予習と復習は大事です。義弟とともに乙女ゲームの傾向と対策を考えてみました。
(1)
私――――――
前田愛梨は、どハマリしていた乙女ゲーム“甘くも危険な恋と魔法のレッスン”の世界に転生した。
それも、どのルートへ進もうとも死亡必至の美人薄命を地でいってるキャラである悪役令嬢アイリス・フローレス公爵令嬢にだ。まぁ、悪役令嬢でありながら、憎まれっ子世に憚ることがないという点においては、ある意味ヒロインや周りのキャラにしてみれば、非常に救いのある有り難いキャラ?かもしれないけれど(必要以上に虐められない分)、多種多様な殺され方をする御本人様の私にしてみれば一切救いのないキャラとなっている。
その証拠というか、何というか、前世の記憶を取り戻した時、私は絶賛毒を盛られていた。
今から思えばこれがショック療法となって覚醒したのだろう。
しかし、その目覚めは言うまでもなく最悪で、大混乱と身体の麻痺という稀に見る最低な覚醒となった。
ちなみに盛られた毒は、乙女ゲームのヒロインであるカレンの癒やしのギフト覚醒により無事浄化され、そのおかげで私は一命を取り留めたのだけれど(乙女ゲームのシナリオ通り)、片や前世の記憶、片や癒やしのギフト、同じ場面でこれだけ内容も種類も違う覚醒をするなんて、まさに異世界の摩訶不思議。なんでもござれ……ってなもんである。
とはいえここで、念願叶っての大団円トゥルーエンドめでたしめでたし――――とは、ならないわけで、むしろただのプロローグ。乙女ゲーム開始のゴングが高らかに鳴り響いただけだった。
とどのつまり、乙女ゲームの本番はまさにこれからということで――――――
「というわけだから、改めて姉さんの死亡回避をするべく“悪役令嬢アイリスルート”に向けての作戦会議兼、犯人の洗い出しを始めようか」
それはもう笑顔でありながら明らかな企み顔で、何なら魔王降臨も斯くやと言わんばかりの顔で、私の前世の義弟である前田蓮こと、今世では乙女ゲームのヒロインであるカレン…………さらに付け加えるならば、実際の性別は紛うことなき男性である、本名はレインがそう宣わった。
「よ、よろしくお願いいたします?」
思わず疑問形になったのも、顔が若干引き攣ってしまったのも、このややこしさの前では致し方ないと思う。
何処の世に、乙女ゲームのヒロインを正真正銘の男に割り振る馬鹿がいるだろうか。というか、うっかりでは到底済まされないほどのミスキャストである。しかも、それを取り繕うべく発揮されたゲームの強制力のせいで、中身は十七歳男子でありながら、見た目は可憐で愛らしい男爵令嬢カレンとしてちゃっかり乙女ゲームへの参加を余儀なくされているのだから、ほんとゲームの強制力って恐ろしい。
とはいえ、こんな荒唐無稽な展開を作り出してしまったのは、何もこの世界の神様でも、この乙女ゲームの開発者たちでもない。
彼らにもそれくらいの常識はある。多分。というか、切にそう願いたい。
なら、どうしてこうなったかというと、乙女ゲームなど露ほども知らない第三者が介入してしまったからだ。
といっても、悪意からではなく、トラックに跳ねられそうだったところを身を挺して助けた私に対しての感謝の気持ちという純度100%の真っ当な善意だけで。
おかげで、怒るに怒れず(いや、巻き込まれ事故となった蓮はめちゃくちゃ怒っていたけれど)、頭を抱えながらも許容するしかなかった――――――というのがまるで夢のような、冗談のような悲しき現実だ。
しかしながら、その御本人様の存在はたとえここが何でもありの異世界であろうと、非常にふざけているとしか言いようがなく――――――
「うん、ボクもアイリが殺されんようにめちゃくちゃ協力するでぇ〜」
「シエル!今はなんちゃってレッサーパンダじゃなく、カレンの姿なんだから、そのフザケた物言いしかできない口をしっかり閉じとけ!」
「なんでやねん!ってか、なんちゃってちゃうわ!それよりボクも作戦会議に参加させてぇな」
「だからカレンの姿でその口調はやめろ」
「んな、殺生なぁ〜…………」
そう、この上方方面丸出しのコテコテの口調で話す彼…………というか、今は彼女?こと、シエルこそが、私と蓮をこの世界に転生させた元凶であり張本人。
その正体は本人曰く、“時”の神の使い魔――――――らしい。
ただこれまた本人曰く、実際の姿はそれはもう荘厳で美しすぎて目に毒なため、周りに気をつかって適当に変じていそうで、普段はどの角度から見ようとも、どんなに寛容な気持ちで持って受け止めようとも、残念無念なタヌキにしか見えない自称レッサーパンダとなっている。
