第2話 自由が欲しい

 借りた本の内容は、どれも凄かった。

 でもその中で、異色の物があった。


「これって、ハウツー本じゃないの?」

 ストーリーのある物も在るが、一冊、とんでもない資料集があった。


 『部位による、刺激の強弱と反応について』

 最初は、自身でのお試しが、ずっと書かれていた。

 でも途中から、T君の手が入る。

 指を絡めるところから、首筋、耳たぶ、襟元や、顎、唇。

 ありとあらゆる所。

 感想が書かれていて、自分とは比較にならない。意識をしていないと、声や、体の反応を悟られる。

 そんな内容。


「文芸の資料よね」

 読み進めると、相手のT君への物も在る。

 彼も、自分とは違うと言ってくれる。

 驚異本位でキスをする。

 さっき触られて、我慢ができない。


 色々試すが、本番だけはさせてくれない。

 Sという子が好きで、裏切りたくはないと。

 言わなければ、ばれないじゃない。そう言うが、駄目なようだ。

 じゃあ、代わりにと言うことで、彼に触れて貰う。大事な所。初めて。

 この感覚は、癖になる。

「これって、あの人の日記? それも、えっちな」


 日を追って、色々させて喜ぶ感情が書かれていた。

 でも彼に対する描写で、ふと頭に、巧巳が浮かぶ。

「そうそう。優柔不断なの、でも自分のこだわりの最後だけは絶対引かない。なのに、じゃあという感じでお願いすると、いやと言っていても、そのギリギリまではしてくれる」


 楽しかった、小学校時代を思い出す。

 巧巳の書く、絵や文章。楽しかったしおもしろかった。

 有名な漫画家になれるんじゃないと言ったら、それは思っている物と違うとか。


 でも現実。無理じゃない。

 そんな物で暮らしていけるなんて、ほんの一握り。

「お母さんの、言うとおりなのよ。ばかじゃない。私と喧嘩までして何年もまともに口をきかないなんて」

 そこに気がついて読むと、腹が立つことに、これ。相手は、巧巳なの?


「何をさせているの? 巧巳も何をしているの。最後までしなくても浮気よ。私のことが好きなくせに。あんたと喧嘩をしてからずっと、何かが無くなったような気がするの、楽しくないのよ。それなのにあんたは、こんな事」


 そして私は、最悪なことに書いていることを想像する。

 彼が触れた、他人の感想。


 一晩寝られなかった。

 ぼーっとする、頭で学校へ行く。


 昼休みに、巣へ行くと、また後ろから抱きつかれて、耳に息を吹きかけながらしゃべり始める。

「どうだった? おもしろかったでしょ」

「これは何ですか?」

「あらごめんなさい。これは単なる資料集。気にしないで」

 そう言ってニコニコしているが、故意に読ませて、私の反応を楽しんでいる。

 絶対。


「彼は嫌がっているけれど、どうにかして、もっと先までお願いするの」

 そう言って嬉しそうに笑う。


「どうして、資料のためにそこまで。好きでも無いくせに」

「お馬鹿さんね、好きに決まっているじゃ無い。資料の方がまあついでかしら。理由付けね。これだから仕方が無い。そういう理由を構えないと彼、手も握ってくれないのよ。一途ね、私の方こそどうして? よ。彼が好きなことをする。応援こそすれ否定なんて、試して失敗してからで良いじゃ無い」

「それはそうだけど、いつまでよ。そうよ、いつまで待てば良いのよ」

「駄目ね。あなたは自分だけが大事なのね。彼が諦めるまでずっとに決まっているじゃ無い」

 彼女は言い切った。


 さらに、こんな事も、彼女は言った。

「彼を支えるためなら、私がお金を稼げば良い。そうでしょ。それをしないで彼に依存することばかり。夢を諦めて、私を扶養しなさい? おかしいでしょ」

 そう言われて、反論ができなかった。


 そうだ、お母さんは文句を言っているが、ちょっとしたお手伝いくらいしかできない。しているのは、文句を言うことばかり。それを言われたときの、お父さんの辛そうな顔も知っている。

