僕ら二人は道をえらんだ

別れと出会い

「ねえ。私のこと好き?」

 彼女は幾度もそれを聞く。


「あーうん。そうだね」

 そして僕は、いつもそう返す。

 僕たち二人は幼馴染みだが、いまは許されない関係。

 この問いかけだけが、その繋がりを確認するもの。


 たぶん。愛しているは、言ってはいけない。

 言ってしまえば、泥沼へとはまり、浮上できない。



 あれは中学校の頃。

「ねえ。また小説を書いているの?」

「んあ。おまえか」

 書きかけたノートから顔を上げる。


 子供の頃から本が好きで、書き始めた。

 このノートの中には夢がつまっている。

 いるはずのないモンスターを倒し、この話の中では、現実では使えない魔法を、僕は使う。


 本気で、書き始めたのは最近。

 中学校になってから。

 親父に中古のPCをもらい。ネットに繋ぐと、幾つもの投稿サイトが存在した。

 その中に公開されている物語を幾つも読み、自分でも書き始める。


 だが、某有名サイトで書き始めると、まあコメントはお察し。

 文章が中学生レベル。

 決まりを守れ。

 キャラが変。

 三点リーダーだ。中点を使うな。

 まあまあ、酷評の嵐。


 それはまだましだった。ちょっと人気が出て、十万PVを越えると目につくのだろう。途端にコメント内容はひどくなる。

 だが有名タイトルの中に混ざってくると、酷評の嵐もなんとなく嬉しくなる。


 そんな中、色んなコンテストに応募をしながら、落ちまくる。


「結構おもしろいけどなあ」

「そう言ってくれるのは、お前だけだよ。見ろよこのコメント」

「うわっ。ひどっ。ブロックしちゃえば良いのに」

「でもなあ。めげずに指導してくれる人もいるし。何とかしたいじゃないか。地の文だけでも何とかすればいいと思うし、視点も三人称にすれば説明も簡単になったし。当然だとこっちが思っていても書かないと通じないと言うことが分かったし。まだこれからだよ」

 そう言うと、彼女は変な顔になる。


「史義(ふみよし)って、マゾなの?」

「違う。そういうお前はどうなんだよ。彼氏の一人でもできたのか?」

「中学生だし、まだ良いよ」

 そう言って、ぷいっと横を向く。



 そうして高校。

「おい。どういうつもりだ?」

「うん何が?」

「いつから俺は、お前の彼氏になったんだ?」

「げっ。聞いたの? はずっ」

 そう言って、赤くなる彼女。


「いやまあさあ。私ってかわいいじゃん。モテるのよ。それでまあ、虫除け? なに、迷惑?」

「迷惑じゃ無いけどさ」

 すると、目ざとく見つけたのか、持っていたノートを取られる。


「それはプロット用だから、見てもわからないだろ。返せ」

「ちぇっ。新作は?」

「今ストック中」

「また異世界もの?」

 そう言って、プロットを勝手に見る。


「悪いか。異世界だと縛りが無いんだ。ご都合展開でも異世界で通じるし」

「えー。ある程度リアルは必要でしょ。この前みたいに出会って三秒で、主人公にだかれるのはないよ」

「あるかもしれないじゃないか?」

 そう言うと、大きなため息。


「ない。女はもっと現実的。小説を書くにしても経験が足りないよ。ねっデートする?」

 なんか、キラキラした目で見つめてくる唯愛(いちか)。

 愛に生きるらしい。親もどうしてこの名前にしたのか、よく分からないとの事。


「えー時間が。せめて、今日中に四千文字は書かないと」

 だがそう言っても、引っ張って行かれるのだろう。いつものこと。


 この前は、雑貨の買い物に、三時間付き合わされたあげく。何も買わずに帰ってきた。


 別の日は、ゲーセンでクレーンゲーム。

 あまりかわいくないぬいぐるみを、喜んでくれた。

 今日は、はまっているカラオケだろう。


 テレビで見て、気に入ったらしい。


 ただこいつ、要領が良い。

 あっという間に九十点台を出し始め、今抑揚とか、ビブラートを練習している。


 俺は七十五点の男だよ。


 ほとんど歌わなくても六十点は出るらしいから、赤点野郎だ。


 ただ、歌詞の意味を考えるだけで、かなり勉強になるし、アイデアも出る。

 どうして、この二人はベッドで愛し合った後。どうして目を閉じるのだろう。

 えらく古い歌だが、歌詞が気になる。


 その事を現実の気持ちとして、理解ができたのは、もっと先の話。


 歌詞で、その情景を思い浮かべる。

 これは小説と同じだ。


 風景や心を文章にする。

 それに曲を付けて、人に伝える。

 ああ、そうか。


 歌詞の内容を思い浮かべながら歌ってみる。

 点数は、七十点に下がったが、なんだか楽しくなる。


「どうしたの? 相変わらず音痴だけど、歌い方が変わったね」

「うん。歌詞の内容がね。情景が目に浮かぶと、なんとなく気持ちが分かる」

「へえ。そうなんだ」


 そして、彼女は一生懸命歌詞を読んでから歌い始める。

 さっき見た、古い恋愛の曲。


 聞きながら泣いてしまった。

 歌が心に刺さる。きっとこの言葉は、今の状況のことなんだろう。


 歌い終わって、彼女は振り返り。僕の様子を見て、言葉の代わりにキスをしてくる。

 それは僕にとって初めてのこと。

 唯愛はどうなんだろう? そう考えると胸がチクッとする。

 それからも、彼女の態度は普通で、その態度で僕は不安になる。


 それから、言葉もなく。

 付き合いが変わり、僕たちは少し大人になった。

 そして、二人とも初めてだったと確認して、無事殴られる。


「あんたねえ。子供の頃から一緒に居たでしょ。どういう目で私を見ていたの?」

 だそうだ。


 なぜか、親の意見で経済系の大学に入り、少し同棲し、ぶつかり合って。仲良くなり。

 僕はまだ、コンテストに落選し続ける日々。


 就職し。時間が取れず、仕事にも集中できず、居眠りの日々。

 そして退職。

 

