桜が舞い散る丘の上で

桜の下で……

 ある晴れた、黄砂と花粉が、周りの大気に溶け込んだような黄色い日。


 この辺りでは有名な、桜の咲く丘に居た。

 

 花は満開で、久しぶりの美しさに目を奪われていた俺だが、そこで幼馴染みの心咲さきが、おもむろに言った。


「三組の重野君てかっこいいよね。三組の上杉君も優しそうだし。将来プロになるのかな?」


 まだ吹き抜ける風は冷たく。その日は、強い風が吹いていた。

 心咲は、完全にスカートがめくれ上がっているが、気にもしていないようだ。

 俺に対して、そんな事を言ってくる。

 名前が挙がった奴らは、野球部の有名人。



 そんな事は、まあ…… どうでも良い。

 ――此処の桜は、俺が異世界へ行っている間も、帰ってきてからもずっと…… 見たかった景色。

 ここに来るのは、俺の中では十年ぶりくらいになる。


 あれは、良くある異世界転移。


 魔王を倒せ。

 そう言われたが、相手は普通の奴ら。

 魔族でもない。

 皆に恐れられた、皇帝のことだった。


 オーダルノ=ナーガと言う。

 魔王とか、呼ばれた男。

 気に入らないと言って、教会を粛正し廃止をした。

 これのおかげで、教会から敵認定をされた。


 それだけだ。


 十年に及ぶ向こうでの生活は、俺の心を随分変えた。

 人も殺せば、仲間も死んだ。

 恋人もいたし、裏切られもした。

 ものすごく濃密な十年間。


 戻った時間は、こちらでは、俺が向こうに行ったすぐ後。

 家族すら変わったことに気がつかなかったのに、こいつは気が付いた。


 朝起こしに来て、いきなりこうだ。

「あなただれ?」


 少し驚いた。

 帰ってきて鏡を見ても、記憶に残った顔だったはず。

 そう言えば、帰ってこられたのは、俺が強くなりすぎて、その世界を管理している何者かが気が付いたのだろう。

 ある日、いきなりこちらへ帰ってきた。


 その時は、向こうでの最後となった恋人。エスメラルダと食事をしていたとき。

 いきなり体が金色に輝き…… 気が付けば制服を着て、教室にぽつんと立っていた。

 最後の食事が、デスワームのステーキだとは思わなかったが、あのクリーミーな食感は癖になる旨さだった。


 こっちで探すと、あん肝が似たような感じだったな。



 ――まあ、それは良い。

「野球か。今なら楽勝な気がするな……」

 ぼそっと、心咲に返す。



 優希ゆうきがそんな事を言う。だけどきっと嘘じゃない。

 優希はある日、変わってしまった。


 前日に一緒に帰らなかったから、その日は部屋にまで上がった。

 むろん起きなければ、いたずらをするつもりで……


 優希は、基本寝起きが悪い。

 どこから入手をするのか、お気に入りの、アニメキャラがプリントされたパジャマを着て、丸まって寝ている。

 たまに指をくわえて。


 起きなさいと、声をかけながら、くすぐるのが楽しい。

 すると彼は目ぼけ眼で、さらに、爆発をした頭でぬぼーっと座り込む。

 そこから五分くらいは、意識がもうろうとしているから、幾度かキスをしたこともある。


 初めての時は、それで目が覚めたらしく、ベッドから落ちたっけ?


 だけど……

 その日は、違った。

 部屋に入ると、すでに起き上がり、座ったままこちらを見たいた。

 手には、目覚まし時計を握っていたっけ?

 さらに、毛布の下には何も着ていなかった。


 私を見ると、目を細め、なんだか記憶を引き出す感じで私の名前を呼んだ。

「心咲? ああそうか帰って…… 学校か。少し待て」

 そう言って、恥ずかしがりもせずにベッドから出てきた。


 思わず聞いてしまったの。

「あなただれ?」と。


 すると彼は、嬉しそうに微笑み、言ったの。

「寝ぼけてんのか? 優希だ」

 そう。

 同じ顔だけど全く違う。

 少なくとも、私の知っている優希じゃない。


 まあその後、内緒だといいながら、異世界のことを説明してくれた。

 要らない情報。愛した女達のことまで。

「こっちには、居ないから」

 彼はそう言ったけれど……


 だから、つい。

 嫌みと、焼き餅を焼かせるために、彼に対して他の男性の名前を出す。

 だけど彼は、ひょうひょうとして、まるで気にした様子はない。


 その時からずっと、子供扱いだし、頭まで良くなっている。

 魔力を循環させ、活性化するとか?


 魔法を発動するためには、物理現象をブログラムのように瞬時に指定する必要があるとか。

 そのために、脳を活性化する必要があるって。


 彼のずるさばかりを、その時の私は、うらやましがっていた。


 やがて、些細なことで一方的に私が怒り、距離を置いた。


 そう、彼のことを、好きだという子を紹介をした。


 彼は驚いていた。

「それで良いのか? 心咲」

 たしかに彼はそう言ったが、その時は、少し意地を張っていた。

 いきなり大人になった彼。その変化について行けない私。


 そう。かれは、経験の中で諦めというものを習得していた。

 幾度もの、別れ。

 そんな経験が、辛くなかったはずは無い。


 引き留めず、子供だった私。

 そうは言っても、彼は優希。

 私から離れはしない。そう思っていた。


 でも、嬉しそうな顔をして、桜の花を見ていた彼と離れ、私は今日一人桜の散った丘に居た。


 紹介した子にその世界の話。

 私に言っていない、凄惨とも言える体験を、彼は話したらしい。

「本気で付き合う気なら、知っていてほしい」

 そう言って。


 その話は、綺麗なものじゃなく、彼女は思わず彼を抱きしめたらしい。

「ここは日本で、私がそばに居るから」

 そう言って。


 その後、彼女は私に言ったの。

「心咲。かれが、あなたに全部を言わなかったのは、彼の優しさ。聞けばあなたは、優希の事が怖くなる。きっとね。彼はそう思って…… あなたに言わなかった」



 だけど…… 私は言って欲しかった。

 でも、聞けば、優希を。――彼女が言ったように、傷つけたかもしれない。

 だから、この丘で私は一人。


 ――出来るのは、ただ。泣くことだけ。

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