手・胸・尻
がらっ!
「しょ、少佐!」
いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。
あまり首を動かせないので、訪問者が誰かわからない、と言いたいところだが、声でわかった。
足音がしたのち、そこには安未果が立っていた。
「安未果!?」
「少佐ー!!」
安未果はそう言うと、俺の動かなくなった右腕とは反対の左腕のそばにやって来て、俺のことをのぞきこんだ。
「少佐。心配いたしましたわ。麿がついていながら、本当に不覚でございました」
安未果は心底悲しそうだ。
そして、俺の左手の平を、両手で・・・
「あっ・・・」
「少佐、どうか、早くお元気になってくださいましね」
途端に空間がゆがんだ。
俺はめまいがしそうになって、また目を閉じた。
++++++
・・・・・・
手を握られるのもダメなのか。
おいおい。難易度高すぎだろ。
どうすりゃいいんだ。
恭子はもう話しかけなくなっている。
しかし、手を握られないようにするには。
・・・・・・
そうか。
最初から手が見えないように、左手を隠しておけばいいんだ。
なんだ、そうだよな。
これで安未果はなんとか突破できそうだ。
がらっ!
「しょ、少佐!」
いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。
あまり首を動かせないので、訪問者が誰かわからない、と言いたいところだが、声でわかった。
足音がしたのち、そこには安未果が立っていた。
「・・・」
「少佐ー!!」
安未果はそう言うと、俺の動かなくなった右腕とは反対の左腕のそばにやって来て、俺のことをのぞきこんだ。
「少佐。心配いたしましたわ。麿がついていながら、本当に不覚でございました」
安未果は心底悲しそうだ。
そして、俺の左手の平を・・・
俺の手は、俺の尻の下にしまいこんでしまっているので、安未果は俺の手を握ることはできない。
「少佐。あとのことはすべて、成瀬さんと中将が終わらせてしまいました。もう心配ございませんことよ」
「あ、ああ。それは、さっき翔子からも聞いたよ」
「まあ、そうでしたか。あの女、麿よりも先に少佐のお見舞いに来てたんですのね。うーん。なんだか悔しいですわ」
「ん?」
「こうなったら少佐」
「へ?」
安未果は、着用しているVネックの形をしたカーディガンの下部分にあるボタンを外していくと、胸の谷間を俺に見せつけてきた。
「うわ!なにしてんだよ、安未果」
「少佐!麿は、あの女にはそう簡単には負けませんことよ」
「はあ?なんでそうなるんだよ?」
「どうせあの女、少佐に何かしたに違いありません。そうでございましょう?」
「な、なんだそれ?」
確かに、でも、翔子は抱きついてきただけだぞ。
「ほらほら、少佐。久々に麿のこの胸でも見て、気を休めてくださいましね」
そう言って安未果は前かがみになると、巨乳の谷間をこれでもかと肩を寄せて強調する。
おまけに腰を振っているので、やわらかそうな胸が、腰を振るたびにぷるんぷるんと揺れる。
「わわ、わかった!もう充分に休まったから!その胸をしま・・・」
++++++
はあ。
またループしたらしい。
安未果のやつ。
手を握れない場合は胸を見せつけてくるのか。
そういえばあいつの特殊能力は初対面の相手を一瞬で誘惑し、安未果に夢中にさせることだった。
その術にかかっている間に敵兵を倒すのだ。
でも俺はあいつのことを子供のころから知っている。
だから誘惑されることはない。
・・・・・・
まさか、それで意地でも誘惑しようとしてるのか?
いや、それは、さすがに俺の自意識過剰かな。
とにかく、あいつが来る前に手は隠して。
それから、胸への対処はどうするんだ?
・・・・・・
明確に拒否するしかないのか。
あまりひどく拒絶したら、傷つけてしまうかもしれないが。
しかし。
「少佐。目的は明確に、です」
わかったよ、成瀬。
がらっ!
