第7話 晴留くんよ安らかに

 パーティー部の部室を出て、空手部の見学に向かう。

 部員の普段の練習風景を、格技場の外から眺める。

 一対一での試合形式の稽古をしているみたいだ。

 高校の部活なんて、こんなもんか。動きはわりと緩慢だし、ここに入って学べるのは正しい型くらいか。俺の目的としてはそれで十分かもしれないが、もっとすごいだろう存在がいることを知っているのに、ここで妥協するのか、俺は。それは、勿体ない気がする。

「あれ、一年生?」

 あ、部員の人に見つかってしまった。

「はい」

「そんなとこで見てないで中入ってよ。今見学者いないから型の練習も出来るよ」

「じゃあ、折角なので」

「どうぞどうぞ」

 誘われるまま格技場内に入って、簡単な型を教えてもらう。

「訊いていいですか?」

「なに? なんでも訊いて」

「ここで一番強い人は何段なんですか?」

「部長が黒帯だよ。一段」

「二段ってすごいんですか?」

「すごいよ。二年でひとり二段持ってる子がいるんだけど、空手部入ってくれないんだよなあ」

 米内よない先輩のことか。

「その人、強いんですか?」

「馬鹿強いんだよ。中学生の時の体験入学で当時の空手部部長を再起不能にしたって伝説がある」

 あの米内先輩にそんな伝説があったとはな。

 明日は剣道部をのぞいてみよう。


 玄関に向かうと、布井くんがいた。

「お見舞い、もういいのか」

「うん。話も出来ないし、なんだか辛くなっちゃってさ」

「そうか」

「……上神にわくん、ちょっと時間くれない?」

「ああ」

 布井くんが近くの公園に向かって歩き出したからついて行く。


 同じ制服のカップルらしき二人もいるけど、本当にこの公園でいいのか。

 布井くんが黙ったままだから、俺がなんか話すか。

「パーティー部で部長と副部長に会ったよ」

「どうだった?」

「部長の常葉ときわ先輩がすごくこう、なんだろうな。うっかり泣かせてしまったんだが、なんだろう……う~ん……すごくドキドキわくわくした。この気持ちなんだと思う?!」

「……上神くんさ、ボクがすげーヘコんでんのによくそんな相談出来るね」

「え? だってどうだったか訊いただろ」

「訊いたけども! それはボクが悪い! ああ~! なんかグダグダヘコんでんの馬鹿らしくなってきた!」

「そうか」

 なんか知らんが勝手に立ち直ってくれたらしい。

 でもまだ帰宅する気はないようで、布井くんが公園のシーソーに座ったから俺も反対側に座った。シーソーがグンと俺の方に傾く。

「布井くん軽っ!」

「上神くんが鍛えすぎなんじゃないかなぁ?! いや、そもそも上神くんの方が背高いしさ!」

「で? そっちはどうだった?」

「どうって……またねって、挨拶してきただけだよ」

「まあ、そうだよな。あの児童館、よく行くのか?」

「ううん。行ったのは昨日が初めてだよ」

「随分仲良さそうだったけど」

晴留はるとはさ、となりの家に住んでたんだ。晴留の家とは家族ぐるみで付き合いがあって、たまに一緒に遊んでたんだ。家の前でキャッチボールしたりとか、最近はゲームに興味持ち出してさ……はは、まだ幼稚園児なのにさ」

 そうか。付き合いは短くないのか。

「ボクを見かけると全力で走って来て、兄ちゃん遊ぼう、ていつも言ってきてさ、可愛いんだよな。ちょっと生意気な時もあったけど、でもすっごく楽しそうにボクのところに来るのを見ると、なんでも許せる気になって……ボクにとっては弟みたいなもんで……なんで助けてやれなかったのかな、って……」

「交通事故だったんだろ」

「仕方ないのはわかってるけど……助けられたかもしれないのに……」

 単純に、すごいなと思う。

 赤の他人のためにここまで悲しめるのか、布井くんは。

 普通はこうなんだよな。身近な人が事故に遭ったら悲しいよな。

 シーソーを降りて、布井くんの背中を思いっきり叩いた。

「いっ……?! な、なに……?!」

「布井くんはいいお兄ちゃんだな」

「は……? え……いや、すご……ちょ、マジで痛いんだけど……」

「もっといいショーに出来たらよかったな」

 晴留くんも他の子も笑顔だったけど、あれが最後になるかもしれないと知っていたら、もっとなにかすごいことが出来たかもしれないのに。本気でもっとアクロバティックなことをして、みんなをもっと喜ばせることが出来たかもしれないのに。

 布井くんが首を横に振った。

「十分だったよ。っていうかあれ以上って何するつもりなんだよ……」

「布井くんに寝技をかけてピンチにしてから、壁を壊すくらい派手なやられ方を」

「やらなくてよかったよ! 迷惑だな! ……いてっ……ねぇ、まだ痛いんだけど」

「そうか。確かに迷惑だな。なるほど」

「……上神くんは本気でやってくれたでしょ? ボクはわかってたよ。上神くんがいれば晴留はすげー喜んでくれるって。だから上神くんを誘ったんだ」

「格闘技経験ある奴なら他にもいそうだけどな」

「そうじゃないよ。上神くんじゃなきゃ、ああならなかったんだって。ボクは知ってたんだ。でも、上神くんは何を知ってても知らなくても、あそこで飛んでくれただろ?」

 布井くんは、なんだかよくわからない不思議な言い方をするな。

 そういえば最初からそうだったかもしれない。

「まあ、反射的になったことだからな」

「もうそれでいいや。晴留に楽しい思いをくれて、ありがとう」

「……そうだな。でも俺だけじゃないだろ。布井くんも、米内先輩も一緒に頑張ったんだから」

 頼りなさそうな布井くんの金髪を片手で乱す。

「……ちょっと待って、上神くん、この時間でも受け付けやってる病院知ってる?」

「え?」

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