これがパーティー

あだち

上神哲入部編

第1話 変な同級生にからまれた

 これは多分長い夢なんだと思う。

 高校に通いたいと願ったことは、特にない。

 ただ俺は、これまで多くの人を泣かせて来た分を取り返したかったんだと思う。夢であっても時間は戻らないらしいから、他のなにかで取り返さなければならない。

 だから今、この雪瑞ゆきみず高校の教室にいる。

 入学式直後の教室では、クラス全員の簡単な自己紹介のため、さっきから担任が生徒の名前を次々に呼んでいる。

 二つ前の席の男子生徒が大きな声で自己紹介をしている。

「部活動は剣道部にしようと思っています」

 剣道か。実際のところ、空手と剣道では、どちらの方が有用だろうか。

 空手、だろうか。道具を必要とする剣道より、身一つで事足りる空手の方がいつでもどこでも力を発揮出来るよな。でも、剣道の方が殺傷能力が高くはないだろうか。

 そうだ。空手をする俺と剣道をする俺を戦わせてみたらいいんじゃないか。

「次、上神にわあきらー」

「あ、はい」

 次は俺の番か。

 春の陽で茶色がかった前髪が柔らかく照らされるのが視界に入る。前に髪を切ったのっていつだったっけ。

上神にわあきらです。中学までは柔道をしていました。ここでは空手部か剣道部への入部を考えています。よろしくお願いします」

 嘘だ。柔道なんて微塵も噛っていない。それどころか中学校すらまともに通ってはいない。本当はずっと暗殺技術を磨いていた。暗殺技術ってなんだって思うけど、そういう夢なんだから仕方ない。

 それに、俺はもう殺しはやめたんだ。そういう設定の夢らしい。

 自己紹介を終えたから、軽く頭を下げてから席に着こう。

「次、布井ぬのい和希かずきー」

「はーい」

 後ろの席の男子生徒が返事をして立ち上がる音がした。

「布井和希でーす。出身は八朔中学で、趣味はピアノを弾くこと、かな。あ~、でも軽音部の勧誘はなしな。もう入る部は他に決めてるから。みんなよろしく~」

 うわ、チャラそうな奴だ。

 一体どんな奴なんだ。ちらっと振り向いてみよう。

 無造作に遊ばせた金髪と、両耳にはシンプルなピアスの、不良の典型みたいな男子が足を閉じて座っている。

「不良だ」

「え」

 目が合ってしまった。

 ものすごく弱そうだ。ヤンキーの下っ端感が半端ない。どんな方法をとっても確実に一瞬で始末できる。隙の塊じゃないか。

 布井くんがにっこりと笑う。随分と人なつっこい笑顔だな。

 でも、あえて無視して、すっと前を向き直す。

 チャラ男とは関わらないぞ。俺はこの夢の中で真面目な学校生活を送るんだ。


 クラス全員の自己紹介が終わる。

 ところで、俺の左隣りが空席だ。せっかく窓際の席なのに入学式早々休みの奴がいるのか。災難だな。

 先生からの、明日から早速授業があるというありがたいお知らせで解散になった。

 さっさと帰って筋トレでもしよう。

 そう思ったのに、制服が後ろから引かれた。

上神にわくん、これからよろしく」

「……あ、ああ。よろしく」

 後ろの席の不良が、なんでわざわざ話しかけてくるんだ。布井、と言ったか。正直あまりよろしくしたくない部類の人間だ。高校生の身分で、髪の染色や不要なアクセサリーを身につけるなんて、学校に何をしに来ているんだ。

「なぁなぁ、なんで柔道部に入んないの? ここにもあるよ、柔道部」

「知ってる」

「じゃあなんで? 実は嫌いだったとか?」

 なんだこいつ。今日初対面の俺のなにがそんなに気になるんだ。好奇心の妖精なんだろうか。

「気にしなくていいと思う」

「ええ~? 気になるでしょ~! ずっと柔道やってた奴が、高校入ってやらないって。柔道やってたって言ったからここでも柔道部に入りますって自己紹介かと思ってたから、ズッコケそうになったわ」

