安政の大獄と将軍継嗣問題の中での西郷

 将軍継嗣問題しょうぐんけいしもんだいというのは、13代将軍である徳川家定とくがわいえさだに子供が出来なかったことに由来します。


 家定には島津家からのちの天璋院篤姫てんしょういんあつひめが輿入れをしているが、徳川家という家系が血が濃すぎるための弊害のために、子供のできにくい人物が将軍になってしまっていました。

 初代家康から七代の家継いえつぐまでの直流系と、八代の吉宗から一四代の家茂いえもちまでの紀州きしゅう系と十五代の慶喜よしのぶ水戸家みとけ系の三つにわかれるのだが、この話も長くなるので、別の機会に述べたいと思います。

 

 この場合は一四代目の将軍をだれにするのかという話になるのですが、その当時は日米和親条約にちべいわしんじょうやく以降に英国を中心に修好通商しゅうこうつうしょう(つまり貿易活動)を目的とした条約締結、和親条約締結時に、老中であった阿部正弘あべまさひろが、幕府の方針を広く世間に問うたために、外様や幕政から距離を置かれている、紀州以外の御三家(尾張、水戸)などの発言権が大きくなってきていたという側面もありました。

 それによって、十四代将軍は血筋が近い紀州の慶福よしとみ(のちの家茂)と、優秀と言われていた、水戸家から一橋家ひとつばしけに養子に入った慶喜よしのぶを押す勢力の対立構造になっていました。


 西郷は、この状況で、慶喜を押す派閥に藩主である斉彬なりあきらが所属していたために、水戸家や福井松平家などの派閥間の交渉に準じたとされていますが、後年の大西郷像では、どちらかというと、無口で交渉ごとに向かないタイプであった西郷隆盛という人物が、なぜ、この役になったのかが、全くわかりません。

 父親も勘定方という内務の中でも会計を中心とした仕事についており、彼自身も外回りの内務畑の人物でしたので、中の人が変わったかのような配置転換になります。


  西郷が父から家督を継いだのが一八五三年であり、同年に天璋院篤姫の嫁入りがありますが、彼が島津斉彬に建白書けんぱくしょを認められて、お庭方衆にわかたしゅうになるのは一八五四年で、篤姫とはかかわりのない人物であったと思われます。将軍家に輿入れをするには数年単位での下工作が必要であり、そう考えても、下手をすると明治時代になるまであったこともなかったかもしれません。

 彼女は斉彬の養女ですが、親類筋の島津家の娘からの養女ですので、関わる可能性は低く、江戸城明け渡しの時に天璋院の書状で態度を変えたというのも、会った事もない、ただ斉彬の養女であるというだけの人物、あの時代の女性は嫁いだ後は夫の家に入るものという考え方からも、江戸城開城まで、接点もあり得なかったはずです。実際西郷はほとんどが遠島中であり、そんな人物がいたことも相手が知らなかったというのはあり得るでしょう。


 一八五四年から彼が越前や水戸の重要人物とあっていたというのも、二十代半ばの口下手な人物を、学問をおさめ、交渉ごとになれていた人たちにはどう映ったかは不明です。大体、ずっと島津藩から離れたことのなかった人物が、いきなり連れていかれた江戸でどこまでかryチャーギャップを受けずに動けたかというのもわかりません。


 ですから外交の伝手つてとして月照げっしょうという斉彬派の僧に仲介を頼んだのは理解できない話でもありません。

 しかし一三代将軍の徳川家定はなくなり、幕府は非常事態ということを宣言し、彦根(旧佐和山城の近所)藩主、井伊直弼いいなおすけを大老という臨時職りんじしょくに置きます。

 性格的にも、思想的にも直弼という人物は、水戸の派閥に近い人物でしたが、彼は阿部正弘のとった、「広く世に意見を聞く」という制度を取り下げ、昔からの、幕府のことは幕閣ばっかくが決めるという体制に戻します。こう考えると、一番悪いのは阿部正弘なのかもしれません。

 そして十四代将軍は紀州の慶福よしとみに決め、予約もせずに登城した水戸の徳川斉昭とくがわなりあきなどの幕府の改革を目指す人物たちを、謹慎にしていきます。


 その当時江戸にいた西郷は処罰される人が増えたため、月照を島津藩まで連れて逃げようとしたとされていますが、その間に藩主である島津斉彬の急死と、新藩主に斉彬と藩主を争った久光ひさみつの子、島津忠義しまづただよしの就任があり、藩の方針は前藩主島津斉興しまづなりおき体制に戻ってしまっていたとのことです。

 当然、斉彬派だった月照や西郷の居場所はなく、彼らは月照の国外退去の船の上から海に身を投げたとされています。


 普通に心中の場合は、生き残ったほうが悪者扱いにされるのがあの時代の感覚らしく、なぜ西郷だけ生き残ったのかわかりませんが彼は、藩の意向で遠島とされます。


 このあたりからなにか、芝居じみた伝説が西郷にまとわりついてきます。明治の元勲げんくんと呼ばれた人たちの大先輩であること、そして明らかに彼を美化していることがこれらの伝説から見て取れるのは私だけでしょうか? 

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