第2話
「と、隣!?」
冗談じゃない!
そうなったら休み時間の度に周りが騒がしくなるし、授業中だって視線を感じていかなきゃならない。忘れ物をしたって気軽に隣から借りられない!
だけど、小心者の私はそれを飲み込んだ。
クラス中の視線に耐えていると、私の隣に机が運び込まれた。元々そこに座っていた男子はそそくさと机ごと遠くに逃げた。私もそうしたかった。彼の心であるネズミがちらちらと様子を伺っているのが見える。
(落ち着け、どうせ数か月もすれば席替えよ!)
一年でミス処世術と呼ばれるくらい上手く人付き合いしてきたんだから、今までと同じようにやればいい。そもそも大人気モデルは一般人なんて気にも留めないだろう。
そう考えると、途端に自分が自意識過剰に思えて少し恥ずかしくなった。それに、橘くんだって知らない人に嫌そうな顔されたら傷つくだろう。
私は気持ちを切り替えて、人当たりのいい笑みを浮かべてこちらに歩いてくる橘くんに顔を向ける。すると自然に向き合う形になった。
「えっと、私は南見紬っていいます。ミス処世術なんて呼ばれてるけど、そんな凄い人じゃないからあんまり気にしないでください」
「はは、先生にも頼りにされてるんだから、もっと自信持ってもいいのに。改めて、俺は橘伊織。同級生なんだから、気軽に伊織って呼んで?敬語もいらないよ」
少し戸惑ったが、ここで変に断っても逆に角が立つだろう。私はにこりと笑って頷いた。
「わかった。よろしくね、伊織くん」
「うん。よろしくね、紬」
「……」
いきなり親し気に呼び捨てされて、思わず固まってしまう。
伊織くんの声はまるで風のように柔らかく、心を包み込んでくれるような感覚がした。さっき他人行儀に呼ばれたユリアちゃんが鬼の形相でにらんできている。
(うーん、普通にユリアちゃんの名前を知らなかっただけだと思うんだけど)
ファンクラブ会員、それも一号の名前を知らないこともあるのだろうか。
荷物をおろして座る伊織くんを横目に眺めながら、私は少しだけ浮ついた気持ちを端に追いやった。
(それにしても、本当にかっこいいなあ。今日は化粧もしてないみたいだけど、写真よりぜんぜん本物の方がいい)
すっと取った鼻筋に薄い唇、私よりも長いまつげが影を落とす瞳はどこか愁いを帯びていて、まるでドラマのワンシーンでも見ている気分だ。
「ずっと浮かない顔をしてるけど、もしかして迷惑だった?」
ぼうと見ていたら急に声をかけられて、思わず返答に詰まった。見とれていましたなんて言えなくて、私は慌てて謝った。
「ごめん、そういうつもりじゃなかったの。ただびっくりして」
「怒ってるわけじゃないから、そう慌てないで。……もしかして、紬も僕のこと知ってるの?」
「あはは、といっても雑誌を読んでるくらいだけど」
「本当?嬉しいな。紬ちゃんみたいな子が応援してくれるの、凄く嬉しい」
それだけ言うと、伊織くんは前を向いた。
リップサービスなのは分かっているが、それでも人気モデルに褒めてもらえたんだ。私は一気に顔が熱くなった。
だから私はつい、伊織くんの気持ちが気になってしまった。いったいどんなつもりでそう言ったのか、興味を持ってしまった。
私は頑なに目をそらし続けていた伊織くんの心の形に、そっと視線を向ける。
その動物を目にした瞬間、私の顔は思いっきり引きつった。
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