「しょ、少佐!」
病室のドアが開いた。
そこにはもちろん安未果が。
「安未果・・・」
「少佐ー!!」
安未果はそう言うと、俺の動かなくなった右腕とは反対の左腕側にやって来た。
「少佐。心配いたしましたわ。麿がついていながら、本当に不覚でございました」
安未果は心底悲しそうだ。
そして、俺の左手の平を・・・
俺の手は、俺の尻の下にしまいこんでしまったので、安未果は俺の手を握ることはできない。
「少佐。あとのことはすべて、成瀬さんと中将が終わらせてしまいました。もう心配ございませんことよ」
「あ、ああ。それは、さっき翔子からも聞いたよ」
「まあ、そうでしたか。あの女、麿よりも先に少佐のお見舞いに来てたんですのね。うーん。なんだか悔しいですわ」
「・・・」
「こうなったら少佐」
「・・・」
安未果は、着用しているVネックの形をしたカーディガンの下部分にあるボタンを・・・
「やめろ、安未果」
「え?」
「胸を出すのは、やめろ」
「あ・・・これは、失礼いたしました」
そう言うと、安未果は急いで両手を背中側に下げてしまった。
ちょっとだけ、良心が痛む気がするが、しょうがない。
「それなら・・・」
そう言うと安未果は、
「へ?な、なんだ?」
「胸がダメなら、麿のお尻を」
そう言うと、安未果はハイヒールのミュールを手に取り脱ぎ、
「な、なにをするんだ?」
俺の胸の上にまたがった。
俺の胸に、安未果の体のぬくもりと重さとが伝わる。
安未果の、タイトのロングスカートがめくれて、黒のパンストを履いた足があらわになる。
「いや、ちょっと!安未果!」
「足を怪我しておられますので、このあたりで。重いですか?」
「おい、こら!やめろ!」
「少佐。胸がダメならお尻がありますことよ」
ちょっと頭をあげると、安未果の、黒いパンストの中に、薄い水色のショーツが透けて・・・
「あ・・・」
そこで、やっぱり空間がぐにゃりとゆがんだ。
++++++
「はあ・・・」
手の次は胸で、その次が尻かよ。
あいつはどんだけ男を誘惑することに特化してやがるんだ。
まあ、それはわかっていたことだが。
それにしても、そこまでするか?
俺は思案する。
どうやったら、この状況を打開できるのか・・・
「少佐。目的は明確に、です」
・・・・・・
だんだん成瀬の言葉ですらもギャグみたいに聞こえてくるのは気のせいか?
・・・・・・
目的は恭子の嫉妬を回避すること。明確だ。
ならば。
怒鳴りつけてでも、安未果を阻止せねば。
がらっ!
「しょ、少佐!」
ドアが開く音。
安未果。
「・・・」
俺は何も言わない。
「少佐ー!!」
安未果はそう言うと、俺の動かなくなった右腕とは反対の左腕側にやって来た。
「少佐。心配いたしましたわ。麿がついていながら、本当に不覚でございました」
安未果は心底悲しそうだ。
そして、俺の左手の平を・・・
・・・にぎるはずなので、もちろん俺の手は、俺の尻の下にしまいこんである。
「少佐。あとのことはすべて、成瀬さんと中将が終わらせてしまいました。もう心配ございませんことよ」
「さっき翔子から聞いた」
俺はわざと仏頂面をつくってこたえる。
「まあ、そうでしたか。あの女、麿よりも先に少佐のお見舞いに来てたんですのね。うーん。なんだか悔しいですわ」
「・・・」
「こうなったら少佐」
「胸を出すのは、やめろ」
「あ・・・え・・・こ、これは、失礼いたしました」
そう言うと、安未果は急いで両手を背中側に下げてしまった。
やはり良心が痛む。
「それなら・・・」
・・・・・・
俺は思い切り息を吸い込んで、
・・・・・・
「尻もだめだああああああ!」
と怒鳴った。
「ひい!」
俺の気迫に安未果はあとずさった。
「はあ、はあ・・・」
いきなり大声を出したので俺は息があがっていた。
「しょ、少佐。申し訳ございません」
「・・・」
俺は安未果が出て行くまでとにかく不愛想を貫くつもりでいた。
しばしの沈黙。
俺も安未果も声を発しないと、病室内は不気味なほどに無音だ。
俺は目を閉じて黙っていたが、
やがて、
すすり泣く声が・・・
俺ははっとして目を開けた。
安未果が大粒の涙を流しながら俺のことをまっすぐに見つめている。
「少佐・・・申し訳・・・ございません。麿が・・・ついていながら・・・」
あれ?さっきの、翔子のときと似ている気が・・・
「どうして飛び出してしまったのですか!少佐・・・」
俺は、何も言い返すことができなかった。
「わかっています。わかっておりますが・・・麿は、くやしゅうございます・・・」
「安未果・・・」
「少佐は麿のことを、ずっとかばってくださいました。麿はそんな少佐のことを、ずっとお慕い申し上げておりました」
「・・・」
「しかし。わかっております!わかっておりますが。しかし!麿はくやしい!」
「・・・」
「わかっております。少佐が、どれだけ恭子さんのことを、どれだけ大事に思っているか」
「あ、安未果。それはな・・・」
「いえ。何もおっしゃらないでください。麿は、少佐のおそばにいられれば、それでよいのです。ですから、どうか。恭子さんと一緒になられたとしても、できれば、麿もおそばに置いていただきたいのです」
安未果は目からあふれる涙をぬぐいもせず、ただただ床にそれをこぼしている。
「だって。少佐。ひどいです。
幼少のころから麿の能力を知って、麿のことを毛嫌いしている母から麿のことを守ってくださっていた少佐が、いきなり麿のことを放っていなくなってしまうなんて。
いえ!今回の作戦で負傷した少佐が軍に戻れないことはわかっています。
ですが・・・
麿のわがままであることはわかっていますが!
