第2ループ

コントみたいなループ

俺の左足は包帯だかギプスだかにぐるぐる巻きにされ天井から吊るされている。

右手は、こちらもぐるぐる巻きにされて、肩から下にまったく感覚がない。

左腕には吊り下げ式の、これは・・・


点滴か!


この縦長のスタンドみたいなもの、名前がわからない。

あれがぶら下がっている。


頬にそよ風を感じる。

左のほうを見てみると、窓にかかったレースのカーテンがそよそよと揺れている。

左手そばの、小窓が何段か積み重なった机の上には、花瓶に何かの花が生けられている。


ここは、どう見ても。




軍の病院だ。


俺が除隊するきっかけになった作戦ののち、負傷して運び込まれた、あのときの病院だ!

病室を見回すが、他には誰もいない。

動かせなくなった右手側には廊下に通ずるドアがある。


ここは間違いなく、俺が過去に大けがをしたとき実際に収容されたあの病院だ。


俺は左足を負傷し、右手は肩から神経を断裂して動かせなくなるのだった。


俺は身分が少佐だったので、病室は個室にしてもらえたんだっけ。


恭子のやつ。こんなところへ俺をつれてきて、いったいどういうつもりだ。


がらっ!

「しょ、少佐!」

いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。

あまり首を動かせないので、訪問者が誰かわからない、と言いたいところだが、声でわかった。


翔子が、俺の動かせなくなった右手の側に立っていた。

翔子は半袖シャツにホットパンツを履いている。季節はいつなんだ?

「翔子」

「少佐ー!!」

翔子はそう言うと、ベッドの周りをまわって俺の負傷していない側の左手のところまできて、俺の首に抱きついた。

「お、おい。翔子」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」



++++++



翔子が言い終わらないうちに、また空間がゆがんだ。

あまりにぐるぐると空間がゆがむので、俺はめまいがしそうだった。


「な、なんだよ、これ」


めまいをこらえようと、俺は必死で目を閉じた。



しばらくして、首もとに何かやわらかい感触を感じるようになった。

まくら?

そして、左足は、ピンと伸びているような違和感。



目を開けると、そこはさっきと同じ病室だった。

まったく同じ状態で俺はベッドに横たわっている。


おいおい、マジかよ。

まさか、またさっきと同じ展開なのか?

この嫌な感じは、恭子を助けようと奔走した、最初のループのときに似ている気がする。

ただし、今度は俺はまるで動けない状態だが・・・


がらっ!

「しょ、少佐!」

いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。

あまり首を動かせないので、訪問者が誰かわからない、と言いたいところだが・・・

これはもしや・・・


やっぱりだ。

翔子が、俺の動かなくなった右手の側に立っていた。

翔子は半袖シャツにホットパンツを履いている。季節はいつなんだ?

「翔子!」

「少佐ー!!」

翔子はそう言うと、ベッドの周りをまわって俺の負傷していない側の左手のところまできて、俺の首に抱きついた。

「お、おい。翔子」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」


そこでまた空間はゆがんだ。

まためまいがしそうで俺は目を閉じる。



++++++



そして目を開けると、そこは。


やっぱり同じ病院だ。

きょ、恭子のやつ!

あいつ、悪魔か!

俺は動かせない体をもぞもぞしながら、

「おい恭子!いるのか!?俺をこんな状態にして、俺にどうしろってんだ!」

俺がそう言うとすぐに、天井から幽霊が発したようなおどろおどろしげな恭子の声が響いた。

「これからここにやってくるすべての女たちの誘惑を断ち切ってみることだね」

恭子がどんな表情をしているのか、見なくてもわかるくらいの冷たい声だ。

「そんなめちゃくちゃじゃないか!俺は体を動かせないんだぞ!」

「なにさ。女たちがやってくるたびに鼻の下を伸ばしちゃったりしてさ」

「鼻の下なんか伸ばしてねえよ。だいたいおまえ・・・」


がらっ!

「しょ、少佐!」

いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。

あまり首を動かせないので、訪問者が誰かわからない・・・

いや、訪問者は・・・


やっぱりだ。

翔子が、俺の動かなくなった右手の側に立っていた。

翔子は半袖シャツにホットパンツを履いている。季節はいつなんだ?

