第2話 持ち続けた心

 結愛は、圭介が振られようが別に問題なかったが、宴会になるだろうという予想をして、少しウキウキしていた。

 

 だが、バイトが終わるのが、少し遅くなる。

 用事でもあったのか、高校生達が先に抜ける。

 丁度混み合う時間で、自分まで抜けることができずに、店長に懇願されて残業。


 何とか、バイトが終わる。

 だけど、身だしなみが気になる年頃。

 クンクンと自分の匂いを嗅いで、一度家に帰り、シャワーを浴びる。


 圭介の家に向かう途中、簡単に調理できそうな材料を買い込み、飲みたいチューハイをいくつかカゴへ放り込む。


 家に着いたときには、午後十時半を回っていた。

 チャイムを押そうかと思ったが、この時間だし、ドアノブを回すとそっと引っ張る。

 やはり、雑でおバカな圭介。鍵などかかっていない。


 一歩踏み込み、やってるかい!!と、声をかけようとして気が付く。


 すすり泣くような…… いえ違う。これは嬌声。

 彼女が帰ってきて、まさか、早速やっているの?

 そう思いながら、ふと足下を見る。


 見たことがある靴。

 そういえばこの靴。


 聞こえる音が変わり、何かを打ちつける音まで聞こえてきた…… この声、間違いない……

 そっと外に出て、ドアを閉める。


 それから、悩みながらそう…… 二十分ほどが経ち、十一時になろうかという頃。

 ふみやがやって来て、私を見つけて右手を挙げる。


 囁くように聞いてくる。

「どうした。こんな所で、鍵が開いていないのか?」

 私は、黙って首を振る。


 彼はドアノブを握り、開けようとする。

 その手を上から掴んで止め、私は首を振る。

 一瞬怪訝そうな顔をした彼だが、そのまま私の手ごとドアを開ける。

 ゆっくりと開いたドアと…… 聞こえる声。あの猿は、まだやっていた。

 私は事後で、裸のあいつらと出くわすかもと思ったが、まだ続行中だったようだ。


 かれは、一瞬驚いたようだが、はむっと口を締めると、目線を落とし、菜月の靴を見つける。

 少し見つめていたが、軽く目をつぶると。体を廊下へと、出してきた。

 そっとドアを閉める。


 私を見ると、目が優しく変わる。

「失恋の宴会だ。付き合ってくれ」

 耳元で、そっと囁く。


「いいわよ」

 手に持った袋を見せる。中身はきっとぬるくなっただろう。


 でも…… 待ち続けたチャンス。


 そう、この気持ちに気が付いたのは、小学校六年生の時。

 だけど、菜月が先に居たし、まだ、男の子達は発育が遅く、恋愛など考えることがないくらいガキだった。

 それは、中学校でも同じ。

 菜月達まで一緒になって、毛が生えたって見せ合いしたくらいだもの。


 高校になって、やっと発情期。

 だけど、いつの間にか、二人はそんな関係。

 落ち込んでいる私に向かって、あの馬鹿は付き合うかって言ったのよ。


 でも…… その馬鹿に、今は感謝をしておくわ。

 ふみやの判断は、意外と早く冷酷。

 さっき失恋と言ったからには、心は決めたのだろう。


 最初、彼の部屋に誘われたけれど、菜月が出入りした名残があるだろう。それを嫌い、私の部屋へ来て貰うことにした。向かいながら、作るメニューを考える。

 少しだけグレードアップ。でも、手早くできる物……


 何があったっけ? 何ができる?


 私は頭の中で考える。もっと、料理をしておけば良かったぁ……

 今までナニをしていたの、こんなチャンスに。

「危ないぞ」

 肩を抱かれて、引き留められる。


「あっ、赤……」

 考えに没頭し、信号を見ていなかった。

 大きな掌を、薄いパーカーの生地を通して感じる。

 でも、彼の手が震えていた……


 そうなんだ……

 やっぱりショックよね。


 今まで見た彼は、頭が良く、何かの時には瞬時の判断。

 そして、駄目だと思ったときは、すっぱり切り捨て、ひょうひょうとしている姿しか見ていなかった。

 でも、弱いところもあるんだ。少し安心する。


 完璧だと、疲れちゃうもの。

 一緒にいてプレッシャーにもなるし。

 慰めて、甘やかしてあげよう。



 そんな事を思いながら、二人が家に着く頃。

 流石に猿も止まっていた。


「ううっ。もうー。生でするかなぁ」

 赤い顔をした彼女が、少し睨んでくる。


「すまん。止まらなかった……」

「もう。それで落ち着いた?」

「うん? ああ」

「ふみやも、忙しくて溜まっていると、機嫌が悪くなるの。よく喧嘩した後とかも仲直りエッチをするの」

「そうなのか……」

 立ち上がり、トイレに行こうとした彼女が振り返り、ダメ押しをしてくる。


「ふみやには内緒ね」

「ああ判った」

 それからも少し、飲んでいたが、彼女は寝てしまった。

「ああ、やべえ。俺も眠い」


『研究室の先生と話し込んでいるみたいだから、もう少ししたらくるわよ。きっと』

 そんな事を、彼女は言っていた。


「結愛はバイトか」

 時計を見ると、もう十一時半が近い。

 そして気が付けば、意識が落ちていた。




「ううっ。ごめんなさい」

「酒飲むには…… 無理だな」

 味付けを失敗した。

 今、オリーブオイル、バカみたいに高いのに……


 しょっぱいアヒージョ。

「パスタを茹でて、絡めると丁度かな」

「茹でる……」

 そう思ったら、サラダに使う早ゆでしか無かった。

 フジッリ。らせん状にクルクルしたタイプ。


「これが、良いかもしれない」

 スプーンで、スープごと掬い、搦めて食べる。

「おっいける」


 その後は、結局乾き物と、お菓子。


 途中で思い出し、厚切りベーコンを塩胡椒で炒めたくらい。


「しっかし、あの二人。いつから…… だったんだろ」

 ついぽろっと、口にしてしまった。


「あっ。ごめん」

「いや、いいさ。きっと話しを聞いていて、同情をしたんだろ。昔もあって、ひどく喧嘩したことがあったんだ。『でも、かわいそうじゃない』とか言ってな、あいつは悪い事だと思っていないんだ」

「ええっ、菜月って、そんな子だったっけ?」

「そうだよ。頼まれると断れない」

「そういや、そうだったわね」

 思い出される、学生の時の惨劇……


 思わず見つめ合い、笑ってしまった。

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