第3話 変化と必然

 ええ、そう。

 私は1年の。いえ。

 その前から、あなたを知っているし、あなたを見ていた。


 高校の試験日。

 誰かに突き飛ばされ、転びそうになった。

 その時ふっと手が出て、転びそうな私を支えてくれた。

 中学校の時から、目立っていた私に、皆は一歩引いた感じで接して来ていた。

 私はニコッと微笑み、お礼を言うつもりで準備をした。


 それなのに、あなたは私が転がらなかったことを良しとして、私には一瞥もせず。

 礼すら言わせず、さっさと行ってしまった。

 まるで私など、眼中にない。

 路傍の石のような扱い。


 そして、その時。

 彼の横には、私をさげすむような眼が、こちらに向いていた。

 そして、彼の視線は、その彼女にだけ向いていた。


 なんなのあれ?


 その後幾度も、彼との接点はあった。

 言葉も交わした。

 でも、全く興味は私へ向いてこない。


 その後、2年になり。

 彼がぽつんと教室にいる事が多くなった。


 幾度もタイミングを合わせ、彼に近付くが、話をしてもその時だけ。

 相変わらず、彼の興味は私に向いてこない。


 もう、その時。


 いえ。今現在、私は完全にむきになり、興味を向けてくれない彼を、振り向かせるために一所懸命になっていた。

 それは、クラスの中でほぼ周知となっていたのに、彼だけが、気が付かない。

 そのほかの人に、どれだけ褒められようとも、私の心は満たされず。

 落ち込む日々。


 ああっ。かれ。

 あの人に、こっちを向いてもらえれば、それだけで私は幸せ。

 この無駄とも言える努力を、やめることなど考えられない。


 この1年と数か月、今日を待ち望んでいた。

 彼に声をかけられ、名前は知っていたみたい。うれしい。

 ほっぺまで、触れてもらった。

 それだけで、私の心臓は高まり、ほっぺをつままれたときには、お尻から頭のてっぺんにまで電気が流れ、腰が砕け思わず膝をつきそうになった。


 彼の笑顔、彼の言葉。すべてが私を魅了する。


「あっ待って」

 彼の隣。並んで歩く。


 欲が出る。手をつなぎたい。

 あっ。部室の横を通る。チャンスだわ。


 精神を集中する。

 彼は、グランドに誰も居ないのを気にしている様子。


 まだ日が落ちるには早い。

 サッカー部はまだ走り回っている。


 私は、彼の手を取り

「ねえ何か聞こえない?」

 それだけを、彼に伝える。


「うん? そうか? ……」

 素っ気なくそう答えるけれど、彼の目付きが険しくなり、私をどけて一歩部室に向いて踏み出す。


 なぜか、その時。周りの空気が、凍り付いたように思える。

 私の耳にも、さっきまでの部活の声。

 周りの蝉の声。

 すべてが聞こえなくなった。


 ただ目の前の、彼の表情。そして雰囲気が、それを引き起こしている。

 怖い、怖い、怖い。少しでも動けば、私は殴られる?


 それが、急に弛緩して、やっと呼吸ができるようになる。

「あーそうか」

 彼はただそう言って、私の手をつかむと、握ったまま歩き始める。

 手握って……。

 手がやはり大きい。


 それを感じ、彼の体をまじまじと見る。

 部活もしていないのに、引き締まった感じ。

 細くはないのね。

 夏服のワイシャツ。

 彼の筋肉が、かなりあることが、服の上からでも分かる。

 私より、目線で10cm以上は高い。

 もっと? 180cm近いのかしら?


 こうやって歩いていても、無意識だろうか、速度を合わせてくれる。

 学校から出ても、車道側へスムーズに移動。

 手が離れたときには、あっと思い悲しくなったが、いつの間にか私の鞄を持って彼が車道側へ。そのまま手をつないでくれる。


 歩道橋では、彼が一段下がり、手が腰の後ろへ。

 距離が近い。

 さっきから私の、体がおかしい。

 エッチなことをされているのではない、それなのに。

 そう、教室でほっぺを引っ張られたとき。

 あのときから、多分軽いものだが幾度も絶頂をしている。


 昔何かで読んだ記憶がある。

 女は、位牌を抱いただけで絶頂できると。

 私は、そうか……。


 この人が気になるのは、自身でも異常だと思っていたけれど、あのときから私は、この人のことを好きに。一目惚れしていたんだわ。

「そうかぁ。私は好きだったんだ」

 思わず口をついて出た言葉が、ストンと私の胸に納まる。


 歩道橋の上へ到着間際。

 手はつないだまま、先に一歩踏み出して、彼と目線を合わせる。

「私、あなたが好きです」

 そう言って、目線がそろった彼にキスをする。


 ええ。そこまではよかった。

 私主導の、軽いキス。

 でも、彼の手が私の腰へ。そして、舌が入ってきた途端。

 私の下半身は、力を。立つことを放棄した。


 夕暮れとはいえ、歩道橋の上で…… 彼からのキスで、本気でいってしまった……。


 信じられない。

 立とうと思っても、膝に力は入らず、ガクガクとなる私の体。

「あう。あう」

 言葉も出ない。


「どうした? 何か発作でもあるのか。薬でも必要なら教えろ。飲ませてやる」

 そう言って彼は、私をお姫様抱っこをして、周辺を見ているようだ。

 くるくると、回る感じが気持ちいい。


 声が出るなら、盛大にあーっはっはと笑いたい。そんな衝動が出てくる。


 だが、実際に彼が見ている私は、ぐったりとして、時折ぷるぷる震えている。

 そうよ。繰り返される余震のように、いくのが止まらないの。

 発作だと思われても、仕方が無いと思う。

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