「着席してるのにズッコケるわけないだろ……?」

「はへ……? あ、ごめん。それはものの例え」

 なんだ。例えか。これだからチャラい奴は。

「別に柔道が嫌なわけじゃない。あ、そうだ。剣道と空手ってどっちの方が有用だと思う?」

「へ……? えっと……」

 布井くんが返答に困っている。そうだろうそうだろう。すぐには答えられないよな。

「よし。俺が空手をやるから、布井くんは剣道をやってくれ。戦って決めよう」

「なに言ってんの?!」

「同時に見ればなんとなくわかるだろ。あ、じゃあもう一人いないと俺が見る側になれないな……」

「け……剣道なんてやったことないよ!」

「大丈夫だ。俺も空手やったことない」

「本末転倒!」

「細かいことは気にするな」

「細かいかなあ?!」

 驚きや焦りの顔の種類が豊富な不良だな。

「嫌ならいい。帰る」

 鞄を肩にかけて立ち去ろうとすると、鞄の紐が引かれた。

「ま、待って! 明日の放課後付き合ってほしいところがあるんだよ」

「明日は剣道部の見学に行きたいから断る」

「え?! そんな無碍に?! 断る?! なんで……?!」

「なんで、て……別におかしくはないだろ? 俺が君の用事に付き合う理由がないんだ」

「ええ~……? 理由、はまあ……ええ……? なんでボク、断られたの……?」

「『ボク』?! そのナリで?!」

 布井くんは『あ』の形に口を開いたまま、何も言わない。

「君は、おもちゃを『貸して』と伝えた相手に『やだ』と生まれて初めて言われた幼児か? 俺が嫌だから断ってるんだ。それ以外に理由はない」

「へ……? あっはは! なにそのピンと来ない例え! 上神にわくん、おもろ~」

「別に面白くないし、帰っていいか? 帰る」 

 本当にこいつはなんなんだ。

 ここで笑うか、普通。怯めよ。こんなにきっぱり断固拒否する人間に対する態度じゃないだろ。

「だめ~! 帰らないで! 話だけでも聴いて!」

「こんなに断ってるんだから他の人に頼めよ……もっと暇そうな人いるだろ」

 ざっと見たところ、布井くんのようにチャラチャラしていそうな男子生徒が三人はいる。

 ちょっと待て。もしかしなくても、高校生って普通に染髪したりピアスつけたりする生き物なのか。

上神にわくんじゃなきゃだめなんだって! お願いだから~! 話だけでも」

 俺のことはおそらく格闘技オタクとしか認識していないだろう布井くんにこんなに必死にお願いされるなんて、用心棒的な話かもしれないな。だとしたら緊急を要するかもしれない。

 仕方ない。

「話を聴くだけだからな」

「ありがとう!」

 とても気合いの入った両手握手もどきで、両腕が振り回される。

「話聴くだけって言ったろ。こんなに暴行されるなんて聞いてない」

「あ、ごめん。ボク、自己紹介の時に入る部活は決まってるって言ったの覚えてる?」

「覚えてない」

上神にわくんは正直だなあ。入学したばっかりだからまだ仮入部ではあるんだけど、明日その活動があって」

「その活動って、具体的になんだ?」

「児童館でのヒーローショーだよ」

 なんだそれ。演劇部とかがやるやつじゃないのか。

 俺には無理だ。俺じゃないといけない理由もなさそうだ。

「布井くんは演劇部なのか?」

「いんや。パーティー部だよ」

「……パーティー……部……?」

 パーティー部とは、なんだろう。

 社交界の練習をするような部だろうか。パーティー……行ったことも見たこともないが、マナーとか沢山ありそうだしな。ダンスとか、笑顔とか、なんかよくわからん受け答えとか練習することは確かに多そうだ。

 で、それとヒーローショーが結びつかなくて困る。

「悪い。パーティーがよくわからないから、やっぱり他の人を当たってくれ」

上神にわくん、断り方が雑だよ! わかんなくても問題ないから! 参加は出来るから!」

「問題あるだろ? 部のことをよく知らないどころか勘違いしているかもしれない人間が急に混ざって輪が乱れるぞ。たわみまくりだぞ。だるんだるんだぞ。折れるかもしれない」

「そういうのないから! ていうかやっぱ上神にわくんの例え何事?! ちょーうける~!」

 よし。布井くんが腹を抱えて笑っているうちに逃げよう。

 俺には、体に沁みつききった殺しの技術を、真っ当な格闘技で上書きするという使命があるのだ。たとえ夢であっても、誤って人を殺してしまわないように。

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