青春のいちぺいじ

第1話 彼女からの電話

 それは、数年前のこと。

 俺の心にある傷跡…… 


 俺たちは、高校三年生だった。

 当然、遊んでなんかいられない。


 凍えるような、温度設定のエアコン。

 四十人きっちり詰め込まれた教室に、先生の声と板書の音だけが聞こえる。


 そう、塾の教室。

 この塾、ちょっと古いが合格率は高い。

 振動が太ももに伝わり、ポケットのスマホにメッセージの着信が通知される。

「やほー。今塾? がんばぁ」

 このお気楽メッセージは、幼馴染みの大木 涼葉おおき すずは


 子供の頃から優秀で美人。当然勉強も出来るため、塾には来ていない。

 一応流れで、高校に入って付き合っている。


 中学校の時は、あいつの方が背が高かったが、高校一年で追い抜いた。今は確か一五八センチくらいだったはず。

 おれが、一六七センチ。余り大きくはないが、涼葉となら良いサイズ感だと思う。


 校則にあわせ、ミディアムショートボブの彼女。

 ほっそりとした顎のラインと相まって、涼やかなイメージで見られる。色白だしな。

 八十五のCくらいの胸も、俺には丁度良い。


 俺たちが付き合っているのを、気に食わない奴らは多数だろう。だから努力をしているのだよ。


「そう授業中。頑張る」

 返信をする。

 親指を立てた、グッドの絵文字がやって来る。

 今日はシンプルだな。

 意外とキャラのスタンプとかが来るのに。



 そう、おかしかった。

 気が付いていたのに。


 たまたま今日は一コマで、二十時には塾を出た。

 先生の都合で休講。

 いつもなら、二十二時帰宅。


 さっき通知が来たのが、十九時半くらいだったので、メッセージを送ろうかと思ったら、珍しく着信がやって来る。

 通話にした瞬間に声が聞こえる。


「うんもう。がっつかないでよ。連絡してるだけでしょ。きちんとお相手するから…… でも絶対内緒だからね。私、晴翔はるとと別れる気は無いから」

 少し遠くで男の声。


 誰だこれ?

「晴翔だか、誰ちゃんだかしらんが、俺とすれば。他には目が行かなくなるさ。さあやろうぜ」

「ちょっと、シャワーくらいあび。んんっ。あっ。うん。もうぅ」


 俺は道ばたに佇み、その行為の音を聞き続けた。

 標準搭載のレコード機能のため、スピーカモード。

 イヤホンを突っ込む。


 最初は十五分くらい。そしてまたうだうだ言って、シャワーを浴びに行った様だ。


 だがそれでも、また声が聞こえる。

 そう彼女の嬌声。


 そして、出てきてまた。

 僕は、公園のベンチに座り込み、ただ聞いていた。

 泣くことも出来ず、ただ力なく。

 本当に驚くと、感情は高ぶらず、消失をする様だ。


 そして……

「やべえ時間だ。でるぞ……」

「ちょっと待ってよ。バタバタ、ガサガサ」

 そんな音がして、会計の機械音声。


「どうだ。良かっただろ」

乃愛のあが褒めるから、どんなのか興味が湧いただけ」

「けっ。まあ必要なら呼べや。じっくり開発してやるよ……」

「いけない。もうこんな時間。晴翔の塾が終わっちゃう」

 そこで切った。


 男の名前は分からなかったが、乃愛はクラスメートだ。

 涼葉と、あまり連んでいるのは見ていないが……

 そんな話が出来る仲なのか?


 付き合いは長いが、俺は彼女のことをあまり知らなかったようだ。


 家に帰り、涼葉からのメッセージが、並んでいくのをただ眺めていた。

 そこでふと思い出す。

『興味が湧いただけ』

 そう言えば彼女は、何にでも興味を持つ。

 父さんが、賢い者の特性だなって笑っていた。


 何にでも興味を持ち調べる。

 人の欲が行動の原動力だと。


『人は年を取ると、欲がなくなるから生きる気力も無くなり……だから、死んじゃうのさ。ふっ』

 とかも言っていた。


 そうして少し落ち着いてから、涙が止まらなくなってきた。

 彼女からの、「もう寝るからね」のメッセージ後に、罵詈雑言を吐き出したいが、我慢をする。

「どうして……」

 そう頭の中をぐるぐるする言葉。

『晴翔と別れる気は無いから』

 ならなぜ……


 あっけらかんと、『興味があったから試した』とか言いそうで怖い。興味を持つなら、こっちの苦しみにも興味を持ってくれよ……


「そうか…… 知らないから分からないんだ」

 その時僕は、少し壊れていたのかもしれない……


 笑えるが、その日から、僕のものを鍛えハウツー本を読みあさる。

 学校では、努めて普通に接し、だが、距離を置く。


 普段いく散髪屋さんではなく、美容院へ行って、ヘアスタイルを、モテる感じにしてくださいとお願いをして、イメチェンをした。


 そして、借腰 乃愛かりごし のあに会い、話を聞く。

 コイツは、ギャル風で男との噂も多い。


「ちょっと良いかな?」

 そう言って、普段使わない教室に連れて行く。

「なあに? 直向ひたむき。私としたいの?」

「そんな気は無い、なんで涼葉につまらないことをした?」

 そう聞いたら、いきなり顔に出る。


「えっ。別に何も。何のこと?」

「しらばっくれるな。男を紹介しただろう」

「何で…… いや。知らないから」

 睨みながら一歩前につめる。


「ひっ、まって、拳骨はいや。あの子が興味を持っていて、―― そのエッチについて、色々教えていたのよ。それでその…… 女は相手によって、随分違うって言ったら、どんな感じにって聞かれて…… 試せば良いじゃんってつい。そしたら、一番良かった奴を紹介しろって。それで……」

「一回だけか?」

「ひっ。三回」

 そう言って、指を三本立てる。

「三回? ……」

 それを聞いて、俺は完全に切れた。

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