第6話 かわいい顔のおっさんがいた

 昨日来た、印のない部室をノックする。

「はーい」

 太めの男の声が返ってきたから、戸を開ける。

「失礼します」

 室内には米内よない先輩と、見たことのない男子生徒が二人座っている。

「あ、上神にわくん! 昨日はどうも」

「米内先輩、こちらこそ、ご指導ありがとうございました」

 座っている男子生徒のひとりは金髪で切れ長の目をしていて、もうひとりは大柄で口の端に絆創膏を貼って……ちょっと待て、この人、本当に学生なんだろうか。制服を着た顧問、の可能性もある。お顔が妙におっさんだ。

「米内、さっき言ってた奴?」

「そ。昨日手伝ってくれた上神哲くん」

 金髪が立ち上がってこっちに来る。

「よお。オレ、副部長の来河渉ってんだ。二年な。ここにまた来たってことは入部希望か?」

 すごいヤンキーっぽい見た目を裏切らないヤンキー感だな。そんなヤンキーでも俺ならシャープペン一本で……おっと、また余計なことを考えてしまった。

 来河先輩、というとこの人が布井くんがすげーすげー尊敬している先輩か。なるほど。しっかりとしたヤンキーだ。

「一年の上神哲です。パーティー部がどんな部なのか知りたくて来ました」

 来河先輩にばしばしと背中を叩かれる。

 思わずその腕をとって肩の間接を外しながら頸動脈にシャープペンシルを刺しそうになるのをぐっと堪えて、ただ立ち尽くす。

 米内先輩のため息が聞こえた。

「来河、急な暴力は布井だけにしておいた方がいいわよ」

「おう、わかった」

 もっと絡まれるかと思ったけど、来河先輩はパッと離れてくれた。

 絆創膏のおっさん顔がすっと立つ。

「わしは三年の常葉正重だ。パーティー部の部長だ。よろしくな、上神」

「『わし』……?」 

 え、なに、ちょっと待て。このおっさん、やっぱり顧問じゃなくて生徒なのか。いや、おっさんというか、雰囲気が最早じいさんだな、この人。

「顧問が制服を着ているわけじゃないんですね。定時制の三年生ですか?」

「ぼっふ!」

 来河先輩がものすごく笑っている。笑いを堪えるという機能がないかのように無遠慮に笑っている。米内先輩も後ろを向いて肩を震わせている。

「ふえ……わし、まだ十七歳だもん……老けて見えるかもしれんけど……十七歳だもん……」

 泣いた。

 やばい。三年生泣かせた。

 来河先輩が俺の肩に震える手を置く。

「ふへはははっ、それはっきり言うかよー! いやー、おもしれー! サイコー! ぐわははっ。これで高三ってマジうけるよなー!」

 いや、常葉先輩ものすごく泣いてるけど。いいのか。

「上神くん、まあ、座って座って。トキーちゃんもいい加減泣きやんでください」

「『トキーちゃん?!』」

 なんだそのかわいらしいあだ名は。常葉先輩のことなのか?! そうなのか?! いや、確かにこんなすぐ泣いてかわいいと言えば、かわいい、かもしれないが。なんか鳴き声もすんすん系だし。あれ? 常葉先輩とその周辺がキラキラして見える。これは蜃気楼か。

