第3話 台本通りにはいかないもんだ
放課後になった。
ヒーローショーをするという児童館まで三人で歩く。
「
「は、はあ?! なんで……?!」
布井くんが想像していたよりも動揺したから俺も驚いた。
「学校で言ってただろ。尊敬している先輩がいるって」
「え? ……ああ、あれ
「違うのか」
「うん。っていうか尊敬と好きは違うだろ~」
「そういうもんか」
布井くんと同時に頭を軽く叩かれた。
「こら。聞こえてるっての。なんでそういう話を小声でしないかなあ。
そういうのってなんだろうな。
「よくわかりませんけど、布井くんって嘘吐くの下手そうじゃないですか」
米内先輩が何度か頷いてくれる。やっぱりそうなのか。
「えっ、ボク、嘘下手?!」
布井くんの驚愕は無視しよう。過半数が認めている現実にわざわざ答えてやる理由がない。
「だったら好きな相手にも感情ダダ漏れだろうし、俺がこそこそする意味ないですよね」
「概ね正しいわ。それに私には隠す意味ないしね」
「はい?」
「布井が尊敬してるのはね、私と同じ二年の
「そうなんですか。その
「うん。あと部長もいるんだけど、今日は二人ともちょっと外せない別件があってね」
へえ。米内先輩が部長じゃないのか。そういえばこの人、自分が部長だとは一言も言ってないな。
「ところで、尊敬と好きが別な感情かって話は興味深い議題よね。ね、布井」
「別っすよね? ボク別に
「ん? 尊敬しているから好きなんじゃないのか?」
「もしかして
「他に何かあるんですか?」
「あるでしょ。恋愛的なのとか家族的なのとか」
「じゃあ恋愛的なやつで」
好き、の種類なんてよくわからない。
なんでもいいだろう。好きなものは好きで。
「そういうんじゃないって! ただ単に尊敬してるんだよ!」
とても本気で尊敬しているようには聞こえない言い方だな。
「ていうか、わかるでしょ!
米内先輩がとても面白そうに笑っているから、わかっているんだろうな。
「ふふっ、ごめんごめん。なーんか君達面白いんだもーん」
児童館の裏口みたいなところに着いて、職員の人についていく。
普通なら裏口の戸が開いた瞬間にこの職員の喉元を掻き切って始末するところだが、今だって無防備に背中を向けて歩いている。こいつはいつでもやれる。
おっと。俺はもう殺し屋じゃない。もうどう始末するかを考える必要はないんだ。
米内先輩が何か言いたそうにしている気がする。ああ、俺、職員の人に挨拶してなかったかもな。
「……
なんだ。控え室を伝えたかっただけか。
控え室に入ってすぐに、布井くんが持ってきた衣装に着替える。衣装といっても俺は制服の上から緑のゴミ袋みたいなものをかぶるだけだし、米内先輩は制服のままだ。
「あ~、緊張してきた! 上神くん、ボクこういうの初めてなんだよ~! 緊張する~!」
「そうか。俺も初めてだ」
「上神くんはその割に落ち着いてるね」
「緊張してないからな」
俺は緊張を経験したことがない。緊張した人間を見たことはあるが、体が思い通りに動かないらしく始末しやすいことだけは知っている。
「さて、布井、上神くん。行きましょ」
米内先輩と布井くんがホールっぽいところに出て行って、ショーが始まる。俺の出番は最後だ。ぼーっと二人のやりとりを見ていると、わりとすぐに出番がきた。よし、被り物をして出て行こう。これ思った以上に視界が悪いな。
まず
あ、触ってはいけないような柔らかいところを触ってしまっている気がする。事故だ。事故ってことにしよう。
「きゃー! 助けて、マクロライド!」
「はっはっはー、こいつを返してほしければ我を倒してみるがよい!」
「出たな! 怪人カンピロバクター! とうっ!」
前が良く見えないから風圧に危機を感じて、反射的に距離を稼ごうと回転しながら結構後ろに飛んでしまった。なんてことだ、フレック。台本には『その場に倒れる』としかなかったのに、派手な動きをしてしまった。ひとまず倒れなきゃ。あ、受け身とったらなんかすごい音がした。
「うわー、やられたー」
ま、いっか。このまま死んだふりしとこ。
「……か、怪人カンピロバクターを倒したぞー!!」
子供達の歓声が聞こえる。
ああ、よかった。泣く子はいないみたいだ。
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