第4話 開幕と閉幕

 くるくるしていた彼は、近くの公園を目的地と決めたようで、私を抱えたまま歩いて行く。

 多分、人通りはそこそこあり、目立っていただろう。


 ベンチに下ろされ、思わず彼にしがみつく。

「ちょっと、ハンカチを濡らしてくるだけだから」

 そう言って、優しく頭をなでてくれる。


 力が抜ける。やっと体の緊張と痙攣が抜け弛緩する。

「はうぅ」

 ゾクゾクがやってくる。

「あううぅ」

 きっとこのときの私は、赤い顔をしてすっごく怪しい人間だっただろう。


 ぴとっと、額に冷たい感覚が来る。

 左手で濡れたハンカチを私の額に当て、そして彼の右手にはペットボトル。

「水だが飲めるか?」

 そう聞かれて、こっくりと頷く。

 もらってコクコクと飲む。ああすごく染み渡る。


「何か持病でもあるのか?」

 そう聞いても、彼女は首を振るだけ。


「落ち着けば大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」

 あっ声が出た。


 平穏で優しい彼はそこまでで、彼の動きが止まる。


「まさかおまえ、キスだけでそんなになったのか?」

 そう言って、当てていてくれた、ハンカチが額から消える。


「えっ、何のこと?」

「しらばっくれてもだめだ。匂う。無駄だ」


「匂う? なっ、なにがですかぁ?」

 ああ言葉が、表情が保てない。


「女の匂い。もしかして、座ったからスカート濡れたんじゃないか? ちょっと立ってみろ」

 そっと立ち上がる。

 足のガクガクは、収まったようだ。


 彼が、私の腰を持って、くるっと回す。

「ああやっぱり。どんだけだよ。おまえ、ベンチ見てみろよ」

 回されたので、目の前にベンチが。白化した樹脂ベンチの天板が、そこだけ色が違う。

「あっ。嫌っ見ないで」

「いや、ベンチより問題はスカートだ。おまえ帰り、電車だろう?」

「あっ」

 そう言って、彼女の顔色が変わる。


「赤くなったり、青くなったり。仕方が無い。鞄を後ろ手に持っとけ送っていくよ」


 帰り道、自然な感じでなるべく、彼が後ろにいてくれて、遠回りになる私の家まで送ってくれた。

「都合の良いことに、親はまだ帰っていないようだな」

 明かりが点っていない、家を見上げる。


「そう。共稼ぎだから。家を、無理して建てたみたいね」

「じゃあ。親が帰ってくるまでに、洗濯をして証拠隠滅をしておけよ」

 ボンと音が出るレベルで、顔が赤くなっただろう。すごく顔が熱くなる。


 彼の手をつかみ、慌てて鍵を開け、玄関の中にまで引っ張り込む。

 自動ライトが点灯して照らされるが、彼にむちゅっとキスをして、また、攻撃を食らう。

 分かっていたのに、私の馬鹿。


 性格が悪いことに、彼の手が背中から腰へ、そして腰の上から下に降りる際、お尻の割れ目をなでていく。

 そして、スカートの中へ手を潜り込ませながら手を前へ回し、私の敏感なところへ、全体的に指で圧力をかけ、そのまま、なで上げる。

 キスをされていて声が出せなかったけれど、それは結果的によかった。


 口が勝手に開き、パクパクしながら腰が抜けて、立ち上がれなくなった私を、ゆっくりと座らせる。そして彼は、にやっと笑いながら、

「おやすみ」

 そう言って、手をぴらぴらさせながら、玄関ドアを開いて出て行く。


 私は立ち上がれるようになると、すぐに、制服や下着を洗濯機に放り込み、回している間に検索をする。

 私の、体。


 あの反応は一体何?

『体の相性が良い』『精神的なもの』

 その二つくらい。

 そのほかの答えは、精神的に拒否した。

 好き者って何よ。


「他の人では、あんなにならないもん」




「よう。遅いお帰りだな」

「優斗。おひさ。お出迎え? 心配しなくても大丈夫だよ」

 努めて普通。変わらない受け答え。


「そうだろうな。俺もそうだが、男ならそんな匂いを巻き散らかしている女は嫌だ」

「何それ?」

 眉間にしわが寄る。なんだ、気がついていないのか?


「何もそれも、吐息まで匂うぞ。どんだけくわえ込んだんだ。野球部全員か?」


 俺がそう言うと、持っていたスマホを愛結が落とす。


 そのまま、愛結に動きが無いから、スマホを拾い上げ、画像を見る。

「一人で5人。もう一人のマネージャーが4人。補欠は補欠で順番待ちか。まあおまえエッチ好きだからな。相手が変われば、絶え間ない快楽か。前も後ろも口も。それに両手。手の奴はかわいそうだな」


 そう言って画像を遡ると、去年の5月。ゴールデンウィーク前。ここは、まだいやがっていそうだが、すぐに性欲全開。ここは、どこかの会員制クラブか。


 一瞬むかついてスマホを壊そうかと思ったが、こいつが消していないなら大事な情報なんだろう。

 ロックボタンで画面だけを消灯して、固まっている愛結に渡す。


「付き合ったのは、実質何年だ? よくわからんが、まあ楽しかったよ。今までありがとうな」

 そう言って、おれは、きびすを返し家に向けて歩き出す。



 帰り道、自分のスマホから、愛結の名前登録。写真を全削除。

 当然歩きスマホで、電信柱に思いっきり抱きつきひっくり返る。

 世間では、ぶつかったと言う。


「ああ。痛え」

 痛えだろ。畜生。

 そう言って、電信柱をぶん殴る。


「ぐっあっつっ」

 ああ畜生。拳が折れた。

 痛え。

 ゴンと、額を電子柱に当てて、少し頭を冷やす。


 下を見ると、さっき落としたスマホ。

 待ち受け画面で、まだ愛結が笑っていやがった。

 この画面は、俺を見ているが、さっきの写真は完全に俺のことなど見ていなかった。

「くそったれ」

 いつの間にか、泣いていたのか、画面に涙の滴が落ちる。


 座り込んでスマホを拾い、画面を操作する。

 画像を選び、ホーム画面を愛する素子さんに変える。

 当然、アニメ版2○d G○G辺り。

 さげすむような目。ゾクゾクする。


「ああなんだか、バ○ーのやるせなさが、今なら理解できる。帰って見よ。おもり抱えてダイビングもいいなあ。いやあれは浮きだったか。重りじゃ自殺だな。いや、ちょうど良いか」

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