第2話 すれ違った人生の流れは、元の流れにはならない

「祇園精舎かぁ」

「鎌田。テスト中にぼやくな」

「すみません」

 つい、文を読んでしまった。


 おバカの私でも分かるくらい、何故か教室が浮ついている。

 今日でテストが終わるから?

 はっ駄目よ。集中。


「おっわったぁ」

 思いっきり脱力。


「試験が終わっても、羽目を外しすぎるなよ」

 そう言って、先生は出ていく。



「よし行こう。瓜生くん」

 いきなり光良の元に、駆け寄る人たち。


「ああ。そうだな。おい、さくら。俺遅くなるから」

 そう言って女子数人と、男の子も数人。

 両手を引かれて、光良はうれしそうに出ていく。


 そのまま両側から、腕を組まれて。女の子に挟まれる。

 やっぱり、光良。モテるんだ。

 出ていく皆を見送る。


「あーあ。さくらも馬鹿ねぇ」

「えっ、なにが?」

「瓜生くん。さくらに悪いからって、ずっと拒否っていたのに。吹っ切ったってことは、あんた達、喧嘩でもしたの?」

「えっ、してない」

 考えても何も思い浮かばない。


 その晩、本当に光良は遅く。

 廊下で会った時、目をそらされた。

 

「なにあれ?」

 でも、その次の日から、浴室での事故は全くなくなった。


 そして夏休み。

 ほとんど家族以外と行動しなかった光良なのに、家族以外としか行動しなくなった。一緒に移動したのはお盆休み。

 毎年、じっちゃんの家へと、帰省する。


 とうぜん、行き先のない私も、付いて行くんだけどね。


「あーこっちも暑いな。異常気象か?」

 アイスを咥えながら、道を歩いて行く。

 近所のお店から、人数分のアイスを買い込んだ帰り。


「最近、走ってないの?」

「んぁっ? おおう。必要なくなった」

「必要なくなった?」

「おう。あれは単に若さ故の、ほとばしる何かだったからな」

「よく分かんないけど。そうなんだ」

 鈍い私。


「結衣が、適当に相手をしてくれるからな」

 それは、ぼそっと、控えめに言った言葉。


 でも、私には重くのし掛かり、脚がふらつく。

「そうなんだ」

 結衣はクラスの子。

 知ってる。活発で、明るい子。

 だけど、光良の口から、その名前が出た瞬間。何故か、胸の奥が重く痛い?


 そう、光良の態度は普通。

 話しもする。


 でも。何かちがう。壁が出来た?

 漠然としたもの。何かを心の中で感じる。

 気安さ、それとちょっとした距離感の違い。

 たしかに、何かが変わった。


 そして秋。


 いきなり両親が帰ってきた。

 一年半の居候が終わり、本来の生活になったはずなのに、何かが変わった。

 放任で、無責任な両親にも、何故か冷たい目で見られる。


 訳が分からない。


 そして、学校が始まっても、前のように話は出来ず、傍らには結衣ちゃんがかならずいて、その距離感が、そして雰囲気が胸に刺さる。

 鈍感な私でもさすがに分かる。


 光良の心が、向こうへ行ってしまった。


 その後。友達と答え合わせをして、やっと私は、引っ込み思案と恥ずかしさのせいで、彼を傷つけたのだと理解した。


「彼みたいな人、なかなかいないわよ」

 友達からの忠告。


 でも、私たちは幼馴染みだし。最も近い友達だもの。

 そう思っていたが、距離は離れていく。


「駅前に、買い物に行かない?」

 光良に聞く。

 いつもなら、『ああ、いいぜ』そんな答えが、かえってきていた。

 だけど、「わりい」そう短く言って、行ってしまった。


 そして、一人で買い物に行き、帰りに見かける。

 楽しそうな二人。

 駅前で、繋いでいた手を離すと、バカップルのようにキスをして別れ、手を振り合う二人。


 後頭部を、何かで殴られたような衝撃が襲う。

 むろん物理的にでは無く、光良を失ったこと。

 私は、その時それを理解した。


 そのせいか、涙があふれて、止まらなくなる謎現象を体験。

 泣きながら家に帰った。


 謎の脱力。体中に力が入らない。

 めまいもする。何か現実ではないおかしな感覚。


 思い浮かぶのは、いつもしていた、ちょっと困った感じの光良の笑顔。

 そして、保健室の前で見せた、ちょっと悲しそうな顔。

 私の悪いはずの記憶が、悲しそうな顔だけは何故かビシッと再生する。


 翌朝、実の母から、

「あんた顔がひどいわよ」

 そう言われて、学校を休んだ。


 今まで何があっても、休んだことがなかったのに。

 全く行く気が起こらず、ずっと寝た。


 そして、近くにいすぎて、気がつかなかった気持ちに気がつく。

 こんなにも、自分にとって光良が大事だったのだと。

 それを手放してしまった。


 もう遅いこと。

 せめて、光良が気持ちの整理をつける前だったら、取り返しがついたこと。


 テストの時。保健室に行った日。

 出かけた彼は、友人に珍しく愚痴っていたらしい。

 私がキスを嫌がったと。


 実際は、かなり違うけれど、光良がキスをしようとしたら、私が嫌がったと話が流れ。テストの終わったあの日。光良を慰めるため遊びに行ったこと。

 そこで結衣ちゃんが、立候補をした。

 私したことが無いけれど、瓜生くんとなら、キスならいくらでもしてあげると、口説いたらしい。

 

 いや、確かに重要だけど、そこまで?

 だけどそれを足がかりに、その先まで、関係は一気に進んだようだ。

 幼馴染みも勝てない関係、恋人へと。


 そして、私は今日も学校を休む。

 『大丈夫か?』 そう言って、光良が顔を出すのを期待して。



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 光良君は隣の部屋で寝ている、さくらを思い。悶々として、朝日に向かって走るのが日課となっていました。

 シャワー中元気なのは、初めての事故で見た記憶が、シャワーを浴びると条件反射的に思い出されていたから。


 それのおかげで、彼はどんどん追い詰められていた。

 欲望に負け、さくらをおそえば、多分それはそれで、うまくいったと思いますが、常識が彼らを縛り、最悪となったようです。


 関係を変える一歩は、意外と難しいようです。


 おじさんなら、『ためしに付き合わない?』位は言えますけれどね。

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