第3話

 伊織くんの心の形は狼だった。

 伊織くんとよく似て真っ黒で、とても凛々しい顔つきをしている。


 だけど、その狼は酷く気が立っているように見えた。その狼は注意深く私を見ていて、私に対して不信感を抱いているようだ。

 いや、私だけじゃない。伊織くんの狼――名付けてオリカミは周りすべてに警戒心を抱いているようだった。



(……まあ、こんなもの、だよね)



 有名人なんだから、警戒していて当たり前だ。

 どこでスキャンダルになるか分からないし、かと言って対応が悪くてもダメ。明るくて優しいだけじゃやっていけないのは当然だし、むしろオフでも気を付けているだけプロ意識が高いと思う。


 見なくてもいいモノを、プライバシーを勝手に覗いてがっかりする私の方が何倍も失礼だ。



(というか凡人がお世辞で勘違いして恥ずかしい!)



 じっと伊織くんの傍にいるオリカミを見つめていたせいか、伊織くんがちらりと視線を私に向けた。



「どうかした?」

「ううん、何でもない。先生が話している時間割は持ってるのかなって」



 私の言い訳に納得した伊織くんは「事前に貰ったよ」とアイドルスマイルを浮かべたが、オリカミはじっと私をにらみつけていた。さすが人気モデル、心の中で警戒していようと態度から少しもそれを感じさせない。



(やっぱりイケメンは遠くから見守るのに限るね)



 校舎案内だけささっと済ませて、今後は関わらないようにしよう。

 そう思って、私は教壇に向いた。先生の隣でボディービルダーのように次々とポーズを決めているゴリラを視界から排除して、クラスメイトの心の形を観察していく。


 やはりというか、動物たちはみな伊織の方を見ていた。正確にはオリカミの方だけど、これはみんな伊織に興味があるということだ。

 男子たちは好奇心、女子たちの心はみな思い思いに求愛行動に出ている。特にユリ猫はひと際目立っていて、甘えた猫撫で声が少し鬱陶しい。

 それでも伊織の方に近づかないのは、低い唸り声をあげるオリカミがいるからだろう。伊織くん本人は真剣な表情で話を聞いているように見えるが、心の中ではずっと警戒している。それはずっと気を張っているのと同じで、かなり体力を消耗することだ。


 いくら伊織くんがモデルで必要なこととは言えど、このままじゃ倒れてしまいかねない。クラスに馴染んでしまえば、こうも警戒することはなくなるかもしれないけど。



(難しいだろうなあ。ユリアちゃんが伊織くんにかけてる情熱は尋常じゃないし、それに同調するように他の女子も熱をあげてるもん。見なきゃよかったな……)



。。。



 明るくて優しい伊織くんはあっという間に受け入れられて、彼の周りにはよく人だかりができている。


 私は当初の予定通り、当たり障りなく伊織くんに学校を案内したり、授業のことをいろいろ教えたりした。

 伊織くんはいつもアイドルスマイルを貼り付けており、私たちは知人以上友達未満というほど良いポジションをキープしている。とはいえ、学校中の女子が伊織くんに夢中で纏わりつこうとするため、彼は避難先として毒にも薬にもならない私を選ぶことが多々ある。

 おかげでユリアちゃんにはにらまれるようになったが、常に気を張っているオリカミが気がかりでどうしても断れなかった。


 オリカミは相変わらず近寄ってこないが、出会った当初のようににらみつけてくることはなくなった。



(やっぱり可愛い動物には楽しく過ごして欲しいよね)



 結局、私はこのたった一匹で奮闘する狼が気になってしょうがないのだ。伊織くんはいつも中心に居るのに、その心は怯えているのはなぜなのだろう。


 ……そんなこんなで私と伊織くんは薄くしか関わってこなかったのだが。

 ある放課後、私は準備室で、伊織くんと二人っきりで居た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る