すがった藁は、以外と良かった。

第1話 偶然の重なり

「あのー茉莉まつりちゃん。今日ご飯どうする?」

 幼馴染みであり、現恋人の後野 茉莉うしろの まつり


 彼女は、いきなり廊下の片隅を指さす。

「ゴミでも漁れば……」

 そう言って、友人達と一緒に、スタスタとどこかへ行ってしまった。

「茉莉いぃ」

 食べ盛りの俺は、出合 湊太であい そうた

 共に高校二年生。


 話は、昨日の昼食時。

 俺はいつも弁当を、茉莉に貢いで貰っている。


 俺は昨日。彼女の作った、鯖の味噌煮を食べた。

 おやっさんが釣り好きで、一昨日の日曜日、俺も一緒に行き、クーラー一杯。

 いや、合わせて二杯分の鯖を釣った。


 防波堤でのサビキ釣り。

 疑似餌の付いた針を、五本とか七本とか付けた仕掛けで、一番下にカゴ付きのアンドンと呼ばれる重りを付ける。


 潮の巡りが良かったのか、爆釣だった。


 でだ、俺達は喜んだが家族はうんざり。

 鯖祭りが始まった。


 ところが、釣るのは好きだが、食べるのは苦手な俺。

 そう魚は嫌い。

 味噌煮なら、きちっと、湯通しをして、酢や生姜で生臭みを抜けば食える。


 だが、茉莉のお手製鯖の味噌煮込みは、生臭くて食えなかった。

 そう、それで、かの女はお怒りモード。


「これ臭い」

 つい言ってしまった。


 彼女は魚が好きで、その匂いが気にならないようで、「美味しいじゃん」そう言って平らげた。


 俺にすれば、まだ塩焼きの方がましだった。


「仕方が無い」

 諦めてパンを買いに行く。そして、涙ぐみつつ教室で囓る。


 すると、目の前に集まっているグループから声がかかる。

 女の子三人グループ。

「どうしたの? 奥さんは?」

 クラスメートの遠野 紬とうの つむぎ


 奥さんて、あのなあ。まあ良いか。

「怒らせて、飯抜きになった」

 そう言うと、「なにそれ。受けるー」と笑い始める。そして一言。

「ナニをしたの?」

「鯖の味噌煮を、臭いって言ったら怒らせた」

 それを聞いて、あー、なるほどと、納得したようだ。


「そうそう。きっちり処理をしないと、匂いが残るけれど。好きな人には気にならないのよね。まあ、食いねえ」

 そう言って、ミートボールをくれた。

 と言うか、あーんと口を開け、入れて貰う。


「うまっ」

「照り焼きベースの甘酢。こっちのはトマトソース」

 そう言って、もう一つ貰う。

「こっちも、うまっ」

「でしょ。研究したの」


 茉莉はちょっときつめの美人系。

 だが、遠野は、少し垂れ目の、かわいい系。


 次はシメジの入った、バター炒め。

 コーンがコロッと落ちる。


 思わず手が出る。むろん意識はコーンのキャッチ。


 彼女は、前の席に座り。右利きなので、俺から見ると右向きに横座りしていた。

 右側は廊下のため、壁がある。


 そして、左手は弁当箱代わりのタッパーを持ち、かなり無理な体勢であーんと俺に、餌付けをしていた。


 落ちた瞬間、彼女はさらに体をひねり、左手のタッパーを前に出した。

 当然下半身側は、動きに制限があるから前屈みになる。

 俺はあーんをしていて、手を出したからなぁ。机の上で二人の軌道が重なる。

 そう、意図したものでは無く、軽くちゅっと。

 おまけに俺の右手の上に、なぜか胸が乗ってくるおまけ付き。


 タッパーを持った手が、ガツンと机の天板に当たり、彼女は机の下に潜っていった。ずるずるとゆっくり。


 箸でまだ持っていたシメジが、ゆっくりと落下して、コロコロと机の上を転がる。

 そうして、はまり込んだ彼女は、まだ手にタッパーと箸を持っており、立てないようだ。

 彼女の顔を覗き込み、タッパーと箸を、預かるよと言おうとした。

 だが、覗き込んだアングル。その直線は危険だった、彼女の手はまだ机の上。

 少し上を向いた彼女の顔と胸。その奥には、めくれたスカート。

 廊下との境。曇りガラスを通して、良い感じに光が当たっている。


「預かるよ」

 そう言って、箸とタッパーを預かる。

 そうしてやっと、彼女は這い上がってくる。

 だが、視線で流石に気が付いただろう。


 起き上がってすぐ、彼女は俺の耳に口を近づけ、ぼそっと言う。

「えっち」

 そう…… 一言。


 それから後も、なぜかいろんなものを口に放り込まれた。

 気が付けば、アルミカップまで…… 独特の味が口に広がる。

 そして満足したようで、彼女は前に向き直る。


 結局、おかずは俺にくれて、本人はおにぎりで昼を済ませたようだ。


 帰りになっても茉莉は機嫌が悪く、さっさと帰ってしまった。


 俺は「茉莉」と言いながら、彼女に向けて伸ばした右手をそのままに、左手を胸に。そしてゆっくりと膝をつく。

 そして、左手を右手の横まで伸ばす。

 天を仰ぐような姿で、締めくくる。


 友達からの、「馬鹿だろお前」という激励と、幾人かの女子から笑いを頂く。

 多少は満足。

「昼が足りなかったから、帰りにバーガー屋でも行かねぇ?」

 横で笑っていた悪友どもに聞くが。


「今のご時世にバーガーだと」

 そう言って驚愕された。


 そう、最近高いから。

 安かったのは遙か昔の話。

 中身変わらず、お値段三倍。


 コンビニ弁当など高級品だ。

 もう最近、何でも最低が千円なんだよ。


 そして友人達は、俺の知らない世界へ旅立っていく……

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