 そう今の私は、お母さんと一緒。何もしていない。文句ばかり。


 実際成績も、好きなことをしている彼の方が良い。


「彼のことは、あげない」

 そう言い放ち、その場を後にする。

「あらあら、できるかしら。早く失敗して彼を失意の底に落としてね、Sさん。早く夕方にならないかしら」



 私は失敗をした。

 彼女から、彼を引き離そうとして、言ってはいけない言葉を、短絡的に言い放ってしまった。きっとこうなるのは、彼女の予定通り。


 放課後になって、巧巳を捕まえる。

「美術準備室へ行かないで」

 そう言うと、巧巳は嫌そうな顔をする。


「またそんな。僕は絵も好きだし、小説も好きなんだ、どうして何もしないうちから否定するのさ。確かに自信も何も無い。判断するのは他人側だからね。でも、まだ何もしていないんだ」

「わっ、私は、あんたのことを心配して」

「それは分かっているけれど、頭ごなしに何もできないはずと、決めつけるのはやめてくれないか」

「決めつけてなんか」

「本当に?」

 そう聞かれて、答えられなかった。


「じゃあ急ぐから」

「だめよ」

「頼むから、放っておいてくれ」

 言われてしまった、いや言わせてしまった。

 彼からの拒絶。


 これからあいつと、また書かれていたような、イチャイチャが始まる。


 悩んだ末に追いかけて準備室に行くと、イーゼルに乗せたキャンバスに向かって何かをしている。

 あの女と一緒に。

 久しぶりに絵を見たけど、綺麗だけどうまいと思えない、こぢんまりとした絵。あまり上達していないじゃない。

 彼女の顔を見たとき、笑みが、私をあざ笑っている顔。

 ほらやっぱり。そんな笑顔。


 私は、キャンバスを掴み、床にたたきつける。

「こんなの駄目よ」

「「「あっ」」」

 その声で、準備室の奥に他の生徒がいることに気がつく。

 彼とくそ女は、一年生の作品に対し、指導中だった様だ。

 一人立ち上がって、こちらを見る生徒の目が、悲しそうだった。


「幸笑。彼に謝って、出ていけ」

 初めて見る。怖い顔。

「わたしは、ただ……」


 謝ることもできず、逃げ出した。

 背後で、私を呼ぶ声がする。


 その後、謝ろうとしたけれど、彼は目も合わせてくれなくなった。

 昔、私が彼の絵を破ったときと同じ。

 きっとすぐには、許してくれない。

 でも、時が来れば。


「あらっ、久しぶりね」

 げっ、いやな奴に会った。

「この前はすみませんでした。立ち上がって、悲しそうな顔をしていた人にも、謝りたいのですが」

「良いのよ、あんな絵」

 意外とバッサリだった。


 そして、嬉しそうに見せてくる一冊のノート。

「今私は、大事な情報が更新できて嬉しいの。些末なことなど問題なしよ」

 そう言って、それ以上絡むこと無く、彼女は行ってしまった。

 後ろ手に、あのノートを持ち、軽やかな足取りで。


 その後、彼は何かの大きな大会で賞を取ったとか、幾度も校長先生とともに集会の時に呼ばれるようになった。

 大学に行きながら、仕事をするようだ。


 そして、彼の隣には、あいつがいる。

 まるで似合わない、はにかんだ笑顔で。

「私は、彼を支えるだけです」

 そう言いながら。



「あの子、子どもの頃から上手いと思ったけれど、偉い人になっちゃったね」

 お母さんがぼやく。

「せっかく仲良かったのに、付き合うとか無かったの?」

 何それ?

「お母さんが、芸術家なんか駄目って言ったじゃ無い」

 考えるだけで辛いのに、やっとそう言うと、返ってきた答えは唖然とする物だった。

「才能がある人は別よ。あんた、見る目がないのね」


 私は……。



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 お読みくださり、ありがとうございます。

 秋の夜長は、寝るのに失敗すると寝られなくなる。

 最近、気がつけば外が明るくなって、散発的にしか寝られない。

 と言うことで、誰が悪いか分からない話でした。

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