第5話 そして俺は

 無事結婚式は終わった。

 途中で馬鹿な奴らが、馬鹿な失敗はしたがまあ、祝いの席だ不問にしてやろう。


 現場で起こった事件は、まあ俺の友達が、真途花の友達をナンパしに行って玉砕し、スピーチの途中で名指しでもう一度お願いし。きっぱりとマイクを通して『ごめんなさい』宣言をされ、会場中に自分が振られたことが喧伝された。

 若者は、はやし立てて終わったが、出席したおばさん連中から縁起でも無いと、酷評を頂いた。



 結婚を機に俺たちは、広い部屋に引っ越し。新しいマンションへ。

 そこから、半年後。隣の2Kに淳が引っ越してきた。

 このマンション。角部屋は他よりも広くなっている。

 中部屋は、大体2Kで角は廊下の突き当たりが全部部屋。風通しもよくベランダも広い。ウオークインクローゼットまである。

 

 まあ町の中心に近く、割高だが。


 楽しかったよ。

 しばらくすると、淳は夜中に知り合いから頼まれて、バーとかラウンジのヘルプに呼ばれたり。

 会えないときが結構続く。


 ただまあ、真途花は様子を見に行っていたし、気にしてはいなかった。


 それから、二年くらいして。真途花が、会社でうまく行かないようで、妊活宣言をして、退社。専業主婦となった。

 俺は焦った。金が、稼がなければ。


 ただ、家事全般こなしてくれて、仕事に打ち込め、主任となり、さらに頑張る。


 そしてその日。

 プレゼン用にPCを会議室に持って行こうと、エレベーターのボタンを連打。

「あー急いでいるのに。よし階段だ」

 俺は、階段に出て二階くらいすぐ。そう思い駆け上がり、見事に滑って転び、PCを壊す。

「あーちくしょう」

 とりあえず、スタッフに聞くと、詳しい奴がSSDを取りだしUSBに変換してプレゼンデータを抜き出す。


 無事終了。

 だが、手首が痛い。

 休みを取って、病院へ行くと情けないことに左手の手首。医師が指し示す写真。橈骨(とうこつ)にヒビが写る。


「あーヒビですね。シーネ。当て木をして固定します。今晩辺り熱と痛みが出るかもしれません。お薬出しますから飲んでください」


「あーはい」

「右利きなら、左で良かったですね」

「そうですね」


 会社に連絡して、そのまま帰った。

 

「うん。居ないのか。隣か?」

 左手が疼くように痛い。

 鍵を見ると、淳の部屋の鍵が無い。


 水で薬を流し込み、スマホを見る。

 いや、ベランダだな。

 窓が開いてれば、声をかければ良い。

 それに、洗濯物を干しているかもしれない。


 そんなことを考え、窓を開ける。

 すると予想通り、声が聞こえる。


 内容は、予想と違ったが。


「んんっ。あっ。もう。また? 酔っ払いなのに元気ね」

「好きなのは、真途花の方だろ」

 そして、聞こえ始める水音に、何かを打ちつける様な音。

 聞き覚えのある、嬌声と吐息。


 うめきあう、声。


 俺は、気がつくと、非常用のボードを蹴り割っていた。


「どういう事だ? 俺はそんな世話まで聞いていないぞ」


 すぐ目の前、薄い網戸越しに繋がっている男女。

 俺を見て体を起こし、棒立ちになった真途花と、その胸に食い込んでいる、淳の両手。


「ごめんなさい。私が誘ったの」

「すまない俺が、我慢できずに」

 二人が、お互いをかばい合う。


「そうか。じゃまをした」

 そう言って、部屋に戻り。適当に荷物を詰めて、家を出る。



 その時、隣では。

 二人共へたり込んでいた。

「やっぱり俺は駄目だ」

 淳は二人が結婚後。何とか一人で頑張っていた。だが、伏実が居なくなり、隣から架達が居なくなって、さみしさを紛らわすため。一月もしないうちに夜の町へ出て飲み歩くようになる。


 夜明けに帰ってきて、そのままベッドに倒れ込む。


 やがて様子を見に来た、真途花。

 部屋に充満する酒の匂いと、ベッドに行き倒れている淳。

 シャツが、汚れているのを見つける。

 多分どこかで、嘔吐(おうと)したのだろう。


「あーこれは駄目ね」

 シャツを脱がし、ズボンも靴下も。


 そして、汚れたシーツを引っこ抜き、洗濯機へ放り込む。


 新しいシーツを出して敷き始める。

 じゃまな、淳を転がしながら。


 そこで、淳は気がつき、シーツを敷くため覆い被さっていた真途花を、抱きしめた。


 そこで、真途花が驚き、離れれば良いが、逆に抱きしめられた。

 真途花の頭には、淳の気持ちに応えられなかったことが、ずっと残っていた。

 そして、苦しんでいることも。

 無論。架との生活に不満も無い。

 一度くらいなら。そんな気持ちが出てしまった。

 それは友人としての気持ちか、母性本能か同情か分からない。

 でもその日、その選択をした。


 求めるなら相手をしよう。彼が淳が楽になるなら。


 結果、二人は一線を越え、淳は友人の妻に手を出した苦しみから、さらに追い込まれていく。

 だが、酒を飲み吐き続け、それに血が混ざっても、真途花をまた求める。


 淳と居る時間を取るため、仕事まで辞めた。

 架に嘘をつき、自身が仕事を辞めればどうなるかも分かっていた。

 だが苦しんでいる淳を見なければ、なんとかしなければ。

 その献身が、淳を追い込んでいることに。不幸なことに真途花は、気がつかなかった。


 そして、彼はそこに現れ、決定的な状態を見た。そして、二人が言い訳をした後。

 怒りの顔が、無表情になった。

 ストンと、顔がどこかに行ったのでは無いかと思えるくらい。

 そして、『そうか。じゃまをした』それだけ言って、静かに出ていった。


 真途花は、ふと思いつき裸のままベランダへ出る。

 そして、地表に架の体が無いことに安堵する。

 そのままぺたんと座り込み、梅雨の晴れ間にのぞかせた青空を眺める。


 淳は部屋の中で、ずっと蹲り泣いている。



 その後、安いアパートを借りて、仕事をした。

 必死で。

 何時しか、マンションの引き落としが無くなった事にも気がつかなかった。

 ある日。親父から、メールが来る。

 『淳君が亡くなった。おまえにすまなかったと言っていたと。手紙もあるが読める字じゃ無い。それと真途花さんからも手紙を預かっている。何があったかは知らんが、一度帰ってこい』


 そんな内容だった。


 週末に、墓参用の花を買い。家へと帰った。

 墓へ行く断りに、淳の家へ行くと、親父さんの土下座から始まった。

 話を聞いたらしい。


 真途花の手紙は、ただ、『ごめんなさい』の文字と、離婚届。

 ただ、便せんには、言い訳か望みか、長文が書かれた跡が写っている。それとも、今回の経緯かもしれないが、すべて破棄して、彼女はこの言葉を選んだのだろう。


 散歩がてら見に行くと、真途花の実家は売り家になっていた。

 あの日無くした何かが、実感となり涙があふれる。

 おもわずおれは、秋晴れの空を仰ぐ。

 


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 お読みくださり、ありがとうございました。 


 今回、最初っから最後まで、どっちを主人公にするかで悩みました。

 プロットね。

 バッド系の方が、ハッピーより、シチュエーションが厳しい感じですね。

 それと、頭の切り替えが出来ませんね。

 

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