(14)
それは聞けば聞くほど、私の予想を遥かに超えた話だった。
一言で言い表すなら――――――“最悪”だ。
どうもこうもない。
ここが乙女ゲーム――“甘くも危険な恋と魔法のレッスン”の世界で、義姉である私が悪役令嬢として最終的に断罪となってしまうというのならば、アイリスを悪役令嬢でなくしてしまえばいい――――――と、蓮は単純にもそう考えたらしい。
そしてゲームの強制力により、八歳で男爵令嬢、カレン・ダイアーとなった蓮は、驚くべき行動力で早速作戦を開始した(ちなみに中身は十七歳。どこぞのアニメ風に言うなら、見た目は可憐な少女、中身は十七歳男子………ってとこか)。
まずは作戦の第1段階として、すでにその頃から王太子の婚約者であった私、アイリスに少しでも近づくために、蓮は義父ダイアー男爵に裏から手を回してもらい、アイリスが参加する催事には必ず出席するようにした。もちろんダイアー男爵には、私を通じて王太子の覚えめでたくなるためだと告げて…………
ちなみに王太子はアイリスやカレンより二歳年上で、その頃からご令嬢たちの人気は凄まじく、とにかくやたらキラキラしていたらしい。それはもう目の保養ではなく、逆に目がやられてしまう勢いで(蓮談)。
「冗談を抜きにして、こんな風に口で言うのは簡単だけどさ、本当に大変だったんだよ。無駄にキラキラな目に痛いだけの王太子はどうでもいいとして、俺は一刻も早く姉さんに近づきたかった。たとえ姉さんの意識が覚醒されていなくともね。でもさ、公爵令嬢と男爵令嬢の間には、目には見えない切り立った断崖絶壁があるわけだよ。片や姉さんは絶世の美少女である公爵令嬢、片や俺は確かに可憐ではあるけれど所詮貴族の末端、男爵令嬢だからね。ちょっとやそっとじゃお近づきにもなれない。だからさ、何もないのに目の前で転んでみたり、手作りのクッキーを焼いて渡してみたり、男爵家の庭でわざわざ育てたアイリスを届けてみたり、う〜ん……今に思えばちょっとしたストーカーみたいな?」
「……………蓮が……クッキー………」
微妙に顔が引き攣っていたらしく、蓮からすかさず睨まれる。
「らしくないことは、自分でもわかってるよ!でもそこはカレンの姿だから、問題ないんだよ!見た目的にはね!」
『そうやで。見た目的はな~んの問題なかったで!その中身は大有りやったけどな。あと補足すると、クッキーの出来も難ありっていうか…………』
「シ、シエル!余計なことを言うな!あのクッキーの出来もまた、作戦の一部だったんだよ!」
果たして、失敗作のクッキーがどのように作戦に絡んでくるのかわからないけれど、こうした捨て身の努力の甲斐あって、蓮はめでたくアイリスの親友兼信奉者となると、他の令嬢、令息などを抱き込む形で、アイリス・フローレス公爵令嬢を愛でる親衛隊なるものを結成したそうだ。
我が義弟ながら、凄まじい行動力である。というか、前世では欠片もなかった行動力である。
そしてその理由について、蓮曰く――――――――
「こういうのって周りの評判ってやつが一番大事だろ?特に貴族の世界は噂話がつきものなんだからさ。だからこそ“アイリス・フローレス公爵令嬢は、数多の令嬢、令息が慕われるような素晴らしいご令嬢である”という評価を世間に植え付けてしまえば、姉さんはそれを裏切らないように努力するしかない。つまり悪役なんかになっている暇はないってことだよ。ついでに言うと、もしまかり間違って断罪ってことになったとしても、温情とかも働いて処刑だけは免れれば、と思ってね。ほら、人間はなんだかんだ言って情の生き物だからさ…………」
――――――――ということらしい。
うん、我が義弟ながら、短絡的で、恐ろしいまでの策士である………………ま、これについては、前世でもその片鱗は見せていたような気がするけれど。
しかし、私はすぐさまそれに反論を入れた。何故ならその作戦はあまりにも紙一重に思えたからだ。
「いえ、ちょっと待って。親衛隊だのなんだのってそこまで周りに担がれてしまえば、逆に傲慢で、鼻持ちならない性格になる可能性だって十分にあるんじゃないの?というかその可能性の方がずっと高いはずよ。所々でゲームの強制力が働いているのなら尚更………………」
けれど、蓮とシエルは「『それはない(で)!』」ときっぱりと断言した。
「俺もゲームの強制力を受けて、カレン・ダイアー男爵令嬢なんかになっちゃってるけどさ、ゲームの進行上、どうしても必要なキャラ、もしくはピースとして強制的にカレンを演じなければならなくなっているだけで、その性格や行動まではゲームの設定通りに改変されることはないらしい。中身がどうだろうが、どんな破天荒なことをやらかそうが、キャラとして存在していれば問題ないってことなんだよ」
『蓮の言う通りやで。ちなみにその性格なんやけどな、前世の意識の影響を強く受け継ぐことになるんや。つまり、アイリスは生まれた時から、その性格は前世のアイリに似るっちゅうことや。たとえアイリとしての意識の覚醒がまだでもな。だから、アイリが心配するように、アイリスが調子にのって傲慢になることはまずないで。現に今のアイリスも、アイリそっくりの、世間知らずのポケ~ッとした、上に超が付くくらいのお人好しで、ひたすらどんくさ〜いご令嬢になっとるしな』
何それ……………………
「そのせいで、まったくもって面白くないことに、婚約者の王太子が姉さんを嫌うどころか、溺愛しちゃってるんだよ。それに関しては、さっきの王太子の態度で十分わかるだろ?しかもさ、その容姿と、おおらかで人畜無害どころか超絶お人好しの、のほほ〜んとした性格という、まるで天使もかくやの姉さんにみんな心酔して、今や親衛隊の数は膨れ上がる一方なんだよ。それなのに、可愛いドジまでやらかして皆の前で恥ずかしそうにはにかんだりするから、庇護欲までバンバン擽っちゃって、今や親衛隊メンバーは老若男女問わずだ。そのせいで俺は、学業よりも親衛隊業務に追われる日々なんだから」
ほんと何それ…………………
悪役令嬢からすっかりかけ離れた存在になってしまっている上に、蓮からも、シエルからも全然褒められている気がしないんですけど?
