第3話 本物は笑わない

 倒れている男達を後ろ手にして、親指を結束バンドでまとめ、速やかに口へガムテープを貼る。


 すでに、女の子達は荷造りされている。

 一度、滝川 遊姫たきがわ ゆきに角材で叩かれたが、背中だったので動けた。頭だったら、やばかったかもしれない。


「あー、ごめんなさいね。忘れていたわ。えっちなビデオを撮るんだったかしら? これじゃあ動けないわね」

 視線に気が付き、状態がやっと理解できたのか、矢島は首を振る。

 涙を流しながら。


「あら? だめよ、言ったことは実行しないと」

 スタンガンが押しつけられる。

 それは、彼女の心が折れるまで、幾度も繰り返された。


「いつもは、渡辺なのよね。よし、初挑戦。こっちで試そう。客観的に人のを見るのは始めてなの。楽しみ」

 連れて行かれたのは、吉井 悠斗よしいゆうとの横。

 好美は躊躇無く、ズボンと下着を脱がす。


「小さいわね。ほら早く。使えるようにしなさいよ」

 矢島をせかす。


 いま矢島は、手足は自由だが、首にロープが巻かれている。そう動物のように。

 脇では、好美がもて遊ぶスタンガンが、パチパチと火花を飛ばす。

 幾度も当てられ、痛みは十分覚えた。音を聞くだけで痛みが蘇る。


 ―― 矢島は、いま頃になり、反省をしていた。

 世の中には、手を出してはいけない奴が、本物がいることを理解して……


 そいつは普段、あからさまな姿や行動はせず、淡々と機会を待っている。


 だが、いざそうなると、なんの興味も無いような顔で、ただ作業のように人をもてあそぶ。

 怖い。根本的に、何かが違う……


 従えば、これ以上何もされない?

 今考えられるのは、それだけ…… 

 何とか逃げても、学校も家も知られている。

 逃げられない。


 普通、虐められる立場の人間が考える事を、彼女は、自身が虐められる立場になって初めて理解することができた。そう、今頃になってやっと……


 虐められるのはこんなに怖く、逃げ場がなく、絶望するものだと……


 そう、けして…… 軽い気持ちで、自己中な鬱憤を晴らすためになど、やってはいけない事だと…… そう…… 最後の最後。今になって、理解ができた。


 泣きながら、自ら吉井の上にまたがる。よく嫌なら逃げりゃあ良いじゃんと聞くが、後が怖く、抵抗や拒否など、できるわけがない。


「ああ、そうだ。スマホを出しなさい。記念のビデオを撮らないと。ほら嬉しそうに笑ってぇ」


 その後。


 現場では、ぐしゃっとか嫌な音が聞こえていた。


 矢島が言っていたように、少し土木工事のお手伝いをして、疲れた体で河川敷を歩く好美が居た。

 適当なところで、彼らのスマホを取りだし、電源を切る。

 むろん、ここには捨てない。

 持っていた道具などと一緒に、再びザックの中へ放り込む。


 歩きながら、思い出す。

 今日のことを。

 優越感と侮蔑ををさらけ出していた顔が、絶望へと変わり、懇願が始まる。

 その時の心理的変化は、かなり明確に判った。

 でも…… 基本的に、人はすぐには変わることは出来ない。


「きっと、彼女達は同じ事を繰り返したでしょうね……」

 今日は良いことをした。

 上機嫌で、彼女は少し離れた公園へ向かい、林の中へ入る。


 適当なところを掘り返し、彼女達のスマホを封印した。

 ちなみに、自分のスマホは家から出ていない。


 スマホは家で、おとなしく反省中である。


 慣れない肉体労働で、けだるい体。でも今日は、究に会いたい。

 人のを見たせいか、血のせいか? 体が疼く。


 究は、好美にとってすべて。

 優しくて、小さな頃からの自分の弱いところも、ドジなところもすべて受け入れてくれる。

 昆虫採集や、小さな頃に一緒にした実験。

 神社の床下に入り込み、蟻地獄にアリを捕まえて放り込む。

 砂が飛ばされ、逃げようとしたアリが、またすり鉢の下まで転がり落ちる。

 わくわくした。


 一緒に喜んでくれた究。

 やっていることを知られるたびに、他の友達は周りから消えた。

「気持ち悪い」

「怖い」

 そんな言葉を残して……


 アリの巣に、水を流し込んだときには一緒にしたのに……


 意外と幼い頃、子供は残酷な面を持つ。

 だがしかられ、理由を教えられ、皆やってはいけないと理解する。


 だが、好美は理解ができなかった。

 楽しいのに、なぜ。

 究ですら、「自分に置き換えてごらん。いきなり地球に巨人が来て、プチプチと人間を殺す。お父さんやお母さんが目の前で死んでいく。悲しいだろう?」そう言う。


「ご飯が食べられなくなるね」

「そうだろ」

 その時同じく子供の究は気にしなかったが、好美にとって親の命は重要ではなかった事を。


 だが同じ時に、僕が殺されたらどう思う? そう聞いていたら、少し違った意見が聞けただろう。

「何処までも追いかけて、なんとしてでも相手を殺す」

 きっとそんな言葉を、ゾクッとするような笑顔と共に、きっと彼女は言っただろう。




 彼らが消えて、学校は大騒ぎを…… しなかった。

 父兄は騒いだが、休日のこと。


 なんの注意かは知らないが、先生から登下校についてのことについて。

「物騒なようだから、登下校には注意をするように。変な人が居たら、周りに聞こえるように大声を出し、助けて貰え」

 とまあ、小学校の低学年用パンフレットを読み上げる。


 あったよな。防犯ブザーとか。

 せっかく買ったのに、遊びで慣らす奴がいて、通学路沿いの家から苦情が来て、持つのが禁止された。

 うちの親が呆れていたよ。



 そしてある日。つい、なんとなく聞いてみた。

「おまえ、矢島達のこと知らないよな?」

「うん? 流石に知っているよ。虐めだったのよねあれ。先生は認めなかったけど」

 単純な、知っている知らないの回答。

 コイツ関わりが無いと、クラスの連中でも名前をしらないからな。

 まあ、俺も人のことは言えないが……


「ああ、そういう意味じゃない。奴らが今どうしているかということだ?」

「うーん? 反省をして、神様になってる?」

 そう言ったと思ったら、寝転がっている、俺の胸の上に這い上がり、嬉しそうに語り始める。


「昔ってさあ、橋とか池とか、大事な工事の時って、見守らせるために人を埋めたんだよ。人柱って言って。すごいよね。きちんと効くのかな」

「さあっ?」

 その時の顔は、本当に嬉しそうだった。

 そう、本当に……

 なぜか、人柱と聞くと、アリスという名が浮かんだ。

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