まぁモフモフ至上主義の私にとってはとても可愛い生き物には見えるため、なんちゃってだろうが別にいいのだけれど。
しかしだ。今は訳あって乙女ゲームのヒロイン、カレンの姿となっており、こちらの変身自体はなかなか堂に入って、誰の目から見ても愛らしいカレンそのものとなっている。
うん、そこはいい。というか、予想外にいい。むしろレッサーパンダの出来が何故あぁなるのか、謎が謎を呼ぶほどの素晴らしさだ。
にもかかわらず、払い切れない残念感が漂うのは、如何せん口調が
それはもう、乙女ゲームにおけるヒロインであるカレンの印象を根底から覆す勢いで。
もちろん下降修正一択である。
「まったく…………人間の姿に変じるの
そう零しながら頭を抱える蓮は、今も本来の姿であるレインのままである。
普通なら蓮がカレンの姿に戻るところなのだけれど(らしいのだけれど)、この乙女ゲームにおけるメイン攻略対象者であるエリック王太子が、一度カレン(蓮)から部屋を追い出されたことにもめげず、現時点で一応婚約者である私のことがやっぱり心配だと突然戻ってきたために、咄嗟にシエルがカレンに変じた――――――というのが、今のこの状況だ。
呪文を唱えなくていい分、数秒程蓮よりもシエルの方が化ける…………もとい変じるのが速いのだとか。
そして、これもまたその時に知った新事実なのだけれど、どうやらレインの姿である蓮は私の専属護衛騎士であるらしい。
そんなことになった経緯は、カレンとなって生きることになった後も、レインの存在を残すため、そして何より将来アイリスを自分の手で守るために、元騎士たちで編成されている街の自衛団に幼い身で飛び込み、騎士としての技術を磨きに磨いた――――のだとか。
シエル曰く――――――――
『自衛団の団長にお前にはまだ早いって何度断られても諦めへんわ、自衛団に通うためにボクにカレン役を押し付けるわ、しまいにはアイリスの親衛隊隊長になったことをいいことに、公爵…………あぁ、アイリスの親父さんやな…………の信頼を勝ち取って、レインをアイリスの護衛騎士に売り込むわ、そりゃ暗躍しまくりやってんでぇ』
――――――ということらしい。
そこは暗躍ではなく、せめて私を守るために尽力していたといってあげてほしい。多少…………いや、かなりの確率で、人様には口が割けても言えないような暗躍をしてしたとしてもだ。
でもそのおかげで、エリック王太子が部屋に来た時も、『カレン嬢…………と、護衛騎士殿もいたのか』と、レインがいることに何の疑問も持たず、あっさりと受け流されていた。
ただ、レインを見る目も、その声も妙にやたらとに鋭かった気がするのだけど。
何なら部屋の温度が、氷河期並みにだだ下がり、レインの機嫌もそれに伴い急転直下で地に落ちたような気がするのだけれど。
気のせい……ではないわよね。
っていうか、一体何なの!
めちゃくちゃ怖いんですけど!
いっその事まだ毒で朦朧としていたほうが、よっぽど気が楽なんですけど!
まぁ、この世界の人間関係について、依然としてアイリスの記憶が一向に戻ってこない私にとってはわかりようもない。
乙女ゲームでの関係性は、どうやら蓮たちのせいで(主に親衛隊なるもののせいで)尽く崩れ去っているようだし、そもそもレインなんてキャラはゲーム上にいなかったわけだし、新たな関係性が生まれていたとしても何ら不思議でも何でもない。
それでも、目のいい者ならばドス黒いモヤッとしたモノが、本気で見えるのではないかと思えてしまうくらいの険悪さが滲み出ているこの空気感だけは、なんとも頂けない気がする。いやもう、そのまま裸足で逃げ出したくなるレベルだ。
でも…………と前世の記憶を遡りつつ、納得と同時に苦笑が漏れた。
蓮は、前世でも極度の人見知りだった。
私以外の人間は全員敵だと言わんばかりの徹底した人間不信ぶりで、友人と呼べる者も作らず、誰一人として寄せ付けようとはしなかった。
つまりはこの世界においてもそういうことなのだろうと、一人察する。
しかも放り出された異世界で、悪役令嬢である未覚醒な私のことを守らなければと常に気を張り詰め、必死だったのならば尚更のことだ。
ただ相手は、この国の王太子殿下。下手したら不敬罪で処罰だって大いにあり得るこの国のナンバー2。
そんな相手に、たとえ向こうの態度がどうであれ、このブリザードはない。
親友兼親衛隊隊長のカレンだった時の態度も随分豪胆で、慇懃無礼に片足を突っ込んでいたような気がするけれど、今は私の護衛騎士として立場を弁えているのか、無言でブリザードを発生させている。
ほんと寒い!凍え死にそうなくらいに寒い!
