仕方ないね……』

 なぜかここに来ると、ママはそう言う。


 そして、ママは帰ってくるのが遅くなり、僕にも機嫌が悪くなってきた。

 たまにしか来なくなってきた、心晴。

 機嫌の悪い、ママ。


 そして、ご飯がお弁当になることが増えてきた。

 

 お父さんは何も言わないが、ママの作ったハンバーグが食べたい……

 そしてある日。

 ママとお父さんが、また喧嘩をする。


 今度は、お父さんの浮気?


 だけどその時は、お父さんが謝って収まった。

 そしてお母さんも、またお料理が増え、お父さんが手伝いを始めた。

 料理や掃除。

 僕にもしろという。


 だけど僕には、ママもいるし、きっと心晴がしてくれる。

 心晴は家庭科も得意だし。


 ママと心晴は僕を見捨てない。

 なんの根拠もなく、そう思っていた。


 だけど、ママも浮気をしていた。

 それが、お父さんにバレた……


「あなたが浮気をするから。相談に乗って貰っていたのよ」

「相談ついでに、乗って貰ったのか?」

 周囲に聞こえる大きな声。


「そうよ。あなたにも、広いだけで不便な家もまっぴら」

「買うときには、お前もここがいいと言ったじゃ無いか」

「雑草の一本でも、あなた抜いたことがあるの? いつも文句ばかり」

 そんな怒鳴り声が聞こえていて、翌朝ママはいなくなった。

 荷物を持って、車で出ていったらしい。


 そうママは、僕を置いて、出て行ってしまった。

 鳴り響く電話の音で、目が覚めた。


 出ると先生からだった。

「今日、息子さんが学校に来ていません。何かあったのでしょうか?」

 淡々とした、事務的な声。


「ぼくは今、先生と話をしています。今朝から何もなかったので、電話の音で目が覚めました」

 そう、誰にも起こされなかった……


「はっ? 緋倉。お前、今の時間に家で、体調でも悪いのか?」

 テーブルの上にあった、メモを見つける。


「体調は、今悪くなりました。ママが出て行った様です」

 そう言うと、先生のため息のような音が聞こえる。


「そうか…… 今日は休むのか? それとも来るのか」

 考えた末……

「休みます」

 そう答える。


 ―― 休めば、心晴がきっときてくれる。

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