毒を口にしたら前世の義弟と再会しました。但しヒロインと悪役令嬢としてですが

(1)

「ゲホッ!ゲホゲホッ……ゲホッ…………」

「目覚めたか!アイリス!大丈夫か!」

 

 えっと……ん?キラキラ…………してる?

 

 まず最初に、ぼんやりとそんなことを思ってしまったのは、仕方がないことだと思う。

 咳き込んだ後に、薄っすらと目を開いてみれば、そこには金髪碧眼という絵に描いたような王子様がいたのだから。

 正確に言えば、その碧眼に涙を目一杯溜めながら心配そうに私を覗き込み、コスプレにしては、随分とお金のかかった衣装を纏った金髪の男性がいたのだから。

 そして回らない頭で思う。

 やっぱりキラキラしてる………………と。

 けれどすぐに、この状況の異常さにカッと目を瞠る。

 それはもう大混乱で。

 いやいやいや、私の名前は前田愛梨まえだあいりで、アイリスではない。ちょっとそこはかとなく似てはいるけれども。

 それに私は、紛うことなき純粋な日本人だ。父も母も祖父も祖母も、何なら石器時代まで遡ろうが、島国上等の生粋の日本人であることは間違いない(たぶん…………)。

 その証拠に、髪だってこの世に生を受けてから十八年間、一度たりとも染めたことすらないため、とても黒々としていて…………と、長い自分の髪を、震える指で掬い上げて驚愕する。

「き、し、金……いや、銀………えっ?これ何色ッ⁉」

 明らかに自分の髪だと思われるものを指で摘み上げながら、さらに目を剥いた私に、どこかでクスクスと笑い声が聞こえたような気がしたけれど、今はそれを確かめている余裕はない。

 なのに、混乱の原因の一つでもあるキラキラの王子様が、今にも泣き出しそうな顔で必死に問いかけてくる。

「アイリス、どうしたのだ?まさか毒が頭にまで回って…………」

 うん、微妙に失礼だ。

 絶賛大混乱中でもそれくらいはわかる。

 王子様もまた、そのことに気づいたらしく、咄嗟にその迂闊な口を手で塞いだけれど…………

 もう遅いわ!

 反射的にそうは思うものの、さすがに突っ込めない。

 相手がキラキラしすぎていることもあるけれど、私もベッドで寝ているだけあって、やはり体調が思わしくなく(決して頭ではない)、思考はおろか、身体もろくに動かない。

 ついでに言うと、私は本来突っ込みを得意としているわけではない。だからといって、ボケ担当でもない。

 義弟には常々天然と言われ続けてはいたけれど…………

 い、いや、今はそんなことよりも、取り敢えず現状把握だわ…………と、目の前のキラキラ王子様から目を逸らし、周りを見回してみる。

 といっても、横になっている上に、身体も言うことを聞かないため、ほぼほぼ眼球の可動域に限定されてしまい、これはこれでちょっとした苦行だ。

 その結果、確認できたのは非常に狭い範囲。

 それでもここが自分の部屋ではなく、ましてや日本でもないことがわかる。

 その根拠は、とにかく桁違いに豪華過ぎるのだ。何もかもが。

 まず、私が横になっているベッドのスプリング具合は文句なしだし、そもそもこのベッド自体、お姫様仕様の天蓋付き豪華版ベッドとなっている。

 私にかけられているシーツの肌触りは、元気なら間違いなく頬ずりしているほどの極上の滑らかさ。

 そして、キラキラ王子様の横に並ぶ執事さんやらメイドさんの顔は全員外国人とくれば、ここを日本だと判断するほうが難しい。

 と、なると――――――――

 えぇ…………っと、私、海外旅行中だったっけ?

 いやいや、それ以前にパスポートとか持ってないし!

 ってことは、拉致とか?

 人身売買?臓器のバラ売り?

 えっ?だとしたら、このキラキラ王子様が売人?

 いや、売人にしたらちょっとキラキラしすぎでしょう。

 だったら組織の総元締めとか?

 いやいや、総元締めだとしても、無駄にキラキラしすぎだから!

