第9話

***


「勇胸瞬雷ッ!」


お父様が、叫ぶと【スキル】が発動する。

普段の筋肉の 2倍以上へ と膨張した。


夫・公崇は、その圧力に対抗出来ず 吹き飛ばされる。


(これが……私の、お父様なの……)


私は ただ 呆然と眺めていた。


「虹夜ッ! 逃げなさい!!」


お父様が私に向かって 叫ぶ。でも、身体が動かない。足が震えて 動かせないのだ。

まるで、蛇に睨まれた蛙のように……。



(怖いっ……)



怠そうに立ち上がった 公崇が 話しかけてきた。


「なぁ。おしえてくれよ――」

うつろな眼が。狂気が。

「あの女、あの女。あの女って、誰なんだよ!」


――そう言って ナイフを振りかざす。


「やめてーっ!!!!」

もうダメだと思った瞬間だった。


―――ドカッ!! 鈍い音がしたと同時に公崇の身体が宙を舞った。


お父様が得意とする【 回転・ブナ鉄砲 】が顔面へとヒットしていたのだ。

そのまま 地面に倒れこむ 公崇。


(やったわ! お父様)


私は喜びの声をあげようとした、その時だった。


「うぐぅ~」


倒れたはずの公崇が、ゆっくりと 起き上がる。

まるで ダメージをうけていないように平然として立っていた。


空気が変わっていく。怒りを はらんだ オーラが部屋全体を覆う。



「邪魔、すルなッァ!」


ナイフを逆手に持ちかえ 大きく振り下ろす。



お父様は深く息を吸い込んで、間合いを詰めていく。


そして、一気に加速して回し蹴りを放つ。

大技の【 だんじり・カシ きゃく 】よ!


しかし、公崇は その攻撃を読んでいたかのように交わす。


「……憎ぃ」


そう言いながら ナイフを持ちかえて、真一文字に繰り出す。

お父様はそれを避けずに受け止めると、身体を回転させて投げ飛ばす。


―――ドカンッ!!

大きな音とともに公崇の身体が床に叩きつけられる。


「この程度では 終わらんぞぉ~」

そう叫びながら、さらに【スキル】を発動させた。


七元徳しちげんとく・信仰ッ! 」


すると、お父様の筋肉がより一層膨れ上がっていく。



「はああああああっ!!!」



気合の入った雄たけびと共に 拳を打ち出す。


――バキッ! 骨の砕けるような音が響き渡る。

公崇の顔が苦痛で歪む。(効いている!)

私は勝利を確信した。


だけど…。


たしかに 終わったかに見えた状況が 一変した。


「おマえも、アタシから、うばウのか?」夫の声がガラリと変わった。

暗く沈んだ 喉の焼かれた声が響いた。怒気が部屋中を覆いつくす。


身の危険を感じるほどの 殺意が あふれている。


「 七元徳・節制ッ!! 」


凛とした声と共に お父様が【スキル】を発動させると、先ほどとは比べ物にならないほどのコンパクトな速さと威力の攻撃が次々と繰り出される。勢いは止まらず、夫の身体が 壁へ めり込んでいく。



――ヒュッ! 風を切る音が お父様の肩を切り裂いた。



「こいつッ!」


この状態で、公崇が反撃を仕掛けてくるとは。


「キぇろ…キえろ……」

公崇の腕が、ナイフが鞭のようにお父様へ襲い掛かる。


だが、その動きを見切ったお父様は、難なく避ける。

「 七元徳・正義ッ!! 」今度は、大ぶりの動きへと変化していく。


お父様のカツラが その動きに耐えきれず、私の方へ とばされてきた。

思わず顔を覆ってしまう。


次の瞬間、お父様の姿が消えていた。


私は一瞬、戸惑ったが すぐに分かった。



「 七元徳・希望ッ!! 」



さらに【スキル】を使ったのだ。


誰も追いつけないようなスピードで、雷のような 一撃 を 放 つ!





―――ズドンッ!!!





大気が割れるような音が、部屋中の窓ガラスを割り、その威力を見せつける。

技は、公崇を2階から突き落とし、大きく放物線を描きながら地面へ叩きつけられように見えた。


「やったわ! お父様」


必殺を放たれた相手が、夫であったことを忘れて 歓喜してしまう。





……だけど、現実は 違って い た。





お父様は、失った利き腕をおさえ、苦悶の声をあげている。



(何が おこったの?)



「アゆみ、にガさナイ……。ユルサない……」



夫は お父様の喉を掴み 身体を持ちあげると ――― 、


ひと刺しに 心臓を ナイフで 突いた。



声にならない声が、私の身体からあふれ出した。



(お父様が……おとうさまがッ!?)



意識が遠のきそうになる。



でも。



ここで倒れたら――。


( だめ! )


身体が動かない。手足も震えて 動かせない。


息をすることさえ、できない。



夫が、訳の分からないことを 言いながら、私に近づいてくる。




薄れゆく意識の中……、


「 アタシから 彼を奪った罰だよ 」という 友だちの声が こだました。




錯乱する 頭のなかで、彼が 必死で 手を伸ばしてくる。その顔は―――。



「ともや……」



そのつぶやきに、夫が反応してしまった。



「おマエか?  おまえ がァアアアあ !!!!」



手にした お父様を殴り捨て、首が180度以上まわって 私をみつめている。


……これも、夢なの――?(だったら、はやく目覚めてよ)



公崇の身体が、ゆっくりと こちらへ 振り返る。


(はやく、はやく)


あちこち、骨が折れていて、おかしな形になっている。

それなのに 口角がだけは、別の生き物のように 歪んでいた。



(いや。こないで…)



恐ろしさで、うつろだった視界が いっきに 覚醒してしまった。


夫が 一歩を 踏み出すごとに、恐怖にふるえた。

なんで、ゲームの中でも 殺されなきゃ いけないのよ!



(こないでよ!)








どれくらい、目を閉じていたのだろうか――?




公崇が動く気配が まるでしない。




…………。




気味の悪い静寂が、部屋全体を包み込んでいた。




……。



固く閉じたまぶたを うっすらと ひらく。

目の前には、背が高く、すらっとした体形の美しい女の人が立っていた。



「こんにちわ。それても 初めましてかしら? “明坂あゆみ”さん」



――それは、転生前の “私の名前” だった。



自然と 涙があふれてきた。



「美羽さま!」



絶望の中。

ずっと会いたかった人が、私の目の前に立っていた。



そして、


夫の公崇は 無言で 彼女を見つめている。



美羽さま と 夫のバトルが 今。



始まろうとしていた――。



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