第4話 怪人は人気がある

 怪人から人が出てきたら怖いだろうから、ホールからそっと出て、中の様子を伺う。

 布井ぬのいくんと子供が楽しそうに話している。ヒーローはやっぱり人気だな。始まる前はあんなに緊張していたのに、成功してよかったな布井くん。

 米内よない先輩の顔が急に現れる。

上神にわくん、何してるの? こっちおいでよ」

「俺がいると子供が泣きますよ」

「大丈夫よ。最近の子供はショーはショーだってわかってるから」

 そんなもんなのか。

 米内先輩に手を引かれてホールに戻る。

「あ! 怪人の兄ちゃん!」

 なんか子供が集まってきた。

 この環境、はっはっはー本物の怪人だぞー、とか言って五秒で全員始末出来るな。

「大丈夫ー? すっごい飛んでたけど……」

 ああ、本当だ。全部わかってるんだな。

「大丈夫だよ。訓練してるから」

「すっげー! どうやってやるの?!」

「こうやって、肩から腕全体で床に当たる面積を多くして、衝撃を逃がす」

 その場に軽く転がって、バンッと床を叩く。

 子供達から歓声があがった。

「かっけー!! ねぇねぇねぇ、こう?!」

 小学校低学年くらいの男の子が俺の真似をして床に転がる。

 子供に面積の話なんてわかるわけもないから、手のひらでただ床をばんばん叩いていてかわいらしい。

「うまいうまい」

 床を叩いていた男の子がもたもたと立って、足にしがみついてきた。

「おれも怪人になれる?!」

「怪人になるのはどうかと思うな。ヒーローはどうだ?」

「やだ! 怪人がいい! 怪人の方がかっけーもん!」

 ものすごく熱心な怪人信者だな。将来が不安だ。

 俺の足下でごねる男の子を、布井が抱き上げる。

晴留はるとー、かっこいい怪人のお兄ちゃんが来てくれて嬉しいか?」

「うん!! 和希かずき兄ちゃんの百倍かっけー!!」

「そうだな。あきら兄ちゃんかっこよかったな」

「うん!! 哲兄ちゃんかっけー!!」

 布井くんすごいな。自分が貶されたこと流せて。子供相手だしな。怒っても仕方ないよな。

 でも布井くんの周りには大勢の子供達がいる。

「マクロライドの兄ちゃんも力すごかったよ! あんなに人ぶっ飛ばせるんだね!」

「え? は、はは。そうだろ、すごいだろ!」

 布井くん、他人の力が勝手に自分の手柄になってだいぶ戸惑ってるな。

 布井くんだけじゃなくて俺の周りにも子供がいる。

 怪人にも人気が出る世の中なんだな。

 なんだか、変な感じだ。みんな笑ってる。子供達も職員も、布井くんも、米内先輩も。誰ひとりとして悲しい顔なんてしていない。

 この空間は、なんていうか、なんだろうな。

 胸のあたりがむずがゆい。


 子供達の保護者が続々と迎えに来る。

「あ、晴留はると! ちゃんと気をつけて帰れよ!」

 布井ぬのいくんが保護者が迎えに来た男の子の手をぎゅっと握っている。

「和希くん、ありがとね。また晴留と遊んでください」

「もちろん! 晴留、本っ当に車には気をつけろよ!」

「うん。またね、和希兄ちゃん!」

 そういえば米内よない先輩は……職員の人と何か話しているな。あ、終わったみたいだ。

「よし、布井、上神にわくん、帰ろっか」


 夕暮れの赤で外はまだ明るい。

「上神くん! なにあのぶっ飛び?! まじでびびった!」

「ああ……つい反射的に」

 そうだった。俺、予定にないことをしたんだった。

 これまで幾度となく俺を助けてくれた俺の反射・フレックが、初めて俺を窮地に立たせている。

「米内先輩、すみませんでした。台本と違う動きをしてしまって」

「なんで謝るの? 寧ろよかったのに! 子供達も壮大なアクションに大喜びしてたし。上神くんならなんかしてくれると思ってたのよね~。ね、布井?」

「う、うん。倒れた時すごい音してたけど、ホントに怪我とかしてない?」

「ああ。受け身はとったから大丈夫だ」

 前を歩いていた米内よない先輩が振り向いて笑う。

 先輩の背後からの夕日が先輩の顔に影を作る。

「上神くん、今日は本当にありがとう。ショーが大成功したのは上神くんのおかげよ。上神くんはすごいね」

「そんな大したことじゃありませんよ。フレックのおかげです」

 危機を察知出来る奴なら誰だって出来るというか、してしまうただの反射だ。フレックは誰の全身にも住んでいる。

「いやいやいやいや! ん、フレック……? まあいいや。上神くん、だいぶすごかったからね?! ほんっとに上神にわくんに頼んでよかった~!」

 二人とも、大げさだな。

「うん。大したことよ。聞いたでしょ、さっきの歓声。みんな喜んでた。今日のショーを本当に楽しみに心待ちにしていたからね。上神くんが体を張ってくれたから、薄っぺらいショーにならなかった。私も君にとっても感謝してるの。今日は応援、ありがとう」

 俺はただ誰かの悲しいことをなくしたいと思って行っただけだ。こんなに喜ばれるなんて全然思っていなかった。俺がこれまで磨いてきた技術の一端で、あんなに喜んでくれる人がいるのを初めて目にした。

 あんなに優しい空間があることを、初めて知った。

 さすがは夢だ。現実にはないものを見せてくれる。

「そういえば、あの台本ってパーティー部の誰かが書いたんですか?」

「私よ」

「えっ。米内先輩、脚本能力ポンコツなんですね」

 米内先輩ってなんでもそつなくこなす雰囲気だったけど、不得意なこともあってちょっと可愛いな。そうか、この人があのダサい台本を書いたのか。なるほど。

「ちょ、上神くん……?! なんでそういうこと言っちゃうかなあ……?! ほら、あれは子ども向けだったしさあ!」

 布井くんは焦っているようだけど、当の米内先輩は笑っている。

 米内先輩の怒ってはいないらしい柔らかい力で、頭を雑になで回される。

「ふふっ、正直にどうも。上神くんは不思議だね。君は自分で思っているよりもたくさんの事が出来るよ」

 長い前髪が乱されて、視界が拓ける。

 夕焼けって、こんなに明るかったんだな。

 明日も天気が良さそうだ。

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