第2話 変な同級生に負けた
まだ慣れていない通学路を踏む。
さて、空手部にしようか、剣道部にしようか、他に格闘技系の同好会があったらそこにも顔を出してみようか。同好会も、昨日もらった部活動一覧でもう一度確認しよう。
殺し屋とは俺はもう無関係だ。間違えて人を殺してしまう前に、真っ当な格闘技術を体に叩き込んで、相手を怪我させるだけに留めなくてはいけない。俺はこの夢の中で普通の高校生になるんだ。
そのためにも、今日からはじまる部活動見学週間が楽しみだ。
昨日あんな逃亡を謀ったから、教室に入った途端、
戸が開きっぱなしの教室に入って席に着く。
すでに後ろの席に布井くんがいるのは目視確認がとれている。
だというのに、布井くんが話しかけてくる気配がない。
どうしたんだろう。昨日かなり執拗に断ったから諦めたんだろうか。他にいい人を見つけたのかもしれないな。それならそれで助かる。
「お、おはよう、
「おはよう」
いや、諦めてはいないな。ものすごく躊躇いがちに挨拶された。
「具合でも悪いのか? 昨日はすごい勢いだったのに」
「悪くないけど……
こいつ、俺が思っていたよりタフじゃないらしい。
この金髪も、ピアスも、高校デビューなのかもしれないな。
「昨日は布井くんがあまりにもくどくて、俺もきつい言い方をして悪かった」
「なにそれ……? 怒ってんの……? 謝ってんの……?」
「両方だ」
「ええ~……? あのさ、つまり、
「ことではない」
布井くんがため息を吐くけど、俺は俺で部活動見学に真剣なんだ。悪いな。
「どうしてもダメ? ボクがこんなに困ってるのに?
普通の高校生、か。
俺はそれになるために
「……わかった」
「え?! マジ?! いいの?!」
「いいけど、俺、演劇なんか出来ないぞ」
「大丈夫、全然大丈夫! ありがとう! じゃあさ、昼休みに軽く打ち合わせな! 昼メシも部室で食おうぜ!」
すごく元気になった。
部活動見学期間は一週間ある。今日一日くらい潰して、それで布井くんが元気になれるなら、俺はいい選択をしたんだと思う。
ただ、部活動一覧の冊子に『パーティー』という部を見つけることは出来なかった。
昼休みになった。
すぐに布井くんが前に来る。
「
「ああ」
俺はパーティー部の部室がどこにあるのか知らないから、布井くんの斜め後ろからついて行く。
そもそも本当にあるんだろうか、パーティー部なんて。どういう経緯で認められているんだろうな。
「布井くんはなんでパーティー部にしたんだ?」
いや、布井くんの見た目的にものすごくパーティーっぽくはあるんだが。
「ん? お世話になった先輩がいてさ。入学前から誘われてたんだ」
「中学の時の?」
「そ。ボク、その人のことすっげーすっげー尊敬しててさー、同じ部に入れるなんて最高じゃん」
「その先輩もヤンキーなのか?」
「いや、ボク、ヤンキーじゃないし」
先輩がヤンキーじゃないことは否定しなかったな。
「ここだよ」
なんだ、ここ。何の教室でもないのか。戸にも戸の上にもなんの表示もない。なんかあやしい場所だ。
「ちーっす。
布井くんの後ろから部屋に入ると、小さな水槽の前に立っていたショートカットの女子生徒が振り返った。背が高めで、スラッとしていてモデルみたいだ。
「ご苦労、布井」
布井くんが先輩と呼んだんだから、二年生か三年生なんだろうな。俺も敬語使わないと。
「はじめまして。布井くんと同じクラスの
正面から見ると、真面目そうな美人系だ。秘書っぽい。かといって冷たい印象は受けないけど。なるほど、これが布井くんがすっげーすっげー尊敬している先輩、だろうか。
布井くんほど隙はないけど、素人か……? ゴキッと首を捻って始末するのに後ろをさっと取れるかちょっと怪しい。何者なんだろう。
いやいや、こんなこと考えちゃ駄目だろ。俺はもう普通に人は殺さないんだから。人を殺すことは普通じゃないんだ。
「……えっと、私は二年の
「いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「
「うん」
「ボクも確認したいっす」
「どうぞ」
長テーブルの上に置いてある紙が布井くんの手に渡る。
ここって、部室、なんだよな。
さっと見回した感じ、テレビやポットがあったり、ホットプレートや電磁調理器なんかも見える。あとは小さな観葉植物に、戸がついた棚の中には鍋や食器すらあるんじゃないかと思ってしまう。
誰かの居住空間なんだろうか、ここは。
いや、確かにパーティーが出来そうな部屋でもあるんだが。
あと、
「あの、一つ確認していいですか?」
「うん、なに?」
「ここは、パーティー部、で間違いありませんか?」
「うん。パーティー部で合ってるよ。ああ、あれ? あれはクッキング同好会で買い換えたからいらなくなった調理器具を引き取ったやつね。型は古いけどまだ全然使えるから捨てるのもったいないでしょ」
もったいないけども。ひとまずここには本当にパーティー部が存在していることがわかった。俺が騙されていない限り。
「はあ、そうなんですか。あの、ヒーローショーをすると伺ったんですが、俺、演技なんてやったことなくて」
「あー、大丈夫大丈夫。
「はあ、そうですか」
その程度ならまあ、本当に大丈夫だろう。
夢の中の出来事とはいえ、あまりおかしなことはしたくない。俺が目指しているのは普通だ。
「
「どれ」
「ごはん食べながら見よう」
「え?! うまそー!」
「それはどうも」
「まさか手作り……?」
「ああ」
布井くんが大げさに驚いたからか、
「うわっ、お世辞抜きで美味しそうなやつね。上神くんって料理得意なのね」
「人並みにする程度ですよ」
別にごくごく普通の青菜ご飯と、鶏の唐揚げと、玉子焼きと、ツナトマトサラダが入っているだけなのに。
「これを人並みで済ます君怖いなー。私のは親が作ってくれたのだし。布井もでしょ?」
「当たり前っす」
逆に親が作ってくれる方がすごくないか。食事当番は下の立場の者の役目だろ。
「自分で作ると好きなものを好きなだけ詰められていいことずくめですよ」
「出来る奴の言葉よねぇ」
「っすね」
二人とも大げさでなんだかむずがゆい。
「食べにくいからもうあんまり見るな。ほら、台本見るぞ」
「あ、ごめん」
俺の役は確かに簡単な台詞だけだ。これなら覚えるというほどのものでもないし、誰にでも務まるだろうな。適当で問題なさそうだ。
でも、だとしたらどうして俺でなくてはならなかったんだろうな。どうでもいいけど。
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