(12)
「れ、蓮、とにかく落ち着いて。シエルも悪気があったわけじゃないんだから…………」
「アイリの言う通りやで!悪気なんてもん、あるわけないやろ!アイリはボクの恩人なんやし!」
「その恩人に死亡確定の世界をサプライズでプレゼントするとは、なかなかの悪趣味だな、おい」
「いやいやいや、今死亡確定ルートまっしぐらなんは、アイリやのうてボクやから!」
「よし!今すぐ確定を完了にしてやろう」
「れれれれれれ蓮!ストップストップストォォォォォ〜〜〜〜〜〜ップッ!!」
今にもシエルの首を締めてしまいそうな(いや、すでに締めてる)蓮からなんとかシエルを強引に引き離し、ぷるぷると震えるシエルを私の背中に庇った。
チッと、蓮の舌打ちが聞こえたけれど、ここは動物愛護の精神を全面に押し出し、懸命に首を横に振ることで蓮を押し止める。
そんな私に仕方がないなぁとばかりに蓮が肩を竦め、どうにかシエルの明日は無事確保できたらしいと息を吐いた。
まぁそれも、現時点では……となるのだけれど……
その証拠に蓮が悪態をつく。
「…………ったく、姉さんは相変わらず甘いんだから。こんな奴、煮ても焼いてもただただ不細工で不味いタヌキなだけなのに……」
「タヌキちゃうわッ⁉」
虎の威を借る狐…………もとい、私の情けに縋る自称レッサーパンダ状態で思わず突っ込みを入れたシエルを、蓮が冷ややかに睨みつける。
その視線に、ようやく口は災いの元だと悟ったシエルが丸い両手で口を塞いだ。
うん、なかなかに器用だ。
そんなシエルにうんざりしたように項垂れた蓮は、それはそれは重くて深いため息を目一杯吐いてから、気を取り直したかのように顔を上げた。
そして改めて口を開く。
「まぁ……そいつの処分は後から考えることにして、取り敢えず話を戻そうか。悪役令嬢が全ルート死亡確定っていうのは本当なの?それは断罪されたことによる処刑とか?」
私はその問いに首を横に振った。
「いいえ、違うわ。この“甘くも危険な恋と魔法のレッスン”は、一応乙女ゲームのジャンルに入ってはいるけれど、メインは謎解きなのよ。学園内で次々と起こる怪事件を攻略対象者と一緒に解いて恋を育んでいくのが大きな流れね。もちろん選択するルートによって事件の内容も、犯人も変わってくるから…………だからさっき、蓮にどのルートを選択したのかって聞いたのよ」
蓮は私の言葉に「なるほどね……」と呟いてから、その先を促すようにじっと私を見つめた。
私からまだ肝心の答えが聞けていないからだ。
その蓮からの無言の催促という名の圧力を受けて、やっぱりそう簡単には流されてはくれないわよねぇ……と思いつつ、再び口を開いた。
「これだけは全ルート一貫していることなんだけど、色々な怪事件が起こって、色んな人が怪我をしたり、襲われたり、毒を盛られたりするわ。今回の私の服毒こそがその事件の始まりであり、ゲームでいうところの共通のオープニングね。けれど、最終的に死んでしまうのはどのルートでも唯一人。最初で最後の犠牲者と言われる、悪役令嬢――――――アイリス・フローレス公爵令嬢だけよ」
「なっ…………」
絶句する蓮とシエルを尻目に、こうなったら一気に言ってしまおうと、私は口早に続ける。
「そう、アイリスだけがこのゲームで唯一謎の死を遂げてしまうのよ。そしてそれは、
と、前世の記憶を引っ張り出しつつ、できるだけ軽い口調でゲームの概要を告げていたものの、私の口は話の途中ではたと止まった。
ちょっと待てよ………………と。
今、この世界における悪役令嬢、アイリス・フローレスは私で、殺されるのは仕方ないとしても(仕方なくない)、この私が“世界で最も美しい死”と称されることになるの?……………と。
いやいやいやいやいや、ないから!それッ!
私はすっかり顔面蒼白となって言葉すら失ってしまったらしい蓮に向かって、今まで以上に全力で物申す。
「蓮!無理よ無理!この乙女ゲームはヒロインの中身が男の子ってこと以上に、既に破綻していることがあるわ!だって、そうでしょう⁉この私が“世界で最も美しい死”なんかできるはずないもの!!」
「いや、できるもできないも、問題はそこじゃないから」
「いいえ!大問題よ!」
「いや、だから……ちょっと姉さん落ち着こうか」
どうどうどうといなしてくる蓮に、私は無理無理無理ぃ〜と半泣きになりながら必死に訴える。
しかし、ここでまたもやちょっと待てよ…………と、思考が大きく舵を切った。
「今の私と、本来のアイリスの容姿に大きなギャップがあれば、もしかしたらその点から死亡回避できるかもしれない!」
単細胞的思考かもしれないけれど、私にとってはその大きな差異が一筋の希望の光のように見えていた。
というか、乙女ゲームの中のアイリスは絶世の美少女とまで言われるほどの美貌を持ち、カリスマ的存在だったはずだ。
この私がそんなもののはずはない。
つまり、ゲームはもはや破綻しているということで――――――
あぁ……よかったぁ………………
とんだ取り越し苦労だったわぁ……
と、一人胸を撫でおろす。
しかし、蓮とシエルの見解はどうやら違うらしく…………
「姉さん…………どうしたらそんな突飛な発想になるのかわからないけれど、姉さん…………残念ながらバッチリ“世界で最も美しい死”ができるくらいに絶世の美少女だからね」
「はっ?」
「そうやで。アイリ、あんためちゃくちゃ美人やで。ヒロインのカレンよりもずっとな」
「へっ?」
今度は私の方が言葉を失い、そのままぽかーんと口を開けて固まった。そして、油切れのロボットの如く、ぎこちない動きで胸にかかる髪へと視線を向ける。
確かに、色の表現すらできない髪色になってはいるけれど…………
私が絶世の美少女?