「翔子」

「少佐ー!!」

翔子はそう言うと、ベッドの周りをまわって俺の負傷していない側の左手のところまできて、俺の首に抱きついた。

「お、おい。翔子」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」


また空間がゆがんだ。



++++++



「だああああああ!めちゃくちゃにもほどがある!最初のループのときのほうがよっぽどマシだったぞ!」

また天井からゾンビがあげるような響きで恭子の声が降ってくる。

「あら、あのときは走り回って大変だったでしょう?今回はあなたは体を休ませているだけでいいように設定してあげたのに」

「あのなあ。これはもう虐待だぞ!」

俺はジタバタと体を動かそうとしたが、ベッドのきしむ音がするだけでほとんど体を動かせない。

「なによ。あたしと結婚してからもあの女と続いていた不埒なやつが」

「あのなあ。だいたいおまえ、確かあのときは・・・」


がらっ!

「しょ、少佐!」

いきなり病室のドアが開いたと思ったら、誰かがベッドのそばにやってくる。

また翔子だ。


翔子が、俺の動かなくなった右手の側に立っていた。

翔子は半袖シャツにホットパンツを履いている。季節はいつなんだ?

「翔子」

「少佐ー!!」

翔子はそう言うと、ベッドの周りをまわって俺の負傷していない側の左手のところまできて、俺の首に抱きついた。

「お、おい。翔子」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」



++++++



「天丼かよ!」

「天丼?」

「コントで同じことを続けて客を笑わせることをいうんだよ!」

「あなたなんでそんなこと知ってるの・・・」

「どうでもいいから俺を解放しろ!」

「ほほほほ」

恭子の嫌味な声が病室中に響き渡る。

「いくらなんでもこれは拷問だろ!どうやってこの状況を切り抜けろっていうんだ」

「ほほほほ。それを考えるのがあなたが今やるべきことでしょ」

「うう・・・」


もうあと数秒で・・・


がらっ!

「しょ、少佐!」

またかよ。


翔子が、俺の動かなくなった右手の側に立っていた。

翔子は半袖シャツにホットパンツを履いている。

「翔子・・・あのなあ」

俺はうんざりしてわざと仏頂面をしてやったのだが・・・


「少佐ー!!」

翔子はそう言うと、ベッドの周りをまわって俺の負傷していない左手のところまできて、俺の首に抱きついた。


だめだこりゃ。


「あのな。翔子・・・」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」



++++++



「おまえサディストか!」

「あら、ドMのあなたにはお似合いじゃなくって」

「あのなあ、だからあのときは確か・・・」

そこで俺ははっとした。

恭子がこうやって話しかけてくるのは罠なのではないか。


そうだ。翔子がやってくるまでにはたった数秒しかない。

その間に、翔子の魔手から逃れる手を考えないと。

「あら、あなた。どうしたの?」

俺は目を閉じて恭子のことを無視した。


・・・


そうだ。

寝たフリをすれば。

そうだ!そうすれば翔子はすぐ帰っていくかもしれない。

俺は急いで病室のドアとは反対側、手の動かせる左側に顔を向けて寝たフリをした。


がらっ!

「しょ、少佐!」

ドアの開く音。

翔子の声。

「・・・あら?少佐?」

翔子の声がする。

俺はじっと目を閉じて寝たフリをする。

「少佐、寝ちまったのか?」


翔子の足音。


「なんだ、寝たのかあ。つまんねえ」


つまんねえとはなんだ。こっちは重傷者だぞ。

しばらくなにも音はしなかったが。


・・・・・・


なんだか、おでこのあたりがちょっとだけあたたかいような。

俺は、ほんの少しだけ目を、本当にちょっとだけ薄目を開けた。




「あっ・・・」

翔子と目が合ってしまった。


「なんだあ、少佐、起きてんじゃんかよー」


あたたかいと思ったのは、翔子のおでこだったらしい。おでこ同士はついていなかったが、肌と肌が触れ合う寸前だったのでぬくもりが伝わってきていたようだ。


途端に俺の首に抱きついてくる翔子。

「お、おい。翔子」

「心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」



++++++



「くっそおおお!」

「ほほほほほ。いい気味」

恭子の笑い声が病室に反響する。


次こそは!次こそは絶対に目を開けないぞ!

絶対に寝たフリを決め込んでやる!


がらっ!