「あの……なんかすみません。悪気があったわけではなくて」

「ふえん……わかってる……別にいいぞ……わしの老け顔が悪いんだ……」

 うっ。キラキラが眩しい。なんだこれ。キラキラが視神経から脳に、何かの感情を伝達してくる。こんな気持ちは初めてだ。なんだ、これは。心臓が痛い気がする。

 常葉先輩がしおらしく泣いていると、胃のあたりが苦しい。だというのに、もっと見ていたいと思う。

 常葉先輩が泣きやむまでの間に、来河先輩がお茶を出してくれる。

「ほい」

「ありがとうございます」

「和希と同じクラスなんだって?」

「和希って誰ですか?」

「布井のことよ」

「ああ」

 そういえばそんな名前だったような気もする。覚えてないけど。

「来河先輩は布井くんとは付き合いが長いんですか?」

「おう。まあ、長いっつても中学ん時からだから、そこまでじゃねーけどよ」

「上神くん、部に関して訊きたいことがあるって?」

「あ、はい。パーティー部って、なんなんですか?」

 児童館でヒーローショーをするパーティー部ってなんなんだろう。

「ほら、トキーちゃん、部長の出番ですよ」

 いつの間にか泣きやんでいた常葉先輩が鼻をすする。目元と鼻が赤くなっている。こういうキャラクターいそう。トキーちゃん、というあだ名がもう既にキャラクターっぽい。

 トキーちゃん。

 やばい。パーティー部がなんなのかを質問しておいてなんだけど、トキーちゃんというあだ名が気になりすぎて何も頭に入って来ない気がする。

「上神は昨日児童館でのヒーローショーを手伝ってくれたな。あれは児童館でのパーティー活動だ。パーティーというと豪華な食事とか催し物で盛り上がる会、みたいなイメージだろう?」

 トキーちゃんというあだ名の常葉先輩が人好きのする笑みで俺を見てくれる。トキーちゃんってなんだ。

「そうですね」

「……実際そういう活動もあるんだが、パーティーには別の意味もあってな。一緒に何かを成す仲間、だ」

 そういえば登山でパーティーを組む、という言葉を聞いたことがあるな。

「わしらはパーティーを組んで、困っている人の応援をする活動をしているんだ」

「応援、ですか」

「平たく言うとグループでのボランティア活動かなあ」

「ボランティア? どうしてボランティア部じゃないんですか?」

「ボランティア部だとボランティアしかできんだろ」

「はい?」

「対価をいただく活動はボランティアではないからな」

「なるほど。活動範囲が広そうですけど、部費で賄えるんですか……?」

「財源は滅多に来ない顧問の富豪先生なんだ」

 富豪先生か。ならわりとなんでも出来そうだな。

「と言っても常に出かけて何かしているわけではなくて、普段の活動は部員の親睦を深めるためにここでごはん食べたり、小さなパーティーをする程度だなあ」

「なるほど。パーティーですね」

 半分遊ぶボランティアみたいな部といったところか。

 ところでトキーちゃんってなんなんだ。

 もしかして俺が知らない、トキーちゃんというおっさんのキャラクターが存在しているのではないだろうか。

「上神はどこか他に入りたい部活があるのか?」

「空手部か剣道部を考えています」

「ほえ~、そういえば布井が上神は運動神経がいいと言っていたなあ」

「空手ならさ、亜子得意だよな。二段だっけ?」

「うん。でも上神くんには勝てないかも」

「どの口がそんなこと言ってんだよ。去年全日本空手道選手権大会で優勝してなかったか?」

「したけど」

 なんだと。

 大会のことはよく知らないが、全国一位の腕って、下手すると高校の部活動以上なのでは。

「米内先輩はどうして空手部じゃないんですか?」

「ん~、ここが一番自分を生かせるとわかったから」

「パーティー部がですか」

「そ」

 どういうことなんだ。全国一位が空手部で力を発揮する以上に、こんな遊び半分みたいなパーティー部が有意義なのか。

 そんな馬鹿な。

「上神くんも昨日ちょっと思ったんじゃない? ボランティアも悪くないなーって」

「確かに、ちょっとは思いましたけど……あんなに誰かに喜んでもらえたことって、ありませんでしたし」

「でしょでしょ。じゃあ、入る? パーティー部」

 なんということだ。

 ここに来る前は、というか途中までは全く入部する気なんてなかったのにな。

「……他の部の見学をしてから考えます」

「そりゃそうだな。気になるとこちゃんと全部見て来いよ。その上でウチを選べ」

「これ、来河。強制するもんじゃないぞ」

「だってみんな上神のこと大歓迎だろ?」

「勿論だ」

「うん。でも上神くん、じっくり考えてね。私達は上神くんの意志をちゃんと尊重するから」

「わかりました。ところで米内先輩」

「なに?」

「『トキーちゃん』とは、なんですか?」

「今そこ気にする?!」

「そういうキャラクターがいるんですか? 俺、流行に疎くて」

「いないいない! ただの常葉先輩のあだ名よ」

「え、いない? こんなおっさんの顔に『ちゃん』つけるなんてどうかしていませんか?」

 来河先輩が奇声を発して部室を出て行った。

 常葉先輩は再び泣き出し、俺は米内先輩に部室をそっと追い出された。

 トキーちゃんについては結局何も教えてくれなかった。

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