それでも、麿は少佐の元にいたいのです!
恭子さんや翔子さん、成瀬さんが一緒でもかまいません」
「安未果・・・」
確か、安未果はその能力で父親を誘惑してしまって、それで母親からネグレクトされるようになったのだった。
父親だけは彼女の味方だったようだが、彼女の家は古くからの名家だ。彼女は、父親以外からはほぼ妖怪同然に扱われるようになり、敬遠された。
++++++
俺は安未果を自宅に泊めたときのことを思い出していた。
その日、安未果は家から逃げてきた。
母親から毛嫌いされていた安未果は、父親のいない日にはいつも肩身の狭い思いをしていたのだ。
いたたまれなくなった安未果は、よく自宅を抜け出していた。
ある日、安未果は家を出たあと、ゆく当てもなくとぼとぼと歩いているところを、俺が見つけたのだった。
紅白のややこしい柄の入った、小さな着物を着た安未果。
足元には黒塗りの下駄。
雨の日だった。
小学生のころだ。
安未果と幼なじみだった俺は、安未果を傘に入れてやった。
が、あまりに風が強くなってきたので、傘もあまり役に立たなくなったため、俺たちはバス停の小さな小屋の中に入って雨宿りすることにした。
俺はハンカチも何も持っていなかったので、自分のうわぎを脱いで、それで安未果の頭を拭いてやろうとした。
「アレス!それだとあなた様の服が濡れてしまうではありませぬか!」
「いいんだよ、そんなの」
「い、いや。いやじゃ。麿は・・・アレスの服が濡れるのはいやじゃ」
「じっとしてろって」
「ああ・・・うう・・・」
タオルみたいに吸水性はあまりないけど、ないよりマシだ。
俺は安未果の頭を拭いてゆく。
「のうアレス。アレスが大人になったら、麿と結婚してくれぬか」
「へ?な、なんだよ急に」
安未果はこのころ、俺と同じくらいの身長だったように思う。
顔を寄せた安未果は、雨で体が冷えているはずなのに、頬だけはほんのり赤くして言った。
「麿は家にいるのがいやじゃ。父上は優しくしてくれるが、母上はあの有様じゃ。麿を毛嫌いしておる。だから、アレスの家に嫁いで、あの家とおさらばするのじゃ」
「おまえの家って、名家だろ。それこそおまえのおやじさんが許してくれないんじゃ」
「父上は好きじゃが、あの母上とこれからもずっと暮らすのは嫌じゃ。のう。アレス。一生の頼みじゃ」
そう言うと、安未果はぎゅっと目をつぶって、俺に対して仏様に向かってするみたいに手を合わせた。
++++++
「なぜ、恭子さんなんですの!なぜ、麿ではいけませんの!」
安未果は、流れる涙を、右手を立てて上品に片方の目ずつぬぐうと、ベッドの周りをまわって病室出口の前に立った。
そして俺のことを一瞬だけまっすぐに見つめるときびすを返し、俺に背を向けた。
「わかっております。恭子さんだけは、今回の一件で、少佐にとって特別な方になってしまいましたものね」
「いや、安未果・・・それは・・・」
そう言われて、俺は遠い記憶を思い出していた。
俺と恭子が結婚するきっかけになったこと。
それは・・・
「では、失礼いたします」
安未果はそう言って、部屋を出て行った。
ドアを後ろ手に閉め、出て行くときは一度も俺のことを振り返ることはなかった。
・・・・・・
ループしなかったということは、安未果はクリアした、ということなんだろうか。
今になって俺はようやく思い出していた。
あのとき病院に見舞いに来てくれた順番は、翔子、安未果の順で合っているはずだ。
だから、恭子は、当時の状況を忠実に再現していることになる。
まあ、確か、翔子が抱きついてきたかどうかはよく覚えていないが、少なくとも安未果はあんなことしてなかったと思うが。
そして、俺の記憶が正しければ、次にやってくるのは・・・
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