(3)

 二人一緒に―――――――――


 蓮の言葉に愕然となる。

 それも一切の感情を挟まないその声音に、私の身体は震え始めた。

 そのせいで、どうにか絞り出した声もまた震えてしまう。

 

「ま、まさかとは思うけど……………それって、私のせい?」


 決してあってはやらない事実を前にして、我ながらなんとも間抜けな質問だと思う。

 しかしそう口にする間も、私の心臓はバグバグと音を立てて続けていた。

 なんなら質問ではなく、心臓の方が先に飛び出してきそうなほどに。

 そりゃそうだろう。

 自分のせいで、蓮の一生を狂わせたかもしれないのだ。

 とてもではないけれど、冷静になんて聞けやしない。

 けれど悲しいかな、さっき蓮が漏らした台詞からも、私の普段のうっかり具合からしても、十分にあり得る話だった。

 しかもその問いに蓮は、私を見つめたまま口を閉ざしてしまった。

 だとしたら、それが答えだ。


 あぁ…………

 私はなんてことを…………

 

 途端に早鐘を打っていた心臓がキュッと締め付けられて、その拍子にポロポロと涙が零れ落ちてきた。

 ほんと卑怯だ。我ながら嫌になる。

 もちろんこれは前世の話で、今更償いようもないことはわかっている。

 今ここで私が死んでお詫びをしたところで、失った蓮の人生を返してあげることも当然できない。

 だけど、今の今まで前世の記憶もなく、のほほんと生きてきた(いや、それすらも今は記憶にないけれど。っていうか、毒を盛られているけれど)自分が、到底許せそうにない。

 腹の底から湧き上がる感情と言葉は、自分への罵りばかり。

 蓮への申し訳なさで今にも胸が潰れそうになるけれど、蓮にかけるべき肝心な言葉が何一つ見つけることができない。

 どれだけ謝罪の言葉を並べ立てようと、やってしまった事の重みを思えば、どんな言葉も軽すぎるからだ。

 でも、このまま黙ってもいられなくて…………この沈黙に堪えられなくて、言い訳にもならない言葉も涙と一緒にポロポロと零してしまう。

「ご、ごめんなさい、蓮…………私、蓮にとんでもない迷惑をかけていたんだね……でもね、記憶がないの。何が起こって私がこの世界に転生することになったとか……私がこの世界でどんなふうに生きてきたかとか…………全部……全部…………何一つわからないの。だからって、許されるわけじゃないことはわかってる。けれど、本当に……何もわからなくて………どう謝ったらいいのかもわかなくて………ごめんなさい…………蓮の大事な人生…………狂わせちゃって……本当に本当に……ごめんなさい…………こんな馬鹿で……うっかり者の義姉で……ごめんな……さ………」

 とうとう本格的に泣きじゃくり始めた私を、蓮は琥珀色の瞳で覗き込むように見つめて、一向に止まる気配のない涙を、か細い指で拭ってくれる。しかしすぐにそれも追いつかないと察したらしい蓮は、そのまま私をすっぽりとの自分の胸におさめてしまった。

 もちろんヒロインであるカレンの胸にだ。

 そして、鈴を転がすような愛らしい声でクスクスと笑う。

「相変わらず泣き虫だなぁ、姉さんは。ねぇ、お願いだからそんなに泣かないでよ。俺もさ、覚醒直後は記憶が混乱していて、何が何だかさっぱりわからなかったよ。でもさ、今の身体に心が馴染んでいけば徐々に記憶が整理されてくるっていうか、前世と今世の境界線ができてくるっていうか、ちゃんと色々思い出して理解できるようになるから、大丈夫。それに姉さん気にしているようだからきっぱり言うと、俺はこの世界に転生したこと、別に悲観とかしていないし、怒ってもないからね。これっぽっちも」

 どこかあっけらかんと告げられた内容に、私は涙でぐちゃぐちゃになった顔をおずおずと上げた。

 そして、蓮に縋るようにして尋ねる。

「ほんとに?ほんとにほんとにほんと?私に気を遣ったりしてない?だ、だってさ、こんなことを言ったらなんだけど、今の蓮はよりにもよってヒロインに……って、その……女の子の姿になっちゃってるし…………“俺”とか言っててもめちゃくちゃ声とか、顔とかも可愛いし…………なんかもう……申し訳なさを通り越して、混乱しちゃうっていうか………見惚れちゃうっていうか………同性なのにひたすら愛でたくなってくるっていうか…………」

 蓮の腕の中でグスグスと鼻を啜りながら、最後は義姉として……いや、人としてもかなり危ない台詞をポロリと漏らせば、「あぁ…………これ?」と、蓮は苦笑を漏らす。

 けれど、またもやその直後、私の危ない台詞をも木端と吹き飛ばす衝撃的な言葉を口にした。


「いや、俺……思いっきり男だけど?」


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?

