特別な兄妹

第1話 幼馴染みは、兄妹ではない。

 ある日の朝、目を覚まし。学校へ行く前にシャワーを浴びる。

 私は、鎌田さくら一七歳。


 親が、海外へ出張。

 いえ、お父さんが出張で、お母さんはくっ付いていった。


 高校生になった、私を置いて。

 うん。家は目の前にあるんだけどね。

 何故か、向かいの家に居候中。


 ここは、幼馴染みの瓜生光良(うりゅう みつよし)の家。


 うん子供の頃から、よく遊んでいたよ。

 でもまさか、実の親にどうせなら一緒になれば良いなんて言われて、預けられるとは思わなかった。


 光良は、モテるのよ。

 スポーツできるし、何故か勉強も出来る。


 私は、両親の子供としては、悪いところだけを遺伝で貰った。

 背は低いし、頭も良くない。


 おかげで、テスト前は詰め込みが必須。

「あー眠い。いつの間に落ちたんだろ」

 朝までに、詰め込むはずだった公式。

 眠ったら、半分以上忘れるという、特殊な才能。


 浴室のドアを開けて、あれ? 点けたはずの電気が点いていない。

 その時点で気がつかない馬鹿さ加減。


 そっと左手を伸ばし、入り口そばのスイッチを切り替える。

 電気がつく。


 明るくなった先には、ちょっと貧弱だがダビデ像のような体。

「おう。おはよう。もうちょっと待ってくれ」

 のんきに挨拶を返す馬鹿。


 お風呂に入るため、私も裸。お互い様よね。


 じっと見る。

 朝だからか、とっても元気そう。


 そう、寝ぼけてお風呂での鉢合わせは何回目だろう。

 最初は、飛び出した。

 でも段々と馬鹿らしくなって現在の状態。

 この一年で何回目だろう。

 すべて、私が寝ぼけて起こしたもの。

 毎回、私だけが驚き、飛び出してひっくり返って全部見られた。


 そして、まあいいやと開き直った。

 だって、いつだって光良は普通。


 ただ見たときは、いつも元気。

 理由を聞いても、『男だからな』としか言わない。

 いつもそうなら、ズボン穿くのが大変そう。

「おまたせ」

 そう言って、何もなかったように出ていく。


 少し汗のにおいが残る室内。


 彼は毎朝、何キロか知らないが走っている。

 その理由を私は知らなかった。


 頭から、シャワーを浴びて覚醒をする。


 そしてはっきりしてくる、生々しい記憶。

 公式はすでに吹き飛んだ。


 友達に言われる言葉。光良君に習えば良いのに。

 簡単に言ってくれる。夜中、となりに光良が居て覚えられるわけが無いじゃない。

 襲っちゃうよ私。自信あるもの。


 そして、時間が無いのに、シャワーが長くなる。




「おはよ」

 学校に行くと、皆が二度見する。

 思ったより、ひどい顔になっているようだ。


「いつもだけど、今日は特にひどいよ」

「分かってる」

 そして、机に突っ伏する。


 テストを受けると、ひどい顔はさらにひどくなっただろう。

 私、よくこの学校に通ったと思う。

 中学校の先生は、無理だと言った。

 でも、光良が受けるから。

 あそこで一生分の努力と、記憶を使い切ったのだと思う。


 公式はやはり残っていなかった。

 そして、国語まで、文字が躍り出し理解ができない。

 単純な文章まで、ゲシュタルト崩壊をしているよう。


 そして気がつけば、保健室で寝ていた。


 気持ちが少し落ち着き、アンニュイ。

 時計をそっと見る。

 次のテストが終わる時間。


 最悪。


「おう。目が覚めたか」

「あっ。鞄。ありがとう」

 手を伸ばしたが、引っ込められた。


「帰るんだろ。鞄くらい持ってやる。帰るぞ」

 一瞬動きが止まったが、理解できた。光良の心遣い。


 ベッドから這い出し、先生に声をかける。

「鎌田さん無理しちゃ駄目よ。再テストと補習は決定だから、残りは気楽にね」

「えっ」

「今日のテスト、全滅だそうよ。採点するまでもないって。担任の岡崎先生泣いていたわよ」

 そう言って、保健の先生は苦笑い。


「そうですか。岡崎先生にお体ご自愛くださいとお伝えください」

「あなたもよ。詰め込んでも結果は出なかったでしょ」

「ええまあ。最悪です」

「瓜生君教えてあげたら?」

 先生は横に立つ光良に、声をかける。


「良いんですけど、こいつが逃げるんですよ。熱出すし」

「あらぁ、若いって良いわね。残り赤点回避したら、瓜生にキスでもねだったら」

「へっ。ききき。むり。じゃ。さよならです」

 そう言って、部屋を出る。


「おい。ちょっと待って、さっきまでぶっ倒れていたのに走るな」

「あっうん」


 ゆっくりと、歩く。光良も速度を合わせてくれる。

「キスなんて…… 無理よ……」

 つい言葉に出してしまった。


「そんなに、嫌か」

 そう言って、光良が落ち込んだ様子を見せる。


 そうして、私を家まで送った後、約束があったらしく遊びに行ってしまった。


 そこで、気がつけば何とかなったのかもしれない。


 でも馬鹿な私は、気がつかなかった。


 光良は私を女として意識して、女として見ていてくれたことを。


 そう、朝のランニングで欲求を散らし、色んなことを我慢していたことを。

 一つ屋根の下に住んでいても、兄妹とは違う。


 歯止めが、出来なくなると考えていてくれたことを。

 知らなかったし、気がつかなかった。


 私は本当に馬鹿だったようだ。

 幾度も繰り返す、恥ずかしさからでる否定、つい言葉に出した物が積もり積もって、傷つけていたことを、私は気がつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る