ちはやふる

「ちはやふる」とは最近のマンガのタイトルにもなったことで、百人一首の句であることが解る人が増えましたが、ちょっと昔では、落語の一席いっせきとして思う出す人もいるかもしれません。

 今回はこの句に対する私見を述べていきたいと思います。


 一応この句のざっくりとした意味は「神代かみよの時代にもなかったであろう龍田川が紅葉で染まって真っ赤になっている情景」を在原業平ありわらのなりひらんだ句とされています。


 「ちはやふるかみよもみせずたつたわからくれないにみずくくるとは」この句にはいきなり枕詞まくらことばというものが出てきます。「ちはやふる」の文字です。これが神に掛かる定型句だといわれていますが、たかだか三十一文字しかない短歌のうちの五文字もそんな無駄に使うのでしょうか?

 ここから私見と時代背景、用語などから以下の推測を行います。

 「かみよ(神代)」と読まれているところを「かみを(神尾)」と書き換えます。古い平仮名ひらがなでは行書体ぎょうしょたい草書体そうしょたいの「を」は「よ」と実によく似た形になります。

 奈良、平安時代のあったとされる「和漢混交文わかんこんこうぶん」といわれるものは、「私は今、この文章を書いています」のような感じと平仮名が入り混じったぶんしょうではありません。

 この和漢混交文は「今我文書也」などの文章に漢字あてはめて日本風の主語+修飾語+動詞の形で書いたものになります。


 次に「ちはやふる」を巫女装束みこしょうぞくの「千早振る」と置き換えます。かかり言葉ではなく、意味のある言葉として置き換えると後者の文字を当てるのがこの後の文章からも相当であるとみられます。千早とは神社で巫女が神事を行うときの正装であり、それを振るということは、巫女が神事の舞を行うことを意味しています。

 「神代」を「神尾」としたことは、古い時代の事ではなく、単純に神様の尾としたいからです。この場合の神の尾というのは、龍田川から、奈良にある龍田神社を表しているととるのが、良いでしょう。その意味は龍田川たつたがわという固有名詞にあります。そして「からくれない」は日本の古い色の識別表をみると、「唐紅」という色があることが解り、それが酸化水銀の色(鳥居にある朱色を指す)であることが解ります。ここで「唐紅」といったことは鮮やかな赤という意味ではなく、朱色に酸化水銀を塗った鳥居という意味ともとらえることが可能で、それが水をくぐった(ある程度水没した)と読むと次のような解釈になります。


 洪水が起こらないように神事を行い奉納の舞まで行ったが、龍田の神は姿はおろか、尾の先すら見せてくれなかった。龍田川の洪水によって、神域である鳥居ですら水没してしまったのに、なぜ怒りを治めてくれないのですか?という風になります。


 なぜこういう解釈をしたかというと700年代中期に、765年から奈良の北を流れる広瀬川ひろせがわ、西を流れる龍田川があり、その川の名のついた広瀬神社、龍田神社に対して繰り返し何度も神の怒りを鎮めるかのごとき神事を数十年にわたって行っていました。

 竜田川、広瀬川という川は現在の地図にはないようですが、現在では「佐保川

もしくはがわ)と呼ばれていますが、この佐保も佐保姫伝説からの引用でしょう。奈良では「春の佐保姫」秋の「龍田姫」と呼ばれてますが、この佐保川は奈良の北西にて合流し、元々の龍田神社があった斑鳩いかるがの西を通ります。そして奈良時代にこの、広瀬神社と龍田神社において洪水をしずめるための神事を行ったことになったのは、なにか「たたり」のようなものを感じたのではないかと思われます。


 龍田神社(現在は大阪との県境に移されています)は斑鳩ということから「蘇我氏」との関係が暗示されます。では広瀬神社はどうでなのしょう?

 広瀬神社に対応する人物というと、飛鳥時代(乙巳いっしの変以前)に政権から遠ざけられた、「非蘇我系の人物」である広瀬皇子ひろせのみこという人物にたどり着きます。

 天智天皇てんちてんのうの皇子時代の名前が「中大兄皇子なかのおうえのおうじと呼ばれていますが、この言葉を分解すると「中の大兄(年上の兄)の皇子」となります。この「中の」の部分に対応する「先の」皇子が誰なのか、厩皇子うまやどのみこなのか、広瀬皇子なのかはわかりませんが、奈良時代の政権が「祟り、怨霊」のしわざと、氾濫する広瀬川、龍田川を見ていたことがわかる神事です。


 このように「ちはやふる」の句には単純な在原業平の句ではなく、もっと昔の怨霊大祭を願った句であると考えるのもロマンであり、私なりの考えでもあります。

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