 そこはもっとダークな感じで…………

 脳内で繰り広げられる一人ボケ突っ込み。

 ううん、これはボケではなくて、真剣にそう思ったからで…………と、また脳内で一人言い訳をして思い出す。

 今の自分の髪の毛の色が、金髪よりも白に近い、私の語彙力では何色とも表現できない明るい髪色になっていたことに。

 脱色、もしくは染められたわけではないのなら、私も立派な外国人に様変わっているということだ。

「アイリス、どうしたのだ?気分が優れないのか?何かして欲しいことはあるか?」

 どうしたのだ?と聞かれれば、大混乱中ですと答えるしかなくて、気分が優れないのか?と聞かれれば、もう最悪ですとなり、何かして欲しいことはあるか?と問われれば、そっとしておいて欲しい…………となる。

 もちろんそれをこのキラキラ王子様に言えるだけの勇気も、元気も、今の私にはない。

 そして思う。

 これは夢だ………………と。

 だから今すぐ目を瞑ってしまえば、今度は普通に目覚めることができるに違いない。

 うん、そうだわ。

 何も見なかったことにしてこのまま目を閉じてしまおう。

 そう思うのに、涙に溺れながら私を一心に見つめ続ける碧眼が、どうにもそれを許してくれそうにない。

 だったら、せめて自分の外国人疑惑を打ち消すためにも、今すぐ鏡が見たいのだけれど…………

 しかし、それを伝える相手が王子様というのもやはり気が引ける。

 現実逃避か、それとも現実直視か………………

 そんな二者択一で思考がぐるぐるとマーブル模様を描き始めた時、凛とした声が部屋に響いた。

「恐れながら王太子殿下、愛しい婚約者様のことが心配でならない気持ちはわかりますが、少々がっつきすぎですわ。それにアイリス様はどうやら混乱されているご様子。ここは大の親友でもあり、隊長でもある私に、どうぞお任せくださいませ」

 まるで鈴を転がしたかのような愛らしいその声に、キラキラ王子様のキラキラとした碧眼がようやく私から離れる。

 おかげで、やれやれとばかりに一つ息が吐けた。もちろんこっそりとだけれど。

 そして私もまた、王子様の視線を辿るようにして、もう一度自らに苦行を強いながら、声のした方へと顔を向ける。 

 最初に目に飛び込んできたのは紺地と白のラインが美しい、どこかの制服の思われる膝丈のAラインのスカート。それから徐々に目線を上げていけば、胸元で揺れる大ぶりの黒のリボンと長い黒髪。

 その瞬間、あぁ………この人は日本人だわ…………と、安堵が胸を過る。

 けれど、さらに上げた目線の先で見つけた琥珀色の瞳に、彼女もまた日本人ではないことに気づく。

 しかも、その愛らしくも美しく、見事に整ったその少女の顔に、私は同性でありながら見惚れた。と同時に、妙な既視感を覚える。

 は、初めまして…………だよね?

 でも、どこかで会ったことがあるような、ないような?

 彼女の自身の言葉をそのまま鵜呑みにするのならば、私は彼女と大の親友であり、彼女は何かの隊長さんとなるのだけれど、その記憶は残念ながら微塵もない。

 っていうか、この美少女が一体何の隊長さんなわけ?

 いやいやその前に、私がこのキラキラ王子様の婚約者ですって⁉

 それこそ絶対にあり得ないんですけど‼

 これはやはり私の願望が見せた夢なのかもしれない。

 うん、きっとそうだ。

 ハマりにハマってやっていたあの乙女ゲームのせいに違いない。

 そう言えば、私の名前であるらしいアイリスは、悪役令嬢の名前と一緒だわ。

 なるほど…………私は悪役令嬢視線で夢を見ているわけね。

 我ながらなんて器用な…………

 そしてこの目の前のキラキラ王子様は、メイン攻略対象者であるエリック王太子殿下ってことね。

 夢から覚めて、この話を蓮に聞かせてやれば『姉さん、末期だね』と呆れられること請け合いだ。

 でもおかげで正解が見えたわ。

 ここは目を瞑る一択ね。

 ようやく導き出した結論にそのまま飛びつき、さっさと目を瞑ることにする。

 しかし、そんな私の耳に今度はキラキラ王子様の困惑の声が聞こえてきた。

「だがカレン、私は彼女の婚約者としてずっと傍にいてやりたいのだ。だから、私も同席させてくれないか」

「お気持ちはわかります。しかし、失礼を承知で申し上げますと、ここはアイリス様の精神状態を第一に考え、一先ずそっとしてあげるべきでございます。それに殿下には、やるべきことがございますでしょう?今回の毒殺未遂の犯人を突き止めるという大事なお役目が。ここは私にお任せになられて、元気になられたアイリス様が安心してお過ごしになられますよう、今はご尽力くださいませ」

 相手がキラキラ王子様――――――もとい、この国の王太子相手であるにもかかわらず、一歩も引くことなく、最後まで強気な発言をした彼女にただただ感心する。

 そしてもう一度彼女へと視線を向ければ、その琥珀色の瞳がふわりと細まった。

 あぁ…………彼女こそがこの世界のヒロインだわ。

 私は確信した。というか、エリック王太子も“カレン”と呼んでいたではないか。それこそ乙女ゲームのヒロインの名前そのものだ。

 あぁ…………蓮じゃないけれど、確かにこれは末期だわ。

 でも同じ夢を見るなら、なんでヒロイン視線で見ないかな……私。

 しかも夢とはいえ、毒を盛られているし……………って、


 毒ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ‼

 

 あぁ、だからこんなにも身体がダルくて動かないのね。

 まぁ、所詮夢なんだけど…………って、ちょっと待って。

 アイリスが毒を盛られたってことは、これはまさかあのシーンの後ってこと?

