第6話 寂しさの中で藁を掴む

「何がだ? 何もない」

 先生は当然言葉を濁す。


 だが、不安に思った紬が流した情報。それは意外とクラスの中で広がっていた。


 そして、どうなったんだという問い合わせに、色事の野郎は糞だったと返した俺の返信から、事情が大体バレた。

 まあ、紬は何かがあったみたいとしか、返さなかったようだが。それで十分だった。


 他人の不幸は、年頃の者達にとって、格好のネタになった。

 心配から始まった情報発信。

 紬が悪いわけではない。


 だが、それが与えた影響は大きく…… 皆に知られた。その事実は、結果的に茉莉を追い詰める事になる。


 先生が濁した事で、騒ぎは広がり始め、噂がさらに広がる。


 先生の家庭訪問時。その事が、茉莉に伝わる。

「どうしてそんな事に……」

 パパさんとママさんは、転校させる事を決める事になる。


 そう、きっと誰も悪くはない。

 だが、茉莉は行き場を失った。


「湊太。茉莉は、転校させる事に決めたよ」

「―― その方が良いかもしれない。そう思っていた」

 パパさんの言葉に、俺は納得をする。


 最近学校へ行けば向けられる、哀れみの目。

 それに混ざる、ネトラレやろうみたいな、中途半端な誤解。

 好奇の目。


 あれ以来、茉莉とは会えていない。

 ただ、『ごめんなさい』という通知が来て、『お前は悪くない』と返す。


「色事は事情により、退学をすることになった。あー…… 後野は家庭の事情で転校をする。急なことで皆に挨拶も出来ず。すまないという事だ」

 ザワザワとザワつく教室の中。

 それに混ざる「やっぱり」ということば。


 紬が振り返る。

 それに対し、俺は首を振る。

 彼女がどう思ったかは判らない。ただ俺としては、仕方が無いんだという意思表示。


 そう、自身を納得させるためでもある。


 鯖の味噌煮から始まった一連の話。

 どれもこれも、よくある他愛ない喧嘩。

 そこに混ざった、異物と悪意。

 それは、幾人もを巻き込み、最悪な状態に状態を持っていった。


 ある日、他田野が謝ってくる。

「ごめんなさい。あいつがどう言っても、私が行っていれば……」

「いやまあ。もうあいつとは会っていないのか?」

「うん。おかげさまというか、出てこられない様だからやっと…… 縁が切れたかな」

「そうか、それは良かった」

「うん。あの、淋しいなら誘ってくれれば……」

 それを聞いて、なんだコイツと。今まで思っていなかった怒りが湧く。


「ふざけんな」

 そう言ってしまう。


「ごめんなさい」

 彼女は逃げていく。


 そうその頃。

 おれの気持ちはぐちゃぐちゃで、余裕などなかった。

「何言っているのよ。かわいそうなのは後野さんでしょ。あんたが支えてあげなきゃ」

 何も知らない奴が、そんな事を言う。


「俺は神様じゃねえ……」

 そんな事をぼやく。

 ―― 単なる高校生に、皆は、何を求めているんだ……


 最近、茉莉とのやり取りはある……

「元気か?」

「うん。なんとか」

「友達出来たか?」

「まだ、分からない事だらけで、大変」

「そうか。頑張れ」

「うん」


 そんな感じだ。

 その返信を、彼女がどんな顔をして、返しているのかは判らない


 そして俺は、ただ学校に行き、そして帰る。

 そんな毎日を、漫然と繰り返す日々。


 事件から一月。

 教室のざわざわも、落ち着いてきた。

 

「最近、お昼をどうしているの?」

 休み時間に聞かれる。


 そう。なんとなく甘えそうで、彼女を避けていた。

「うーん? 親が作ってくれて、恥ずかしいから便所飯」

 そんな答えを返してみる。


「恥ずかしいって、それなら自分で作れば。教えてあげるから」

「ああ。その内な」

 そう言って、なんとか笑いを返す。



 そして、俺をどん底に落とす通知がやって来る。

「こっちで、彼氏が出来た。何も知らない人が良くて。ごめんね」

「本気か?」

「うん」

 最後に、にゃんこが土下座しているスタンプ。


 まあ普通に考えれば、あいつはそんな奴じゃない。

 パパさんから、俺の状態を聞いたのだろう。

 忘れて幸せになってとでも言う、背中を押すための嘘。

 ――多分な。


 ただあいつも、辛くて、普通に遊べる奴が欲しかったのかもしれないが、それを聞く気が無い。


 俺のずるさ……


 通知を見た瞬間に、俺の心は、喜んだ。

 答えを出さなくてすむ。

 そう。思い悩むつらさから逃げたかった。



「弁当を作ってみた」

「どれ。うーんんん。初めて?」

「簡単そうだから、炒めただけ」

 鳥モモや、ニンジン、タマネギ。ピーマンを焼いて、塩胡椒。


「そうね。焼いただけ。順番も加減も無視で二十点ね…… もう良いの?」

「何が?」

「彼女」

 そう言って、彼女は方杖をつき、ちろっと見つめてくる。


「ああ、向こうで彼氏が出来たらしい……」

「それは……」

「判っているよ。料理ほど素人じゃない。あいつとは長いんだ」

 そう言うと、少しむっとされる。


「そう。なら良いわ」

「慰めてくれないのか?」

「慰めているじゃない。――それに、私の初めてを奪った責任を取ってもらわないと」

 そう言って、じっと見てくる。


 その時、判らなかった。

 彼女の目が据わる。コイツ覚えていないのかと。


「ブレンド…… じゃなくて」

「それも、そうだけどね」

 そうだ。


「あの、事故のようなキス?」

「事故だろうがなんだろうが、初めては初めてなの。大事な物なの」

「判ったよ……」


 その後、俺も通知を出す。

「彼女を作った。ごめん……」

「良かったわね。私以外でもの好きがいて」

「ああ」


「――しあわせに」

 その返信が来たのは、俺が寝る前だった。

「ああ」


 その後、メンバーから消えていた彼女。

 親父さん達は、まだ住んでいるが、足が向かうことはなく数年が経つことになる。


 俺の営む喫茶店に、赤ちゃんを抱いた彼女達一家がやって来た。いい加減な俺と違い、誠実そうな旦那と。

 きっと彼は、すべてを飲み込む、広い心を持っているのだろう。


 そして、きっとそれを、見せに来たんだと思う。

 その時見せたあいつの笑顔は、そう言う時の笑顔だ……


 そして、横に立つ紬から

「よかったわね」

 そう言われ、つい

「ああ、良かった」

 そう返したら、尻をつねられた。

 なんて理不尽な……


 その一年後。俺は結婚をした。



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 お読みくださり、ありがとうございます。


 もっともっとと思いながらも、凡庸なところへと着地しました。すみません。m(_ _)m

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