第二章 ふしぎな共同生活

第5話 退屈な毎日

 殺しの依頼を引き受けるべきかどうか。ライラは足の怪我が完治するまで、じっくりとユーリを観察することにした。


 したのだが、五日間で飽きてしまった。

 

 彼女はとにかく同じ動きの繰り返しなのだまるで機械仕掛けのロボットを見てるようだった。


 朝6時ぴったりに起床。手早く身支度、料理、朝食、後片付け、洗濯。計算されたように無駄の無い動きだ。


 それから9時ちょうどに仕事机の前に座り、なにやらPCをずっと操作している。  


 手は高速で動いている一方、身体は針金が入っているようにピンとしていて微動だにしない。


(パッと見たら人形が座っているようにしか見えないわね)


 時計の針が12時を指すと、立ち上がり休憩に入る。


 昼食、水分補給、軽く掃除、そしてまた仕事机に戻る。ユーリもまた人形に戻る。


 このまま一生続くと思うほど退屈な時間が経ち、ライラは思わずあくびをする。


 ウトウトしていると、ユーリが急に立ち上がる。


(うわ、立った。びっくりした)


 時計は18時ぴったり、料理が始まる。19時から夕食、後片付け。


 テレビなど娯楽の時間もなく、入浴を済ませて明日の準備をしたら、21時にはきっちりと就寝。実に健康的だ。


 この規則正しい流れが五日間、ずっと繰り返された。そりゃあ、見ていて飽きる。


(まるでロボットね。こいつ本当に人間なのかな?)


 人間じゃないのではないか?と疑う理由は他にもある。

 

 まず、無表情だ。喜怒哀楽がまったく感じられない。


 目の前に立っていると、人形と相対しているような錯覚に襲われる。


 加えて、無駄なことは一切喋らない。機械的な受け答えしかしないのだ。

 

 こっちから話しかけても、基本的には「はい」「いいえ」「どちらでもありません」の三択でしか答えることはない。


 これならロボットの方がまだ可愛げがあるのではないだろうか。


(はっきり言って少し、いや、かなり不気味ね)


 ライラを不機嫌にさせるのはそれだけではない。


 この屋敷は窓が無いため外の景色も見えず、まるで監獄のようだ。


 そうだとしても、足を負傷しているライラは外出することもままならない。ライラは完全に暇を持て余した。


「あぁ~暇すぎる。なんかすることはないの?」


 退屈に耐えきれなくなったライラは、ダイニングテーブルに突っ伏してユーリに尋ねる。


「ありません」


 ユーリは素っ気なく切り捨てる。そんな態度が癪に触わったライラは、ユーリを困らせてやろうと、少し意地悪なことを言ってみた。


「あ~~だったらこの依頼、引き受けるの辞めちゃおっかなぁ~?」


 その言葉に、ユーリはピタリと動きを止めて、無言でライラの方を見た。


「え、な、なによ・・・」


 無表情なまま見つめてくるユーリを見て、ライラは少しだけ動揺する。


 しばらく沈黙が続いたが、ユーリはすっとライラに背を向け、静かにPCルームへ向かっていった。




 ユーリはPCルームのイスに座り、真っ暗なディスプレイを黙って見つめている。 


 ライラがほんの冗談のつもりで放った言葉を、ユーリは真剣に受け止めていた。


(依頼を引き受けてもらえないのは困る。でも・・・)


 ユーリは頭をひねった。しかし、答えは出てこなかった。


 対人スキルが乏しいユーリには、ライラが求めているものが何か想像することができなかった。


「こういう時は、ネットで知恵を借りましょう」


 ユーリはPCを起動させ、とあるオンラインゲームを開く。広大な大地を冒険できるオープンワールドが売りのRPGだ。


 広場では、何人かのプレイヤーがチャットで会話を楽しんでいる。ユーリはその中に顔見知りのグループを見つけ、話し掛けた。


『すみません、少し相談してもよろしいですか?』


『うわ、Yさんが喋った!』


 孤高の上位ランカーであるユーリがいきなり話しかけてきたため、プレイヤーたちは驚く。今までユーリから話しかけてきたことは一度もない。


『「はい」「いいえ」以外で喋るのはじめてじゃない?』


『bot機能付きのCPUじゃなかったんだ!』


『同意。チート級に強いから、俺もYさんのことCPUと思ってた』


『ほら、だから人間って言ったじゃん』


『お前らマジ失礼w』


 プレイヤーたちが自然とその場に集まってきて、好き勝手なことを言っている。


 噂の存在からいきなり話を持ち掛けられたものだから、プレイヤーたちは興味津々だった。


『お前ら、茶化さないで話を聞いてやろうぜ』


『ではでは相談内容どうぞ~』


 プレイヤーたちは野次馬のように騒いでいたが、親身に相談に乗ることにした。


 みんな固唾を飲んで見守っていたが、相談内容は意外なものだった。


『最近諸事情で同居人ができましたが、どう接していいのかわかりません。相手は娯楽を求めていますが、何を提供できるでしょうか?』


 突然の同居人発言に、プレイヤーたちは色めき立つ。


 さっきまでの親身な姿勢はどこへやら、また野次を飛ばしだす。


『え、もしかして恋バナ?』


『なんだ、ただのリア充か。けしからん、解散!』


 ユーリはそれをやんわりと否定する。


『違います。同居人は同性です。歳も私と同じくらいです』


『つまりルームシェアってこと?』


『多分、そういうことだと思います』


 正しく言えば、殺し屋と依頼人の関係なのだが。


 ユーリはその言葉を飲み込んで、ルームメイトということにしておいた。


『学生同士?だったらカラオケとかどう』


『会話するのが難しいなら、映画とかいいぞ』


『お互いの趣味がわかんないならショッピングとかは?』


 プレイヤーたちから様々な案が出るが、どれも実現不可能だ。


『事情があって、外に出ることができません』


 ユーリがそう答えると、一人のプレイヤーがこんな提案をした。


『じゃあ一緒にこのゲームやればよくね?』


 ユーリはなるほどという表情で、一人頷いた。


『ありがとございます。早速試してみます』


 ユーリはプレイヤーたちの応援を受けながら、コミュニティを後にした。

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