 あぁ………なんてこと…………

 よりもよってこの乙女ゲームにおける重要なシーンの一つでもある、ヒロインの覚醒シーンを見逃してしまうなんて、何たる不覚。

 なんだか連続ドラマの最終回を見損なってしまったくらいの無念さがあるわ…………

 だって、あの場面を実写版で観れたかもしれないのよ。

 毒を盛られたことより、むしろそっち方がショックだわ…………

 そんな新たな衝撃を受けている間に、エリック王太子は渋々ヒロインカレンの言葉に了承したようで、再びそのキラキラとした碧眼を私に向けてきた。

「アイリス、君を苦しめた犯人は必ず私が捕まえるから安心して待っていてほしい。だから、いい子にしているのだよ」

 甘すぎる極上の台詞とともに、エリック王太子は私の額に口づけを落とす。

「チッ……このエロ王子が」

 舌打ちとともにボソッと不敬な台詞が聞こえたような気がしたけれど、空耳かしらと思えるほどに小さな声だったため、やはり気のせいだとあっさり結論付ける。いや、実際そこまでの冷静はない。

 額に落とされた爆弾…………もとい、極甘のキスに、私の心拍数は一気に跳ね上がり、絶賛新たな命の危機に直面中だ。結論付けるも何も、身体中の血が沸点に達したらしく、あらゆる思考が蒸発するように霧散していく。

 にもかかわらず、私の命をさくっと奪いかけた王太子は、極上の笑みでさらに私の心臓を締め上げてから颯爽と部屋を出て行った。

 さすが乙女ゲームのメイン攻略対象者、恐るべし。

 難なく悪役令嬢を攻略してくるとは(殺しにかかるとは)…………

 ある意味、毒で全身が痺れていてよかったかもしれない。

 そうでなければ、私は間違いなく叫んでいた。

 嬉しい悲鳴ではなく、驚愕と羞恥による叫声をだ。

 うん、ナイス毒。

 まさかこんなことで、毒に感謝する日がくるとは夢にも思わなかった。いや、これは夢だからそれでいいのか…………

 ほんとややこしい。 

 そして気がつけば、執事やメイドたちも消えており、ただただ極甘の爆弾を諸に受け、その衝撃で赤面の石像と化した私と、ただただ砂糖菓子のように愛らしいヒロインのカレンだけが部屋に残されていた。

 ちなみにそのカレンは、私が固まっている間に、目を閉じながら両手を前に突き出し、何やらブツブツと唱えている。

 その姿も、もちろんうっとりしてしまうほど可憐で、美少女は何をしても美少女なのだと納得するしかない。

 けれど、さすがにこの行動は謎すぎる。それどころか怪しさ満載だ。

 目の前で行われているその不審な行動に、私の石像化も見事に解け、恐る恐る声をかけてみた。

「あ、あの………カレン……さん?」

「ちょっと待ってくださる?今、結界魔法をかけていますから」

「は、はい!お邪魔してごめんなさい!」

 何故、結界魔法?と思いつつも、素直に謝罪し、待つこと約二十秒ほど。

 狭すぎる視界しか映せない私の目には、豪奢に飾られた部屋に何も変化はないように思われる。

 しかしカレンは、その結界魔法を無事にかけ終わったのか、閉じていた目をゆっくりと開くと、今度は私をその琥珀色の瞳に映し、一瞬で破顔した。

 そして叫ぶ。

「姉さんッ!」

 それからベッドへと駆けてくると、ベッドで横になっている私へと押し乗るように抱きついてくる。

「カ、カ、カカカカレンさん…………あの…私は決してあなたのお姉さんでは……………」

「姉さん!俺だよ!蓮だよ!あぁ……………ずっと、ずっと姉さんに会いたかった。この瞬間をどれほど待ちわびたことか」

 

 ……………………………………はい?

 ………………………………カレンが蓮?

 ………………………………蓮がカレン?

 え〜〜〜っと…………つまり……………

 乙女ゲームのヒロインが義弟の蓮?


 はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――ッ⁉

 

 私の義理の弟の名前を名乗る、乙女ゲームのヒロイン、カレンに抱きつかれながら、私は改めて現実逃避することを速攻決めた。


 というか、白目を剥いた。


 

 

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