っていうか、世間知らずのポケ~ッとしただの、のほほ〜んとしただの、それ、聞きようによっては立派な悪口ですよね?
しかも王太子から溺愛されてる悪役令嬢とか、それはもうファンタジーの世界だから。というより、昨今のライトノベルにおけるあるある設定だから。
いや、今まさに現在進行形でファンタジーなことに絶賛なっているのだけれど、親衛隊って言葉が微妙にファンタジー感を打ち消しているような気がするのは、私の気のせいだろうか。
だいたい蓮が親衛隊業務とやらで忙しいのは……………………
「それって身から出た錆…………ってやつじゃ…………」
そう至極ご尤もなことを呟けば、私の意図するところを正確に読み取った蓮がじとりと睨んできた。
「俺がこんなにも忙しいのは、全部姉さんが無自覚に周りの人間を惹きつけてくるからだからね!確かに最初に親衛隊を作って、アイリスを悪役令嬢ではなくしてしまおうとは思ったけど、予想を遥かに超えていたというか、そもそも中身が姉さんの時点で悪役令嬢になりようがないってことを失念してたっていうか、無意味にライバルだけを増やしてしまったというか…………あぁもう、ほんとに最悪だよッ!」
いやいやいや、最後のその台詞は完全に私の台詞だから。それにライバルって……そこは同じものを愛でる親衛隊なんだから仲良くしましょう。
感謝すべきだとはわかっているけれど、やはりこれはいくら私のためとはいえ、はっきり言ってやり過ぎである。
元々の乙女ゲームの世界観がまるでない。
にもかかわらず……………………
「それでも姉さんは、しっかりと毒を盛られた。それも乙女ゲーム通りの展開でだ。まったくこれだけ俺が色々とぶっ壊してきたというのに………でも、これでわかったよ。まさしく乙女ゲームは進行中ってことがね。あぁ…………まじで最悪だよ」
蓮はガックリ項垂れて、小さく首を横に振った。しかし、すぐ意を決したかのように顔を上げると、不敵な笑みを湛えた。
「上等だ。この世界が、この世界の人間が姉さんを殺そうとするのなら、片っ端からぶっ壊してやるだけだ。必ずこの俺が突き止めてやるよ。姉さんに毒を盛った真犯人をね。そして、アイリスルートを攻略して、姉さんの死を絶対に回避してやる」
「蓮………………」
頼りになる義弟を、私は眩しいものを見るかのように見つめた。
もちろん、色々と物申したいことはあるけれど(親衛隊のこととか、親衛隊のこととか、主に親衛隊のこととか)、ゲームの内容を知らないながらも、蓮が私のために必死に動いてくれた結果である以上、この状況も甘んじて受け入れるしかない。
というか、そもそも今頃ようやく覚醒した私に文句を言う資格があるわけもない。
感謝こそすれ……だ。
そんなことを思いつつ蓮に笑みを返せば、その蓮からは極上の笑顔で、とんでもない宣言が放たれた。
「だから、覚悟しておいてね、姉さん。全力で姉さんを攻略するから」
「へっ?」
思わず私の口から漏れ出た素っ頓狂な声。
もちろん蓮の言っていることに間違いはない。
なのに、やっぱり蓮が口にすると何かが違うような気がしてしまう。
「うわぁぁぁ~アイリ、お気の毒さまやで」
などと、まさかのドン引き顔のシエルから同情を寄せられれば、尚のことだ。
そのため、私も何が正解かわからないままに、改めて口を開く。
「あの…………えっと……お手柔らかにお願いします?」
最後が疑問形となってしまったのは、まだまだ混乱中ということで許して欲しい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、蓮はただただ嬉しそうに破顔した。
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