第3話 長い夜

 パスタの失敗作? を食べる彼。

 久しぶりに、まじまじと見ると、髭が生えてきている。


「そんなに髭、濃かったっけ?」

「うん? 家で今朝剃って、今午後十一時半過ぎ。こんなものだろ」

 彼は、そう言って、顎をなでる。

 ジョリジョリと、聞こえる気がする。


 つい、手を伸ばす。

「うわ、ジョリジョリする」

 彼の顎。手を沿わせると、指に引っかかる。


「普通だよ。濃い人だと、朝剃って昼には、生えてきているらしいからな」

 そう言って、優しく笑う。

 あんな事があったのに、愚痴も言わず。

 それとも…… あたしには言えないのかなぁ。


「それはすごいわね」

 相づちを打ちながら、グビグビと飲んでしまう。変な緊張をして喉が渇く……


「暑い。ちょっと着替えてくる」

「ああ、ゆっくり。勝手に飲んどく」


 あいつの部屋へ行くから、パンツだったけれど…… そうね。ミニ。

 上は…… いいか。タンクトップを、パット入りに変えて、ブラを外す。

「ちょっと、あれかな…… でも、私の部屋だし。いるのはふみやだけ…… だし、チャンスだし……」

 少し、悩みながらも、リビングに戻る。


 テレビがついていて、ニュースが流れている。

「本日、クマが住宅地に出没し、通りがかった足柄 金太郎さんがすかさず相撲を取り、うっちゃりを決めたところ、逃げて行った模様です。一般の人は、マネをしないでくださいとコメントが残されています。次のニュースです。電車内で痴漢行為を見つけて、殴ったところ。幼馴染み同士でいちゃついていただけだったようで、殴られた彼は、『父さんにもぶたれたことがないのに』とコメントを残しています。また近くで目撃をした方は、『軟弱者ね』と感想を残しています」


「最近物騒ね」

 そう言うと、ちらっとこっちを見る。


「そうだな、そんな格好でうろうろしていると襲われるぞ」

 ちらっと見ただけで、目線はテレビに戻る。


「流石に…… 外では、こんな格好をしないわよ。家だし、ふみやだし……」

「信用されているなあ。ありがとう」

 そう言いながら、グラスを咥えても、顔は正面から動かない。


「いいえ。まあ食いねえ。ポテチだけど」

 彼の横に座り、そう言って、袋を彼の方へ寄せる。彼は、それを見て、優しく笑う。


「もう、十年以上の付き合いか…… 長いなあ」

「そうねえ。あの時は、ドキドキだったけれど、嬉しかったの」

 菜月の家にプリントを届けに行ったら、なぜだか、二人。ふみやと圭介が出てきて、『暇なら上がれよ』そう言われて。自分の家でもないのに。

 部屋へ行くと風邪を引いて寝込んでいた、菜月の目が、まん丸になっていた。


「嬉しかった?」

「うん。いつも、家にいて、一人でお留守番。小学校の低学年だと、自由よりも寂しさが勝つのよね。親が帰ってきても、甘える時間は無く。日々は流れる感じ?」

「まあ、みんなそうだったからな」

 目は相変わらず、テレビを見つめながらグビグビと、飲んでいる。

 喉仏が、上下する。


 つい触れたくなって、手を伸ばす。

「ぶほっ」

「ごめーん」

 突然触ったから、彼が吹いてしまった。


 結構盛大に。

 鼻からも、チューハイが滴る。

「痛えよお。鼻がぁー」

 ティッシュを箱で渡す。


 テーブルの上とか……

 ふみやの服とズボン……

「脱いで、洗うから。砂糖が入っているから大変なことになる」

「うう。おお」

 ガバッと、Tシャツが脱がれて、肌があらわになる。


「シャワー浴びた方が良いわね」

 少し動きが止まったが、こっくりと頷く。

「そうするか、ひどい目にあった」


 ざっと使い方を説明をして、シャワーを浴びて貰う。

 その間に、シャツとか、ズボン。

 中に入っている鍵とか財布。小銭やスマホを袋に入れる。


 そしてぽいぽいと、洗濯機に放り込む。

 そう。そうね。私はその時、何も思わず入れちゃったのよ。きっと。見えているけれど、トランクスなど見ていない。

 蓋を閉め、ためらわずにスイッチを押す。

 ジョボジョボと聞こえ始める、注水の音。

 濡れちゃった。「ふふっ」


「バスタオル、ここに置くから」

「おお。すまん」


 流石に何か、無いかしら。

 短パンとTシャツでも……

 お父さんが、残していった…… 無いわね……


 家の中をうろうろするが、持っていないものは存在しないのよ。

 そう…… 以外と私、物を持っていない。


 今彼のために使えそうなのは、普段使いのタオルケット……

 ベッドの上にあるけれど。

 毛布? コート?

 裸の上に、コート? 見てみたいけれど絶対サイズ的に入らない。


 諦めて、タオルケットの匂いを嗅ぐ。

 交換用はコンランドリーに持っていくつもりで袋の中、こっちは一晩しか使っていない。大体後回しにすると、地獄を見るのよ。


 そう思いながらうろうろしていると、不思議そうな顔をして、ふみやがこっちを見ていた。

 腰に、バスタオルを巻いて。


「着られるものは、無さそうなんだな」

「うん…… たおるけ……」

 タオルケットと言いながら、差し出そうとすると、すでに彼はリビングへ。

 一応、持ったまま追いかける。


「あー風呂上がりはうめえ」

 オッサンがいた。

 でもまあ、バスタオル一枚なのは私のせいだしいいわ。


「ごめん。着られそうなサイズの物が無くて。これでも羽織る?」

 ちらっとタオルケットを見る。


「いやまあ、普段家ならこんな格好だし、お前が気にしないなら別に良いだろ。見せ合いっこした仲だし」

 中学校の時のあれ……

 あれも、圭介の馬鹿が見たいとか、毛が生えたとか言いだして、菜月『いいわよぉ』とか言って。

 考えれば、あいつらろくなものじゃねえ。


 すこし、むかついてきた。

「そうね、見せ合った仲だわ」

 そう言って、また、飲み始める。

 妙な緊張感が、できてしまった空間で。

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