第2話 神崎家

 そう言って立ち上がったのは、某財閥のお嬢様。


 顔面が蒼白になっている。

「そこまで怖がらなくても」

 つい俺は言ってしまう。


「ふっ、ふざけないで。あなたは良くても、お父様のことは聞いているわ」

 その声と必死の形相。

 俺の周りを囲んでいた奴らが、じわじわと広がって囲みがなくなる。


「おい、こいつがなんだって言うんだ」

 多少顔色の悪くなった、濡手吹弥が聞く。


「一般人は知らなくて良いのよ」

 ぴしゃりと、彼女はたたき切る。


「なっ」

「良いこと。彼のお父様に逆らえる者は、この世界のどこにも居ないの。それどころか、大きなことをするときには断りを入れないと、いきなり無かったことになるのよ。わかる? 平原が一晩で山脈になるの。気に食わない。たった、それだけの理由で」


「えーとそれって、もしかしてユーラシアの大陸の話? あれニュースになったけど親父の仕業?」

 そう聞くと、彼女は真っ赤になる。

「あんなふざけたこと、他に誰ができるのよ」

「フレイヤさんとか?」

「身内じゃない」

 そう言って憤慨している。


 フレイヤさんも奥さんの一人だったか。

 昔は神様だったとか?


 叫んでいると、先生が来た。

「何をやっている。授業だ」

「先生、濡手君達が、神崎君にちょっかいを掛けていました」

 それを聞いた先生が、いきなりへたり込む。


 突然意識が切れたように。まるで操り人形の糸を、プツンと切ったように床へと崩れる様に。

「先生」

 幾人かが、先生を起こしに行く。


「うっ。頭が痛い。先生はもうだめだ。誰か職員室へ行って、教頭先生か校長先生を呼んでくれ。もうだめだぁ」

 そう言って、座り込んだまま泣き出してしまった。


「誰か早く。先生じゃ駄目。教頭先生か校長先生ね」

「ああ判った」

 騒然となる教室。


 その中で、虚勢を張っていた濡手だが、徐々にやばいことだということが理解できてきたようだ。


 スマホで、ポチポチと文字を打つ。

「神崎にナシを付けようとしたが、学校全体がおかしなことになった。親父何か知っているのか?」

 そんな文面を打った数分後、いきなりキャリアが消えた。


「なんだこれ? おい誰か、これどういう事かわかるか?」

 顔を上げると、周りの奴ら。

 つまり取り巻きだった奴らの顔色がおかしい。

 机まで移動し、距離を開け始めた。


「校長先生が来たぞ」

 男子生徒が走り込んでくる。


 六十近い校長先生も息を切らせて走ってきて、いきなり教室を見回す。

「君が濡手君か」

 息を切らし真っ赤な顔で聞いてくる。


「ああ、そうだけど」

「君は、今ご実家から連絡があり、親子の縁を切った。退学にしてくれと連絡があった。これで良いかね神崎君」

「「えっ。どういうこと?」」

 俺と、濡手。声がハモってしまった。


「言った通り、濡手君は退学になった。むろんご実家からの申し入れだ。きっちり縁も切ったようだ。だから、今回の件不問として、お父上にはご内密に頼む」

 そう言って、校長先生が頭を下げてくる。


「はあ、よく分かりませんが、親父には内緒にしておきます。できるかどうかは知りませんが」

 そう言うと安堵したような、悲しそうな顔をされる。


「ちょっと待て、ふざけんな。どうして俺が退学なんだ」

「その件については、お父上と話をするように。会ってくれればだが。それと君はもう部外者だ。私物を抱えて出て行きたまえ」

 冷酷な感じで、表情を変えた校長先生が通達をする。


「けっ」

 そんなことを言いながら、濡手は教室を出て行く。

 いつもくっ付いていた取り巻きは、微動だにせず、顔を背けていた。


 そして復活した先生は、なぜか床や壁を気にしながら教室を見渡していた。

 校長先生が出ていって、騒然としていた教室内は落ち着きを取り戻す。


 

「えっ。俺の親父って何者? 知ってんの?」

「隣の奴に聞くが、首を振るだけ」

 佐藤君は、普通の家庭の人。


 反対側、こっちは確かお父さんが財界の偉い人だった気がする。

「俺の親父って何者? 知ってんの?」

 そう聞くと一瞬固まり、にへっと笑うのみ。


 キョロキョロしていれば、先生に見つかるよね。

「神崎君どうした?」

 一瞬、問いかけた後に、しまったと言う顔をする先生だが、もう後には引けない。


「俺の親父って何者でしょうか? ご存じでしょうか」

 そう聞くと、逆に呆れたような顔をされる。


「歴史の教科書に、異世界の脅威から世界をすくった救世主として載っているのは、君のお父様だ。本人たっての要望で名は伏せられているがな。世界を包む花火と言っていいのか魔法の煌めきは世界中のみんなが覚えている。だが名は言ってはいけない。何処にでも現れるのだよ、君のお父上は。『呼んだぁ』とか言って」

 そう言って先生は、遠い目をする。


「はあ。何処にでも出てくるのはやりそうですが、救世主ですか? ありがとうございます」


 釈然としないが、ぽすんと椅子に座る。


 偉い人たちの息子や娘は、ものすごい勢いでスマホを操作している。

 濡手の家に関係する物から、一斉に資金が引き上げられ、株価がストップ安で張り付いたのはすぐだった。


 そしてなぜか、経営する中古車販売店の車で、リバーシをやられた被害が発生。

 だが、クレーンなどの目撃はなく、いきなり車たちが勝手に裏返って楽しそうだったと目撃情報が出る。


 当然被害届を出しに行く。

 だがなぜか、個人の敷地内だし、事件性がないと言って、警察は被害届も受け付けなかった。

 保険会社も同じ。

「これは、天災です。保険の免責条項に入っています」

 その一言で終わった。


「免責? 天災? ああ、そうか天災か」

 濡手粟男は理解した。

 息子がしたことが、向こうの親父にバレ、いたずらをされたのだと理解をする。

 神が起こした些細ないたずら。


「この世界、身近に神が居るからなぁ。ぼやくだけで耳に入ることがある」

 昔は、妖怪枕返しなどと言う些細ないたずらだったが、今の神は力を取り戻し、些細なことがこのレベル。粟男は諦めた。



 そして、困っていた彼女の所は、どこからともなく救済され、彼女は俺の婚約者となっていた。

 元から話があったらしく、事情を知っている情報通は、少し傍観をしていたらしい。

 本人達だけが、話を知らなかった。


 神音おばさん。あっ、鵜戸お母さんの実家に関わりがある家だったらしく、元々話があったらしい。俺にはお母さんが幾人かいて、おばさんというと殴られる。


「ええと、これからよろしくします」

「はい。よろしくお願いします。でも、本当に俺で良いの?」

 一応聞いておく。実家を救済された、だけのことで、俺と付き合うのならかわいそうだし。


 だけど反応は、そんな感じではなく嬉しそう。

「子供の頃から、優しいのは知っているし、親も喜んでいるから」

 そう言って彼女、鬼奔美玖きばしり みくは嬉しそうに笑う。

 こちらを見て、頬を染めながら。


 高校二年の終わり、婚約者と手を繋ぎ、照れる光司。

 その背後、地面から湧き立つように、一つの影が生えてくる。

 奴が来た。そう、一司が。



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お読みくださり、ありがとうございます。


最後連載が終わって、一年経つと、どんなノリで書いていたのかが思い出せない。

気になる方は、お読みください。

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