 

 数秒間の思考停止。

 そしてそのままフリーズ。

 ちなみに口も目もぱかーんと全開だ。

 しかし、ずっとフリーズしているわけにはいかないため、自ら強制終了を敢行し、今度は強引に再起動させる。

 それから私は蓮の腕が抜け出し、ゴシゴシと手の甲で涙を拭いつつ、蓮の頭の天辺から、足先に至るまで、じっくりと見つめ直した。

 顔はもちろんのこと、女性らしい胸の膨らみや細いウエスト、さらには喉仏の有無など、余すところなくすべてだ。

 我ながら、変質者上等のねちっこさで。

 しかし………………

「いやいやいやいやいやいやいやいや、どう見ても愛らしい可憐な美少女じゃない!しかもヒロインだって、自ら名乗っていたのはどこの誰よ!」

 黒く艶めく濡れ羽色の美しい長い髪。大きな琥珀色の瞳に、淡く色付いた柔らかそうな唇。そして、抱きしめられたからこそわかる、そこそこ大きな胸としっかりとくびれたウエスト。これで女性ではなく男だというのなら、それはそれでまた違った問題が浮上してくる。

 そう、女装趣味疑惑だ(それも性転換手術済)。

 前の世界では、私が知る限りそんな趣味は持っていなかったはずだけど、転生したついでとばかりに、違う世界の扉を開けてしまったのだろうか。

 しかもただ開けただけではなく、完璧に極めきっている。

 そこら辺の女の子より段違いに可愛いとかどういうことよぉぉぉぉ!と、内心でどこぞの夕焼けに向かって遠吠えのように叫んでしまいそうだ。

 そして、理解が追いついてくるよりも先に、前世の義姉として複雑な心境となる。

 もしかして、前世のシスコンを拗らせたあまり、こんな事になってしまったのかと…………

 

 これは……乙女ゲームの世界に転生するより衝撃が強すぎるんですけど………


 けれど、そんな私の動揺と混乱をよそに、蓮はその愛らしい顔で悪戯な笑みを浮かべると、腰かけていたベッドからゆっくりと立ち上がり、そのまま数歩後退った。

 それから種も仕掛けもないとばかりに両手を広げ、「論より証拠。百聞は一見にしかずだよ」と宣う。


 そして――――――――――

  

「融合魔法!解除!」


 蓮の身体から放たれる眩しすぎる光。

 咄嗟にその光から目を守るように手を翳し、ぎゅっと固く目を瞑る。

 瞼の向こうで感じる光。しかし、目を閉じていても、その光が次第に淡く儚くなっていくのがわかり、今度はその光を追うように私は薄っすらと目を開いた。

 瞬間、私は目を瞠る。

 濡れ羽色の髪。

 前髪の影から覗く琥珀色の瞳。

 蓮を彩る色は先程と変わらない。

 けれど――――――――


「れ……ん…………なの?」

「そうだよ」


 男性の声。

 カレンの時よりもずっと高くなった身長。

 サラリと長かった癖のない黒髪は、麗しさと品の良さを漂わせた貴族の男性らしい長さへとなっている。

 また来ている服も、可愛らしい令嬢の制服から、黒を貴重とし、銀糸の刺繍で丁寧に装飾された紳士としての装いへと、すっかり様変わりを果たしていた。にもかかわらず、貴族然とした服装の上からでもわかる、一見スラリとしていながらも、無駄のない筋肉を纏うその体躯。

 そしてなにより、男性的な精悍さと女性並みの繊細さを絶妙なバランスで同居させるその容貌。


 私の目の前には、それはもう小憎たらしいほどの悪戯な笑みを浮かべた、超絶美し過ぎる男性が婉然と立っていた(あぁ、貧弱な私の語彙力!)。

 

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