青い鳥はやっぱり(巧巳と 幸笑 )

第1話 行きすぎた、お母さんの教育

「幸笑(さちえ)は、自分の名前がきらいだと言っていた。幸せで笑えるように、お母さんがつけたようだ」

 幸笑の家は、小さな工場で色々な部品を作っている。


「お母さんは、お父さんが社長だから結婚をしたんだって」

 小さな頃には、褒めて貰った絵も作文も、もう褒められることはない。

「勉強をひたすらして、良い会社へ入るの。それが笑って幸せに暮らせる方法よ」

 ある頃から、お母さんの教育はがらりと変わった。


「お父さんが、色々な人に頭を下げて、何とかご飯を食べているの」

 丁度、輸入部品や、組み立て工場などがどんどん海外に出て行った。

「品質は、あれだが安い」

 そう言って、お得意様は離れていったと、お母さんはぼやいていた。


 小さな頃から、近所でよく遊んでいた彼女。

 昔は、僕のことも褒めて、尊敬もしてくれていた。

 だが、中学校に入る頃には。

「そんなもの上手くても、一番じゃないんでしょ。ならそんな事に時間を使うなら勉強しなさいよ」

 そうして、すべての僕の好きなものを彼女は否定していく。


 彼女のことは好きなんだが、気持ちはすさんでいく。

 絵も好き。作文も好き。彼女の家、工場でどんどん姿を変える部品も大好きだった。


 ある日、先生に許可を取り。

 美術準備室の一角で、描いていた絵が幸笑に見つかる。

 そして、躊躇無く破られる。

 そして二人は、始めて大げんかをする。


「どうして分かって、くれないの?」

 彼女はそう言う。だが僕に言わせれば、彼女こそ。

「お互い様だ、どうして分かってくれないの?」


 そしてしばらく、口も聞かなくなった。

 お互いが意地を張り、許せないまま二月三月と過ぎていく。

 その間に、僕は思うように絵を描き、楽しかった。だが、ぽっかりと抜けた何かが、胸の中にあった。そうだよ、僕が絵を描き始めたのは、幸笑の笑顔と、『凄い上手だね』その一言。



 巧巳と 喧嘩をした。

 お母さんや周りの人が言う言葉。

 それらは、生活して余裕があれば、好きなことをすれば良い。


 多分みんなが言っているから、それが正しい。

 子どもの頃は分からなかったけれど、いまは分かる。

 辛そうな両親の顔。

 きっと勉強をすれば、……努力すれば、それがきっと…… 正しい。


 でも、高校に入った頃。

 大手の会社まで潰れ始める。


 そして、周りの意見はまた変わる。

 『手に職をつけて、堅実に』

 それってどういう事? 私には分からない。


 巧巳は相変わらず、色々な物で賞を取っている。

 でも、でも、一番じゃ無いじゃない。

 一応、同じ学校へ通い言葉も交わす。

 でも、うちの工場へ来て、機械の動くところを、ぼーっと眺めて。入っちゃいけないと怒られることはなくなった。


 土日でも、部活動と言って絵を描いたり、文芸部とか言う、怪しい人たちのいる部にも出入りし始めた。


 あそこの先輩は、私を見かけると、にやっと笑う。

 それが怖い。

 そして、小説とそれに挿し絵まで入れて、売り始めた。


 まあ文化祭の一環だけど。


 噂によると、文芸部の冊子には裏バージョンが売られていて、普通は買えないらしい。それが凄いと言う話。ふと興味を持ってしまう。


 巧巳には言い出せず、興味本位で文芸部の部室に忍び込む。

 鍵は開いていて、しんと静まりかえった化学教室の準備室。

 その一角に、文芸部が使っている巣がある。


 あーうん。ぐるっとそこだけ、本に囲まれて巣になっているの。


 きっと、あの山の中に、一冊くらいはあるはず。


 忍び込む背徳感。

 昔怒られるのを分かっていながら、工場へ入ったときのようなワクワクを感じる。


 そっと端から見ていく。

 第○○回文芸部、作品集。

 どれもこれも、同じような冊子。

 中も、うん。誰かの作文? とか詩集? 暗号解読にクロスワードパズル? これも文芸なの?


 キョロキョロと、山を持ち上げては確認する。

「無いわね」

 すると、そっとお尻をなでられ、そのまま後ろから抱きつかれる。

 悲鳴を上げようとしたが口を塞がれる。

「泥棒さん、何をお探しかな?」

 そう、聞いてきたのは、文芸部の先輩さん。

 私のことを、にやっと笑いながら見てくる人。

 耳に息を吹きかけながら、しゃべるのはやめて。

 ゾクゾクするし、なんだか足に力が入らなくなる。


「えっあの。今日、巧巳は?」

「巧巳君は放課後じゃないと来ないし、冊子の隙間にもいないと思うわ。そう思わない? 幸笑ちゃん。 きっとあなたのお探しの物は、う、ら。の冊子かしら? えっちな気持ちがあふれて、顔に出ているわぁ」

「っそんなこと」

 そう言うと、嫌らしくにやぁと笑う。


 うう気持ち悪い。

「無いと思うの? 鏡を貸しましょうか?」

 我慢できずに、断ることにする。


「あーいえ。また、放課後来ます」

「そう残念ね。部員がいるところでは出せないのに。帰っちゃうんだ。残念。それじゃあね。幸笑ちゃん」

 そう言われると、後ろ髪を引かれる。


「あー。ごめんなさい」

「いらっしゃい。こっちよ」

 それは、ホントに死角。

 こんな隙間に棚が。

 鍵を開けて、扉を開くと、木の板が並んでいる。

 それを引き出すと、多分ジャンル別の冊子。


「ジャンルは何? 男同士? それとも、男と女? それなら、軽い物からハードコアな物まで。それとも、女同士?」

 そう言って、また背後から体を抱きしめられて、耳たぶを噛まれる。

「ひっ」

「どう? 人の体っておもしろいでしょう」

 そう言って、色々と触れられる。

 それも、そっと。

「こんな触り方なら、どう感じるのだろう、そんなことを考えながら、文字だけで表現をするの。それを読んだ人が、同じように感じてくれるように。ゾクゾクするでしょう」

 

 散々、もてあそばれた後、ジャンルごとに一冊ずつ押しつけられた。

 そう、押しつけられたのよ。

 その日は、授業が終わると、誰かに見られないように、あわてて私は家へと帰った。


「どうしたんですか? 搦手部長。嬉しそうな顔をして」

「うーん? ちょっと資料集めに良さそうな子を見つけたの、巧巳君も手伝う?」

「裏もの用でしょ。エッチするのはちょっと。触られた感想言うのもかなり恥ずかしかったんですから」

「私もきちんと、説明をしたでしょ」

「それは、そうですけれど」

「将来役に立つわよ。きっとね」

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