絶世の………美少女?
絶………………世?
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやそれは絶対にない!
あるわけがない!
微妙に美少女とかならわかるけれど、絶世はない!
ずっと脳裏を巡るのは前世の日本人バリバリの自分の姿であるため、どうしても拒絶反応ばりの否定の言葉が渦巻いてしまう。
けれど、今の蓮の姿を見れば、私の姿がこの世界仕様に変わっていても何らおかしくはないわけで――――――
そういえば私…………今の自分の顔が思い出せなくて、キラキラの王子………………もとい、エリック王太子に鏡をご所望したいなどと、不敬なことを考えていたんだっけ…………と、思い出す。
そこで私は、自分の目で確認することにした。
百聞は一見にしかずとは、まさにこのことだ。
こういうことは、自分で確認しなければ納得のしようがない。そもそも人の美醜なんて個人の好みと感覚なのだから。
「蓮……鏡、ある?」
「ご所望なら、今すぐ出してあげるよ」
てっきりどこからか手鏡を持ってきてくれるのかと思っていたのだけど、その予想は見事に外れた。
「光・水融合魔法。尊き光と清らかなる水よ、真実を示せ」
蓮が呟くようにそう詠唱した途端、私の前に大きな鏡が出現した。
さすが魔法の世界と感心しつつ、鏡を覗き込む。
もちろんそこに映るのは、私なのだけれど……………………
「…………んんっと、誰?…………この人」
「誰って、姉さんだろ?」
「う、う、うううううう嘘よッ!!私がこんな美少女なわけがないわ!だって、前世での私を知ってるでしょ?全然、男性とも縁がなくて、髪だって一度も染めたことがなかったら黒々していて、ザ、日本人です!みたいな顔で、まかり間違ってもこんな……こんな…………白だか銀だか金なんだかわからないような髪の色じゃなかったし、瞳の色だってこんな紫色じゃなかったわ!」
プチパニックどころではなく、もはや大パニックだ。
落ち着いて考えれば、乙女ゲームの美麗スチルで幾度となく悪役令嬢アイリスの姿を見たので、その美しさは当然のことながら知っていた。でも、二次元と三次元の違いというか、本物感が半端ないというか、鏡の中にいる生身でありながら桁外れの美少女に驚きすぎて、キャパオーバーからの現実逃避に入ってしまった。
そんな私に、蓮がため息を吐きつつ告げてくる。
「いや、間違いなくこの姿が今の姉さんだから。ちなみ髪色は白金。プラチナブロンドで、この世界でも希少な色だ。それと瞳の色は確かに紫だけど、ここはアメジスト……もしくはアイリスとでも言っておこうか。それに、相変わらず姉さんの自己評価は低いようだけれど、前世でも美人で可愛いお嬢さん……って近所でも評判だったんだからね。男が近寄ってこなかったのは、俺がこっそり排………………いやまぁ、そこはいいとして、とにかく“世界で最も美しい死”ってやつも十分可能だから」
「蓮の言う通りや。最高の転生先やろ?こんな別嬪さん、なかなかおらんで」
そ、それは、どうも…………
お褒めに預かり光栄です。
――――――と、なるわけがない。
どれだけ蓮とシエルからお褒めの言葉のようなものをもらったとしても、たとえどれほど美しい死に顔ができようとも、そこに絶対的な死が確定している以上、喜べるはずもない。
しかし、鏡の中の美しすぎる少女が、私と一緒になって驚いているところを見ると、やはり私自身であるらしい。
この白磁の肌も、笑えば大輪の花を咲かせることになるだろう、薄紅色の柔らかそうな唇も、大きなアメジストの瞳も、光を纏って輝くプラチナブロンドの髪も、すべては今の私を形作るもので、どうやらこの乙女ゲームは破綻することなくストーリー通りに進行されていくことになりそうだ。
自分の類稀なる容姿に喜ぶどころか、ガックリと項垂れた私。
と同時に、私の前から蓮の魔法で出された鏡がスッと消えた。そして蓮の声が降ってくる。
「わかった?姉さん。姉さんはどう転んでも“絶世の美少女”だ。つまり、姉さんの話が本当なら、確実に“世界で最も美しい死”なんてふざけた死を迎えることになる。本当にどのルートでも、姉さんだけは絶対に死ぬの?姉さんが死なないルートは一つもなかったの?」
「………………ないわ」
私は、項垂れながらもきっぱりと言い切った。
そう、この乙女ゲームでのアイリスの立ち位置は悪役令嬢でありつつも、ヒロインを謎解きへと向かわせるきっかけともなる。なぜなら、次に狙われることになるのが、このゲームの主人公、ヒロインだからだ。