 派遣に登録し、時間を作る。


 

 そして、彼女の言葉。

「お金持ちと結婚する。タニマチだっけ。パトロンの方が正解かな? 援助する。時間を作って頑張れ」

「ふざけるな!!」

「ふざけてない。何でもする。もう決めたの。頑張って」

 そう言って。彼女は部屋を出て行く。



 そうして、彼女は昼間に様子を見に来て、夜帰る。


 駄目だと分かっているのに体を重ね、その時だけは、彼女は俺の彼女のまま。

 いつか見た歌の歌詞が胸に刺さる。


 そんな生活の中、俺は異世界を諦め一般文芸で、いや、ライト文芸か。

 そっちで、どろどろの恋愛を書いた。完全にジャンル違い。


 きっとその時の自分自身。本当の心だったのだろう。

 どう上辺を繕っても、内心はふがいなさとやるせなさ。

 自身の情けなさがずっと心に広がり、きっと心は壊れ掛かっていた。


 そうして、彼女の前から姿を消し、ぱったりと書くのもやめた。


 そして、パートとアルバイトを掛け持ちで生活をしながら、その頃に書いていた話を軽めに手直しをしてコンテストに応募する。


 だがまあ、才能なんてものは急には湧いてこない。

 現実は、小説とは違う。


 気がつけば、歳も三十を過ぎ。夜中のファミレスで原稿を書く毎日。

 そこで、一人の女の子と会う。

 女の子と言っても、話を聞くと二十五歳だったようだ。

 彼女達は十人近くのグループでやって来て、相席になり、席をくっ付けると、何故か彼女達のグループにくたびれた男が一人という形になった。


 話すことも無く、黙々と晩飯を食べ。コーヒーを飲みながら原稿を打つ。

 すると、あぶれた子が覗き込み。声をかけてくる。


「その展開は、強引すぎません?」

 覗き込む彼女。横顔がかわいい。


 だが僕は、画面だけを見ながら、愛想なく答える。

「そう?」

「ええ。その流れなら、もう少し前に何か布石というか、切っ掛けが欲しいですね」

 俺の中では、何だこいつだが、幾度も言われた記憶のある言葉。何故か素直に聞くことができた。


 その時、ハンドルネームを見られたのだろう。

 コメントがやってくる。

 一瞬、ストーカー? とか思ってしまう。

 実際のコメントでも、ファミレスでの、のぞき魔ですって書き出しだったし。


 それを参考に書き直し、気がつくとPVが伸びていた。


 そして、またファミレスで会った時。無事? 連絡先を交換し、彼女は専属? の編集者ポジションに収まっていた。

 彼女は、自分でも投稿をしたいと思っている読み専の一人で、書いている文章でおやっと思ったらしい。

 つまり読者の一人だった。


 それから幾度かファミレスで、指導を受け、推敲を重ねる。

 気がつけば、ジャンル別の一位を月間で達成。


「転び闇だるまさん。出版しませんか?」

 そんなオファーが来た。

 ジャンルはローファンタジーの恋愛。


 周りからの裏切りで、闇に沈んだ主人公が一人の少女と出会い。復活。闇の力を使い世界を救う。

 基本は良くありそうな追放話だが、単純ざまぁでは無い。心理描写が良いと人気が出たようだ。

 

 その後も、今までが嘘のように人気が出た。

 だが、それは横で微笑んでいる、敏腕編集者のおかげだというのはよく分かっている。


 きっと彼女に出会わず、ずっと書いていても。芽は出なかっただろう。

 それは、唯愛に甘え、あの心理的地獄の生活をしても、その先には見えなかった世界。

 まあ。その前に、俺の心は自分自身を許せず。壊れていただろう。きっと。


 偶然。いや。この奇跡に俺は感謝して今を生きている。


 だが、ふと、彼女はどうしただろうと思う事がある。

 こんなどうしようもない男のために。

 献身的に尽くした唯愛。

 それなのに、その愛に耐えられず。最後に逃げてしまった。どうしようもない男。


 合わせる顔もない。

 きっと、もう。会うこともない。

 あの頃だけ重なった歩み。

 一緒に居れば、あの作品のように、浮き上がれず。

 主人公は闇へ沈むだけだった人生。


 きっと、そうなっていた。


 今俺は、自分の横で、鬼の形相で文章にケチを付けてくれる彼女に感謝している。

「愛している」

「にゃ。にゃにおっ」

 その言葉に、慌てふためく彼女に感謝して生きていこう。



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 当然フィクションです。

 割れ鍋に綴じ蓋という言葉がありますが、何が良くて何が悪いのかは、先に進まないと分からない。


 やり直しができるのであれば、なんて言うことも後から思うこと。

 年をとると、過去を振り返るなんて怖くて、やっていられなくなりそうです。

 そうして、幸せなこと以外を忘れたくなる。

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