第4話 白の少女

 案内されたのは、ライラの居た場所の隣の部屋だった。


 そこは一見すると書斎のようで、簡素な机とイスが部屋の隅に置かれていた。


 目線を右にやると、その奥にライラの背丈を越える大きな本棚が三つ並んでいた。


 声の主の指示に従い、向かって左の本棚の上から三段目の棚を手でなぞると、側面の内側に小さな窪みを見つけた。


 それを軽く引くと、本棚がドアのように動いた。


 ドアの向こうには二階へ続く階段がある。階段を上がった先には小さな廊下があり、真向かいの部屋から微かに光が漏れている。


「そこにいるのね」


 ライラは呟くと、ドアノブに手を掛け、躊躇いなく開け放った。


 その瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。ライラは一瞬目をつむる。


 恐る恐る目を開けて部屋の中を見渡すと、まず目に入ったのは、巨大なディスプレイだった。


 その周りにも大小さまざまなディスプレイが並んでいる。


 その他にもPCや見たことも無いような電子機器類がたくさん置かれている。


 まるで、昔テレビで見た秘密結社の本部のようだとライラは思った。


 その空間の中央に、イスに腰掛けた人物の後ろ姿が見えた。


(こいつが屋敷の主人ね・・・)


 そう思いながら、その姿をじっと見つめていると、イスがくるりと振り返る。


「え・・・!?」


 目の前にいたのは、美しい少女だった。


 てっきり男性とばかり思っていたライラは面食らう。


 しかも、おそらく年齢も自分と同じくらいだろう。16歳くらいに見える。


 特徴的なのは、長い睫毛に縁どられた大きな青い瞳。


 それ以外は頭からつま先まで、髪の毛も肌も洋服もすべて真っ白。


 まるで精巧に作られたビスク・ドールのようだ。


「改めまして。はじめまして、ライラ」


 人形のように押し黙っていた少女は口を開いた。

 

「私の名前はユーリです」


 ユーリはイスから立ち上がる。


 明らかにサイズの合っていない男物のワイシャツを着ていて、その下にはすらりとした足が伸びている。なぜか裸足だ。


 ライラは訝し気な表情でそれを見つめる。


「あんたは何者なの」


「先ほども説明した通り、この屋敷の主人です。ここで一人暮らしをしています」


 淡々とした口調でユーリは答える。非常に澄んだ声だ。


 だが、言葉には抑揚が無く、その声からは感情というものが読み取れない。


「さっきの殺しの依頼、本気なの?実は冗談とかでしょ?」


 その質問に対して、ユーリは首を振る。それに合わせて、腰まで届く艶やかなストレートヘアが揺れる。


「いいえ、冗談ではありません。私を殺してください。ただし、今すぐではありません。5月10日、必ず日付を厳守してください」


 ユーリは首に掛けた懐中時計に手を触れる。ずいぶん古そうなものだ。


 そのままライラに続けてこう尋ねる。


「それで、私の依頼を引き受けていただけるのでしょうか」


 ユーリはそう言って、ライラを見つめる。やはり何の感情も読み取れない目をしている。


 ライラは色々な情報をうまく消化しきれず頭を押さえる。


 だが、自分を落ち着かせるように軽く深呼吸し、真剣な面持ちでユーリに問いかける。


「依頼を引き受ける前に、あんたに一つ聞きたいことがある」


「なんでしょうか?」


 表情も変えず問い返すユーリに、ライラは毅然とした表情で質問した。


「あんたは悪人なの?」


 問われたことの意味が理解できないのか、ユーリは無表情のままライラを見つめている。


「私はたしかに殺し屋よ。でもね、自分のポリシーってものがあるの。だから、あんたが殺すに値する人物か見定めてから、依頼を受けるかどうか決めさせてもらうわ」


 ライラは堂々とそう言い放つ。


「よく意味は分かりませんが、お好きにどうぞ」


 ユーリは感情の無い声で応えた。


「指定日まで時間はたっぷりあります。あなたのコンディションも万全ではありませんし、足の怪我が完治した時に答えを聞かせてください。それまではご自由にお過ごしください」


 ユーリはそう言うと、ストンとイスに座り、ライラに背を向けた。 


 ライラも素っ気ない回答が気に入らないのか、フンと鼻を鳴らし、部屋を出て行ってしまった。


 こうして少女ふたりのふしぎな共同生活が始まった。

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