8.
図書館から 30分ほど歩いけば『バ・ビル』が見えてくる。
1階に入ると案内所のようなカウンターがあり、『お見合い大作戦』と書かれたリーフレットが目に飛び込んできた。その横の棚には『信者勧誘の手順』と書かれたパンフレット(小冊子)もある。
カウンターには、誰もいなかった。
キリスト教会とかであれば、聖書や福音書の見本を置いているのだろう。
だが、聖称会には そういった類の書物が見つからない。
奥には、お土産などを販売している お店が入っているようだが、入る勇気が出ない。無個性な俺が、ひょいひょいと乗り込んで行っても、不要な物を買わされるだけだろうな。
建屋内の案内図を見ると『F6 聖称会』と表記してあった。
エレベーターは全部で3基あり、それぞれ数字が書かれたボタンがある。
1~6までの数字があり、左から順に、【0、1、2、3、4、5、6】と書かれている。
俺は、一番右にある【6】と書かれたボタンを押した。すると、音もなく静かに扉が開いた。
このフロアは、1階と比べて装飾が豪華だ。壁は全面ガラス張りで、眼下に東京の街を見渡せるようになっている。
その奥に、金箔を貼ったような重厚なドアがあった。
――献金のチカラなのか?
外の暗い天気を跳ね除けるかのように、両隣からは小さなライトが扉を照らし、キラキラと輝いている。よし、絶対に触らないでおこう。
「すみません。どなたか いらっしゃいますか?」
呼びかけてみるも、反応がない。
素手で触っていいか分からないが、試すしかなさそうだな。
ノックをしても返事がない。
もう一度、今度は強めに叩いてみた。
それでも、誰も出てこない。
――留守なのか? そう思ったとき、 背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこには童顔な女性がいた。
身長は170cmくらいだろうか。
髪は黒に近い茶で、ショートカットだ。
肌は透き通るように白く、大きな瞳はピカピカとしている。
どこかで見たような気がする。
「あなたは……誰ですか?」
「えっ……」
まさか、俺のことを知らないのか!? まさかな……。
「あ、あの……俺は、その……入信しようか迷っている者で……」
「そうなんですね。私は【柴田】ですけー。よろしくお願いします」
「よっ、よろしく」
「……」
沈黙が続く。
俺が何か話題を振った方がいいのかもしれない。でも、何を話せばいいんだ? こういうときに 気の利いた会話ができない自分が嫌になる。
しかし、このまま黙っていても仕方ない。
「聖称会では、どんなことをしているんですか?」
「はい。まず、朝の礼拝があります。その後、各グループに分かれて、勉強会や奉仕活動をしています」
「へぇ……」
――なるほど。
勉強とボランティアが教義の一部なのだろう。
「それから、毎週日曜日には、教祖様のお話を聞かせていただいてー」
「教祖って、どんな方なんですか?」
「ステキな方です。若い頃は男優?さんをしていたとかで、縁起がとても良かったとフェザー様がおっしゃっておりました」
「……俳優ね。演技派ということか?」
「そうなんですか?」
「……」
なぜか、質問に質問で返されてしまった。
だが、このあどけない笑顔。やはり、どこかで見たことがある。
彼女の後ろでエレベーターが開いたとき、テレビ画面と重なり不意に記憶が蘇った。
「もしかして、オリンピック候補の柴田
彼女の顔が 途端に
「こんな教団にいたら、ダメだ!」
彼女は答えず、くるりと背を向けて歩き出そうとした。
俺は慌てて、彼女の肩をつかんでしまった。
「離してっ!」
――これは、セクハラ案件じゃないか?!
咄嗟にとった行動に 激しく動揺してしまう。
彼女は俺の手を払いのけ、険しい顔で睨んでいる。
不祥事を起こしたアイドルの謝罪会見を、昨日、テレビで見たばかりだった。
恐怖が ザワザワ する。ありもしない会見が、頭に浮かんだ。
――ヤバい。膝が笑ってる
(ロリコン謝罪会見。YouTube で 炎上確定。人生が積んだ……)
彼女が不快そうに横を向いた。
その先には、フェザー・サンが妖しく嗤っていた。
◇
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