シエル版カレンは、ドン引きしながら顔を引き攣らせているけれど、口を開いたら残念無念な仕様となっているため、この場では何の役にも立たない。せめてなんちゃってレッサーパンダの姿なら、暖と癒しは確保できたのに……ほんと残念無念だ。
荒れ狂うブリザードの中、心配そうに私の顔を覗き込んでくるエリック王太子。
心配してくださる気持ちはとても有り難いのだけれど、後ろの義弟こと護衛騎士の尋常ならざる殺気のせいで、こちとら生きた心地がまるでしない。
毒から生還したというのに、このままでは凍死へ向かって一直線だ。
『アイリス、顔色がまだよくないが、やはり医者を呼ぶか?』
なんてことを形のいい眉を下げて仰ってくださるけれど、王太子殿下……今の顔色の悪さの原因は間違いなく貴方です――――と、言えるものなら言ってしまいたい。
というか、もしかして全ルート死亡確定のアイリスにとって、これもまた乱立する死亡フラグの一つなのかしら?………と、真剣に思う。
この場合犯人は王太子と専属護衛騎士の共犯となるわね……などと、軽い現実逃避付きで。
けれどこんなところで呆気なく凍死しているわけにはいかないため、エリック王太子には『医者とか必要ないから!ただただ今は貴方の存在が邪魔なんです!凍死寸前なんです!』という旨を最大限オブラートに包み込んで丁重にお伝えし、早々にお帰り願った。
不敬罪一歩手前の追い出し加減だったことは否めないけれど、うん、あれはギリギリセーフだったと思う。
ちなみに、私のいるこの部屋はなんと学園の寮にあるアイリスの私室だという。
そして覚醒した直後に並んでいた執事やらメイドたちは学園寮専属の執事とメイドたちで、前世でいうところの寮の管理人とそのスタッフといったところらしい。
もちろん公爵令嬢であるアイリスには、公爵家から連れてきた専属侍女もいるのだけれど、彼女は今公爵家へ使いに出されていて不在となっている。
理由は言わずもがな、覚醒直後の私が変なことを口走る恐れがあったことと、このような説明時間を設ける必要があったため――――の処置らしい。
ほんと、我が義弟ながら抜かりがない。
そして快適な寮生活を送るために、普段はシエルがレインに変じ、
――――で、話は戻る。
「ったく、こいつがもっとまともに話すことができれば、完全にカレン役を押し付けることができるっていうのに…………それができないせいで、俺はいつまでたっても二足のわらじ状態だよ」
恨みがましさ全開でそうボヤく蓮に、シエルは口を尖らせてそっぽを向いた。
本人も多少思うところはあるらしい。しかし………………
「仕方ないやろ!この口調でしか話されへんねんから!でもな、レインからの数年にも及ぶ血反吐を吐く猛特訓で『まぁ、そうですの?』『その通りですわ』『申し訳ございません』『では、ごきげんよう』の四つだけはちゃんと使えるようになってんで。そこだけは褒めてぇな」
いやいやいや、数年に及ぶ血反吐を吐く猛特訓を受けてその四つしか使えないなんて、褒めるどころかむしろ嘆くところだ。
でもまぁ、その成果はどうであれ努力したことに変わりはないのだからと思い、「シエル……頑張ったんだね」と、気を取り直して告げてみれば、シエルことカレンからは満面な笑みが返され、蓮ことレインからは「姉さんは本当に甘すぎ!だいたいね、いつもいつも……」と倍返しの説教を頂戴する羽目になってしまった。
何故、私が怒られる?
まったくもって解せぬ。
しかしだ。
今は呑気にお説教を聞いている場合ではない。
もちろん、聞くのが嫌とかそういうことじゃなく、いや、多少……いやかなり?それもあるのだけれど、今は物理的時間がリアルにない。
なんせ、乙女ゲーム開始のゴングは鳴ってしまったのだから。
そう、今すべきことは、蓮の提案通り悪役令嬢死亡回避に向けた作戦会議兼、今回の毒殺未遂事件における犯人の洗い出しだ。
そして、どんなモノだって予習復習は肝心。前に進む上で傾向と対策を練っておくことは、それこそ転ばぬ先の杖となる。
てなわけで、私は馬鹿高い天井に向かって真っすぐ右手を上げた。
所謂、挙手。
公爵令嬢としての嗜みに絶対含まれない行為だけれど、容赦なく蓮の口を止め、発言を求めるには最も有効な手段だ。
案の定、怪訝な表情で押し黙った蓮に、私はニッコリと微笑んでから、ここぞとばかりに告げる。
「この乙女ゲームの傾向と対策として、先ず本件ゲームメイン攻略対象者、エリック王太子ルートにおけるプロローグ――――毒殺未遂事件の概要について説明するわ。
そうこの時、悪役令嬢アイリスに毒を盛ったのは――――――――」
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