「しょ、少佐!」

俺は最初から翔子に対して背を向け、とにかく寝たフリを決め込んだ。

寝たフリだ。

絶対に目を開けるな。絶対に。

「少佐」



・・・・・・



「少佐、寝ちまったのか?」

翔子の足音。

「なんだ、寝たのかあ。つまんねえ」


つまんねえとはなんだ。こっちは重傷者だぞ。

しばらくなにも音はしなかったが。

なんだかおでこのあたりがちょっとだけあたたかいような。



・・・・・・



これはさっきも経験した。翔子のおでこの温かみだ。

とにかく俺は目を開けないことだ。

少しでもまぶたを動かすことも許されない。

俺はとにかくお地蔵様みたいに動いてはいけないのだ。


「んん~?少佐~。起きてくれよおお」

翔子が俺の頭を持ってゆさゆさ動かし始めた。


おいおい、勘弁してくれ。


「なあ、少佐~少佐~」


おいおい、俺はけが人だぞ。重傷だぞ。



「なあ、少佐~~~」


「だああああ!おまえ!けが人になんてことするんだ!足も手も動かせないんだぞ!」






あっ・・・






「なんだあ。やっと目え覚ましてくれたか!心配したぜえ!あのあと少佐、何も言わなくなっ・・・」



++++++



「はあ・・・」

もうため息しか出ない。いつもと同じ天井が目に入る。

もう、なんか疲れた。


恭子を最初に助けることになったループのときは体の疲労はどんどん溜まっていったが、いまはまったく動けないのだから別段身体的には疲れていない。

しかし、精神的にはもうすでに限界に近いというか。

これはもう本当に拷問だ。

ちょっと休ませて欲しい。

俺はぼーっと天井を見ていた。


がらっ!

「しょ、少佐!」


ドアの音。

翔子。


「少佐ー!!」


翔子は俺の右側まで来ると、俺の顔をのぞきこんできた。



「・・・」



俺は口をぽかんとあけて天井を見たままだ。

どうせまた、抱きつかれてループするだけだ。

別にそれでもいいから、しばらく休ませて欲しい。


「しょ、少佐?どうしちまったんだ?」

早く抱きつくなりなんなりしてくれ。


「あ、ああ、そうだよな。あんなことがあった後だもんな。そりゃ疲れるよなあ」


そうさ。おまえが何度も抱きついてくるから。


「あ、あのさ。これ、おみやげな。この前の戦闘で敵さんが持ってたやつなんだ」


なんだ。なんか、今までと展開が違う?

翔子はベッドの反対側から回りこんで俺の左側にある机の上にそれを置いた。

「後片づけはさ、成瀬と中将がぜんぶやってくれたからさ。あとのことは気にすんなよな」

それからしばらく、翔子は何も言わなかった。


俺は気になってちょっとだけ翔子のほうを見てみた。






・・・・・・・・・・・・






あれ?翔子が・・・泣いている?



翔子は下を向いて唇を噛み、わなわなと震えながら涙をぼろぼろ流している。


え、なんだ?


「少佐。すまねえ。本当にすまねえ。俺様がついていながら。少佐は俺様の恩人だってのに。俺様は、少佐のために、今まで何もしてやれなかった」


なんだ?なんの話をしているんだ?


「少佐、覚えてるかい?俺様がよ。バカだからよ。ひとりでバックパックの旅で紛争地帯をうろついていたときのこと」


・・・おいおい。まさか、いまその話をするのか。


と思ったが。そうか。俺がこんな姿になっているから。


「俺様が国境警備隊に拘束されそうになったところを、少佐の部隊が助けてくれたんだよな。いきなり警備隊のやつらの頭が吹っ飛んだときは、さすがの俺様もビックリしたよ」


俺はただただ、翔子の話を聞いていた。

翔子は俺が口を閉じてしまっていることに気が付いていないらしい。

さっきまで口をぽかんと開けていたのだが。


「いくら俺様が衝撃波を使えると言っても、あの人数に囲まれたら、間違いなく射殺されていたはずさ。それを、少佐たちは助けてくれたんだ。そして、俺様はこの能力のおかげで元々いく当てなんてなかったのをさ。少佐が拾ってくれたんだ。家族も友達もいなかったからな。みんな俺様の能力を気味悪がって、俺様のことを避けてたからさ。少佐には、感謝しかない」