ただ、各ルートによって真犯人が違うため、その動機も変わってくるし、殺害場所も異なる。つまり、私が考えなればならないのは、ヒロインである蓮がどのルートを選べば、私ことアイリスの確定されている死を回避しやすいかということなのだけれど………………
駄目だわ。ゲームの時もアイリスの死ありきで事を進めていたから、アイリスの死を回避する方法がまったく思いつかないわ。
でも、ちゃんと考えなくっちゃ。このままだとヒロインである蓮まで…………また……………
完全に頭を抱え込んだ私に、再び蓮の声が届く。
「…………姉さん。さっき姉さんはほとんどのルートを攻略済って、言ってたよね。つまり、まだプレイしてないルートが残ってるってこと?」
蓮にそう言われて、私は顔を上げた。
相変わらず蓮の顔色は悪かったけれど、今の私も蓮のことは言えないだろう。
しかし、今はそれどころではないと前世の記憶を辿ってみる。
「えぇ、言ったわね。最後のルートをしている途中で私はたぶん命を落としたんだと思う。けれど、そのルートでもアイリスは既に死んでいたわ」
「………………そう……か」
蓮の気落ちした声に、「でも………………」と私は声を重ねた。
「でも、どないしたんや?」
僅かな希望に縋りつくように、私にしがみついたままひしと見上げてくるシエルに、私はへにょりと眉尻を下げた。
「うん……これはあくまでも話に聞いただけなんだけどね、すべてのルートを攻略し終わると、隠しルートが開くって…………」
実際、開いて攻略したことがあるという人のブログを見たことはあるけれど、“ネタバレ注意”という文字に、私はそれ以上読もうとはしなかった。何故なら、この乙女ゲームの醍醐味は謎解きのため、あの時の私にとってネタバレは回避するべきものだったからだ。
しかし確か………………と、さらに記憶を深堀りしていく。
ネタバレは読んでいない。けれど、読むつもりはなくとも、その文字が目に映り込むことだってある。その文字が強調されるなりしていれば尚更だ。そしてその残像を探して、私は記憶の海へと身を沈めていく。
そう私は隠しルートに関連する文字を見たことがある。
この目…………いいえ、違うわね。前田愛梨の目がそれを映したはずだ。
ほら、思い出して…………私。今ならまだ思い出せるはずよ。
私のこの意識に、アイリスの記憶が定着してしまう前なら……………
記憶は曖昧。
それも前田愛梨の目はそれを文字として捉えてはいただろうけれど、理解し覚えようとはしていなかった。むしろこの文字は回避するべきものだと判断し、あっさり流してしまったはずだ。
しかし、一瞬で流すと決めたからには、その文字に隠しルートに関する何かを拾い取ったからにほかならない。
そうよ……隠しルートに進むための必要な条件だったはずだわ。
それは、確か………………すべてのルート攻略が隠しルート解放の鍵で、そのルートを進むためにも、ヒロインは正しい攻略対象者を選ばなければならなかったはずよ。もし、間違った攻略対象者を選べば、その攻略対象者が殺されバッドエンド。その隠しルートは閉じられてしまうとも……………
だから、気をつけて選ぶようにとその文字は強調されていたのよ。
その文字を迂闊にも…………今にして思えば、偶然とはいえ自画自賛したくなるほどしっかりと、あの時の私は目にしていた。
そう、この隠しルートを攻略するために、ヒロインが選ぶべき攻略対象者は―――――――
私は深い深い記憶の海から浮上し、まるで息継ぎでもするように顔を上げた。
そして今度は確信を持って告げる。
「さっき、悪役令嬢ルートなんて、そんなものはないと言ったけれど、訂正するわ。隠しルートでヒロインが選ぶのは友情。その結果、得てして攻略対象者全員から執拗に愛されてしまい、逆ハーレムエンドとなるのよ!」
「友情を選んだ結果が逆ハーレム…………なにそれ……なんの罰ゲーム?俺を殺す気?」
現ヒロインとなっている蓮の心底嫌そうな顔。
確かに男性である蓮からすれば、地獄のような状況だと思う。
だとしてもだ。
このルートに希望がないわけじゃない。
いや、今の私にしてみれば縋るべき希望そのものだ。
「唯一の死亡回避ルートは、隠しルートだけよ。そしてそのルートでのヒロインの選択は―――――――――悪役令嬢アイリス」
私の放ったその言葉に、蓮はゆるりと口端を上げた。
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