第8話 となりの席に白い子が来た

 教室には布井が先に来ていた。

あきら、おはよ」

「おはよう、布井」

 布井の奴、すっかり元気になったみたいだ。体の方は全然元気じゃないだろうけど。

「すまん。とても悪かったと思っている」

「もういいって。ボクもまさか肋骨にヒビいってるとは思わなかったし。折れてなくてよかったよ」

「肋骨つらいだろ……寝起きとか、呼吸も大きく出来ないし」

「まあ、それはそうだけど。哲もやったことあるの?」

「ああ」

「格闘技やってたらあるか。でも哲だって悪気があったわけじゃないし、むしろボクのこと励まそうと思ってやってくれたことだろ? ホント、怒ってないから」

「わかった。じゃあもう気にしない。それにお詫びもちゃんと持ってきたしな」

「それすげー嬉しい。お昼が楽しみだなあ。そういえばさ、哲のとなりの席、今日鞄あるね」

「そうだな」

 昨日も一昨日も無人だったから休んでたんだろうな。入学式に来られないなんてちょっと気の毒だなと思っていたことを思い出した。

 少しして教室に、担任と一緒に小柄な白い女の子が入ってきた。

 白い。髪も顔も白い。うつむき加減の赤い目がよく動く。

 別に白い髪には驚かない。布井は金髪だし、他にもオレンジの髪の人だっている。染髪は校則で禁止されてはいない。俺への印象は良くないが。

 でも、違う。この子はなんというか……ただ、綺麗だった。

千屋ちはや、自己紹介」

「あっ、はいっ……ち、千屋ちはやれい、と申しますっ、よろしくお願いしますっ」

 声は震えてたのに、すごい勢いで九十度のお辞儀をした。

 貧血持ってそうな子だな。そんな急に頭下げて大丈夫か。

 同じ勢いで姿勢をまっすぐに戻した千屋さんがぎこちなく歩いて、俺のとなりの席に座った。

 顔色悪いけど、大丈夫か、この子。

 そのまま一限目が始まって終わる。


 忍者みたいな動きで布井が俺の横にやってくる。

「なんだ? 不便なことでもあったか?」

「なくて……え……かわいすぎない……?」

「は?」

 布井が俺のとなりをちょいちょいと指さす。

「ああ、まあ……」

 かわいい。とてつもなくかわいい。多分住む世界が違う。話しかけたら駄目な人種だ。俗世間に触れさせてはいけない感じの。

 周囲を見渡すと、結構な人数がこっちの方を見てひそひそと何か話している。多分千屋さんに話しかけるのを躊躇っているんだと思う。

 その渦中の人、千屋ちはやさんが不意にこっちを向いた。

「……あ、あの……」

「はい?! ……っ」

 急に立ち上がった布井が脇腹を押さえて苦しんでいる。

「大丈夫か……?」

「う、ん……」

「布井くん、ですよね……?」

 なんだこいつ。千屋さんと知り合いだったのか。

 という目で布井を見ると、首をぶんぶんと振られる。

「えっ、ど、どこかで、お会いしま、した、っけ……?」

「ええ。昨日の夕方、病院で。名前を呼ばれて診察室に入室されたのを私が一方的にお見かけしたただけ、なので布井くんは知りませんよね。あの、大丈夫ですか?」

「あ、なるほど、病院でね……。あ、はは……肋骨にヒビ、入っちゃって、はは」

「それは大変です。座って安静にしていた方がいいのではありませんか」

「あ、うん。はい」

 布井が席に戻った。

「あっ、あの、ボク、布井和希ですっ。れいちゃんって呼んでいい?」

「バカお前いきなりそんな」

「はい。構いません」

 いいのか。

 深窓の令嬢的な笑顔の千屋さんの視線が俺に向いて固まる。

「……えっと」

「俺は上神にわあきら

「上神くん」

「千屋さんこそ大丈夫か? ずっと顔色悪いけど」

「それは……おそらく緊張が原因です」

「ならいいけど、昨日病院にいたんだろ? 一昨日から休んでたみたいだし、どこか悪いんじゃないのか?」

「えっと……流行性感冒、です」

 布井が首を傾げる。

「何? そのちょっとランク高そうな病気? 大丈夫?」

「ただの風邪ってことだ」

「そうなの?」

「あ、はい。そういう名称もあります。そちらの方が一般的でしょうか

?」

 ちょっと変な話し方をする子だな。和訳みたいだ。

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