翔子・・・



++++++



あれは、テロリストの敵基地内部へ潜入し、任務を終えたあとのことだった。

敵の基地内は味方の援護で手薄になっていた。

基地内に囚われていた我が国の要人を助けた帰りだ。

俺の階級もまだ中尉か、それくらいのころだ。

装甲車二台で国境に近づいたころには夜が明けていた。

国境には、テロリスト集団を支援する国家の警備員が数十人いた。

俺たちは丘の上にあがって、遠方から射撃し、隊列が通過するよりも事前に敵をやつけてしまおうとしていたのだった。

丘から見おろすと、リュックサックを背負った女の子が、ちょうど国境警備隊の隊員に何事かを問われているようだった。

俺が狙撃銃をセットし、土の上で構えていると、突如、女の子が走り出した。

警備員たちは一斉に女の子めがけて、銃をかまえた。


それを見て、俺は迷わず引き金を引いた。


ひとりが頭から派手な血を噴き出したのを見て、他の警備員は明らかにうろたえた。

俺以外にもふたりスナイパーがいたが、全員で撃ちまくった。

それでも女の子を狙おうとするやつがひとりいた。

やがて下にいた装甲車の連中も岩陰から出てきて一斉に射撃を開始した。



女の子は助かった。

全員を倒した俺たちは、国境に集結した。

いや、正確には、もうひとり生きていた。見ると、俺の側からは建物の陰になっていて見えなかった場所に、警備員がひとり生き残っていたのだ。

俺たちは訝しんだ。


俺はその警備員に聞いた。

「おい、おまえ、建物の陰に隠れていたのか。なぜ生きている」

「ちがう。そ、そいつに、吹っ飛ばされて・・・気を失ってたんだ」

その男が指さした先にいたのは、俺たちの助けた女の子だった。


国境についたところで、拘束されそうになって、反撃したらしい。


俺は、日焼けで全身真っ黒になった半袖シャツとホットパンツのみを着たその女の子に聞いてみた。

「あの男、君が吹っ飛ばしたっていうのは、本当かい」

「あ、ああ。そうだ」

「見たところ、君は武器を持っていないようだが。どうやってあの男を吹っ飛ばしたんだい」

「ああ、それは、簡単なことさ」

そう言うとやおら、女の子は右手をまっすぐに伸ばし、手のひらを国境のゲート横にある小さな小屋に向け、それを放った。



ドカン!



爆発音がして、小屋の真ん中に小さなクレーターみたいな傷がついた。


俺も含めて隊員たちは全員、目を丸くした。



俺たちは女の子を乗せ、国境を抜けると、行くあてのないという女の子をそのまま軍で預かることにしたのだった。

そして、女の子は後に俺の部隊に配属されることになったのだ。



++++++



翔子は拳をぐっと握りしめた。


あ・・・


おいおい。血が・・・


あまりに強く拳を握ったせいか、翔子の手の指の先から血が何筋も垂れさがって、そして床に血が垂れていった。

「少佐・・・すまない。ほんとに・・・あたしは・・・少佐に、こんなにも恩があるのに・・・」

そこで翔子は床にひざをついて、両手で顔をおおって泣きじゃくった。

「うわああああん!ごめんよおお!しょうさあああああああ!」


翔子が顔をベッドに押し付けると、ベッドのきしむ音がした。


そうだ。いまのいままで忘れていた。病室に見舞いに来てくれたとき、翔子は確かにいまの話をしてくれた。


翔子。


ありがとう。

でも。あのとき、翔子には何もできなかっただろう。


だって、あまりに一瞬だったのだから。

むしろそのあと、翔子は本当によく戦ってくれたよ。

おかげで俺たちは助かったんだ。

そう声をかけてあげたかったのだが・・・



「少佐。目的は明確に、です」



俺は頭の中で成瀬の姿を思い浮かべていた。

すまない、翔子。

俺はいま、自分のミッションをこなさないといけないんだ。


すまん。


でも、いまの言葉、俺は一生忘れないよ。


ありがとう、翔子。



翔子は落ち着きを取り戻したのか、涙をぬぐうと、目を真っ赤にはらして病室のドアのほうへ行ってしまった。

「じゃ、じゃあな、少佐。また来るからな。何かあったら、すぐに連絡しろよな!」

そう言うと翔子はドアを閉め、病室を出て行った。


俺は翔子が机の上に置いていったおみやげとやらを、なんとか体を上にずらし、首をあげて見てみた。

これは、なにかの人形?

木彫りの、エジプトの壁画にでも書かれていそうな顔をした人形だ。

敵兵が持っていたものをおみやげに持ってくるなんて、なんか不吉というか、翔子らしいというか。


俺は思わずくすっと笑ってしまっ・・・






人形の横に置いてあるもの・・・



それは・・・



ここに来た最初のころは気が付かなかった。



セロテープで開封痕を止められた、カイロの袋。



中身は、使用済みになってガチガチに固まったカイロだ。


「10時間持続します」と記されたカイロ。



恭子・・・



・・・・・・



ふう。



なんとか、どうやらこの異空間でのループもひとつ進展したらしい。



いや待てよ。


そういやこの空間、というかこの病室は、実際に俺が収容された病院にそっくりそのまま似ている気がする。


ということは、やはりここは、俺があの戦闘で負傷したあとの世界をそのまま再現しているということだろう。


あのとき、翔子はこんなもの置いていったかな。


・・・


覚えてない。


いや、それよりも。


・・・


やっぱりそうだ。


確か、あのとき、俺が意識を回復してから最初にお見舞いに来てくれたのは・・・

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