第3話 茉莉の事情

「今のは、知っている子かな?」

 むろん、おやっさんが言ったのは、男の方だろう。


 だが俺は、素直になれない。

「ええ、昼前なのに大胆ですね。どういう教育をしてるんだ。親の顔が見て見たい」

 ついぼやく。


「そうだね。でもあのくらいの年頃だと、親の手は離れていると思うんだ。無茶を言っちゃいけないよ」

「そうですか……」

「うん」

 そう言って黙りこくる。いつもとは違う車内。


 雰囲気に負け、情報を流す。

「ちなみにあの男は、クラスにいるおちゃらけ野郎で色事 竜也しきじ たつやって言うクズ野郎です。いま、他田野 游子ただの ゆうこって言う彼女がいるはずですけど……」

「そうか……」


 土曜日。釣りをじゃまされ。諦めた釣りの帰り。

 俺の心は、行き場を失った。


 道具を片付け、リールなどは、水に放りこむ。

 竿もざっと洗い、クーラーやバケツを洗う。

 そう黙々と。



 そのすれ違ったクズ。

 色事は、あの後顔に、アイスクリームで接着されたコーンを生やしていた。


 元々、他田野が茉莉を誘い、出かける予定だった。

 どうせ、今の時期は休みのたびに、お父さんとデートだし。

「湊太ってば……」


 多少はやり過ぎたと反省をしていた。

 作るときに、酒がなかった。

「まあ良いか、このくらい」

 そうして、できあがりを味見をしたが、自分的には悪くない。

 ただ少し、お魚の匂いはするけれど、お魚だし。


 と、思ったら、「これ臭い」である。

 そう自分でも多少は思った。でも、そこまで言わなくても。

 うちじゃ数日鯖が続く。

 自分だって釣ってきたくせに。


 まあ色々が、茉莉の中でぐるぐした。


 結果、夜も眠れず、朝が起きられず、弁当が作れない。

 そう悪循環。


 そしたら噂が。

「目を離すから、旦那。遠野に餌付けされていたわよ」

 なんやてー、である。


 湊太が自分以外にモテるとか、そんな事は思っていなかった。

 好きな事以外はめんどくさがりで、優柔不断で、好き嫌いもある。

 寝てれば、なんか呪文を言うし、かっこいい名前ノート? とかを見てニヤニヤしていた時期もあった。


 ふん。どうせすぐ本性が判って振られるわよ。

 少し意地になった。


 遠慮して、漁師の妻のように家で待つ事はない。

 湊太の浮気を教えてくれた、他田野と約束をする。


 他田野は他田野で竜也と約束をしていたが、いきなりキャンセルされた。


 竜也は、連れに紹介して貰っていた女の子と約束をしたが、この数日後、噂を聞いた女の子から断りが入る。

「あーちくしょう。游子を呼んでやりまくるか」

 などと考えるが、もう約束を入れたと言って断られる。

「ちっ使えねえな」

 ふとそう思ったが、気になり聞いてみる。

 最近あいつ、後野と話していたな。そう思い問い詰める。


 すると、ビンゴである。

「お前、何処で待ち合わせだ?」

「えっ。何考えているの?」

「やかましい。おまえは、言う事を聞いていれば良いんだよ」

 脅される。竜也は意外と手が早い。

 気に入らないと手が出るクズだ。

 だが、時に優しくなる。それにすがり離れられない。


 そしてまあ、茉莉が待ち合わせ場所に行くと、竜也である。

「帰る」

 そう言ったが……

「遅れてくるだけで、用事が済めばあいつから電話が来るし、そうすれば合流出来るし」

 ちげーよ。あんたがジャマだよ。

 そう思ったが、面と向かって言う事は流石の茉莉でもしない。


 どう断るかと考えていたが、公園前に有名アイスクリームの移動販売車が来ており、強引に引っ張って行かれた。


 まあアイスくらい良いかと食べ始めると、今度はしつこく道の向かいにあるゲーセンに行こうと手を引かれる。

 気持ち悪い。


「ありゃ。ほっぺたにアイスが」

 そう聞こえたと思ったら、奴の顔がもう目の前にあった。

 片手にアイス。片手は引かれていた。

 そして、引かれるままにキスをされた。


 気持ち悪い。

 ものすごいショック。

 湊太とのドキドキしながらも、優しいものとは違う。

 

 必死で離れるが、手を離してくれない。

 アイスを顔に押しつける。


 やっと離れたが、彼は鬼の形相だった。

 再び手を引かれて、公園の中へ引っ張って行かれる。

 トイレに行くと、片手で簡単に顔を洗うと、そのまま多機能トイレへ引っ張り込まれる。


 声を上げないといけない、逃げないといけない。そんな事は判っている。

 だけど、私の体は、言う事を聞いてくれなかった。


 今日は服を見に行く予定で、スカートだったのも最悪だった。


「オラ騒ぐんじゃねえし、暴れると服を破くぞ。まっぱで帰るか?」

 体が動かない。

 触らないで。

 いや。

 そんな気持ちが、心を埋め尽くす。


 だけど、そんな気持ちは、コイツには通じない……


 ―― 気が付けば、私は一人。放置されていた。

 涙と震えが止まらない。

 気持ち悪い。


 ビデで流し、服を整えると家へと帰る。


 家に帰ると、妙に機嫌が悪いお父さんと目が合う。

 でも今は……

 お母さんを捕まえ、訳を話す。


 先ずは、緊急で病院へ行き、治療と診断書をお願いする。

 当然お母さんと、呆然としているお父さんが動いてくれる。

 そこから、警察を呼び、被害届を出す。


 サンプルは採れた。


「許さない……」



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第4話へ続きます。

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