6日目・言いがかり

早めに学校に行って恭子に話を聞いてみるつもりだったが、恭子は始業開始ギリギリのタイミングまで教室に現れなかった。

しょうがないので昼休憩にでも聞いてみよう。



「今日はおまえたちの二年時の成果を見るべく、おさらいのテストをやるぞ」

「ええええええ!?」


いつもどおり登校した俺を待っていたのは、一時限目早々、担任教師、織田正宗の受け持ちである数学の抜き打ちテストだった。


俺は数学は得意なほうだったが、高校生なんてもう十年近くも前の出来事だ。

ほとんどわからない。

それにしても。


俺はテスト中、教室を見回してみた。

みな一様に頭を下げて問題を解いている。

教室の前のほうを見ると、扉に一番近い席にいるのは成瀬だ。成瀬はすらすらと問題を解いているらしい。

すぐ前方にいる翔子は背中しかわからないが、なぜか背伸びをしている。

安未果は・・・


「おい、こらあああああ!」


突然、俺のすぐ横で大声がした。


左うしろを振り向くと、そこには何か小さな紙片を右手に持った担任教師・織田政宗が、がに股で立っている。


「詳(つまびらか)!おまえ、なんだこれは!」


俺が呼ばれている?


なんだ?持っている紙は・・・。


「詳(つまびらか)、カンニングとは、いい度胸だな」

「は?」


織田が差し出した紙をよく見ると、そこには数学の数式か何かが書かれてある。


「そんな、カンニングなんて。何かの間違いです!」


視界の端で動く影。


見ると、成瀬がなにやら持ってこちらへ向かってくる。

昨日の写真か。


俺は織田のほうを振り返ろうとした。








「がああああああああ!」



「うわっ!?」


翔子の叫ぶ声。


織田が俺の前の席に座っている翔子の上におおいかぶさるようにして倒れてゆく。


翔子はおしつぶされる形で椅子から転げ落ち、尻もちをついた。


「あいた!・・・って、あれ?」


どうやら翔子も痛みを感じていないようだ。


俺はそばに立っている人物を見上げた。

拳を突き出し静止しているその人物は・・・




「恭子!?おまえ」



織田を倒した相手。


それは、なんと俺の妻、恭子だった。


「なぜ・・・」

俺は思わずつぶやいた。



「う、うう・・・」

織田は顔を下にして翔子の体の上にうずくまったまま動かない。

こっちは痛みを感じているのだろうか。



恭子は手をおろすと、下を向いて唇を噛んだ。

「ごめんなさい、あなた。まさか、この教師がここまでクズだったなんて」

「きょ、恭子・・・はっ!?」

俺は成瀬のことを思い出して後ろを見た。


さすがの成瀬もことの成り行きを見て口を半開きで目を丸くさせている。



また恭子に向き直ると、恭子は言った。

「その女がどういうやつか、わかったでしょう?」

恭子はまずいものでも食った直後みたいに口をゆがませながら俺の後方を指差した。


振り向くとそこには、恭子の振るまいに恐れをなしたのか、震えている望未がいた。


俺は気になったことを恭子に聞いてみることにした。

「恭子!これは、おまえが仕組んだことなのか?」

「は?どういうこと?」

「俺に、その・・・担任のことを、その・・・」


クラスメイトも皆聞いているし、内容が内容なだけに言いにくい。


「この男が未成年と不純異性交遊してるってことを、あたしが仕組んだっていうの?」

「あ、おいおい。クラスメイトの前でそんな」

「ふん。もうどうでもいいの」


恭子は俺から顔を背けると、吐き捨てるように言った。


回りを見回すと、クラスメイトたちは皆、何が起こっているのかわからなくてただただ固まっているようだ。


「これが過去において現実に起こったことなのかどうか、わたしにもわからない。でも、その望未って女がどれだけクズか、わかったでしょう」


「・・・」

「そういう女なのよ、そいつは」



「おーい、いつまで俺様に乗っかってんだよ、このおっさんはよ」

翔子はそう言うと、翔子の上におおいかぶさっていた担任を、どん!という衝撃音とともに天井まで一直線に吹っ飛ばし、そして恭子の後ろに落下させた。天井にもクレーターのようなへこみができてしまった。


クラスメイトたちの悲鳴。



翔子は自身の特殊能力である衝撃波を放ってしまったらしい。


もうめちゃくちゃだ。

こんなことになって、もうこの空間にはいられないぞ。

もはや担任は何も言わない。

生きてるのか?


「まあ、もういいわ。ごめんなさいね、あなた。まさかこんなことになるなんて」

「おいおい、だから、クラスメイトたちのいる前で・・・」

「だから、それは、もういいのよ」


そう言うと、俺の前に広がる光景は、コーヒーにミルクを混ぜてスプーンでかきまわしたときのように渦状にゆがむと、漆黒の闇の中に光がぽつぽつと瞬く別の異空間へと移り変わった。



++++++



俺は急いで左右を、頭上を、足の下を見た。


どこを見ても同じ景色が延々つづく異空間。



「ここは・・・」

「学校のことは、もういいわ」

「恭子!」

「あなた、本当にごめんなさい。わたしのわがままに付き合わせてしまって」

「いや・・・まあ、いいんだ」


俺は鼻の下を左手の人差し指でこすった。


「久々に右手も使えたし。みんなにも会えたし。なんだか楽しかったよ」


と、そこで右手を見てみたが、元のように俺の右手は機能不全に戻っている。


「そうね。あたしも久々に隊のみんなを見れて、なんだか楽しかった」

「それでもう、俺のこと、元の世界に戻してくれるんだろ?」


















「はあ?そんなわけないでしょ?」

直前まで口元に微笑をたたえていた恭子の表情が一気に冷たくなった。

「え?」

「いまの空間は失敗したわ。空間を大きく作りすぎた。おかげであなたたちが何をしているのか把握するのが難しくなってしまったから」

「な、なにを言ってるんだ・・・」

俺は自分でも顔がひきつっているのがわかった。

「おい、まさか、おまえ・・・」

「もうちょっとあたしに・・・」

恭子は下げていた頭を少しずつあげながら、


「振り回されてくれないと、許してあげない」

と言って微笑した。


俺には鬼が笑っているようにしか見えなかった。


「ど、どうするんだよ」


俺がそう言った瞬間、また空間が歪んだ。



++++++



目の前に広がっているのは、何かの壁。


いや。




俺は体を起こそうとした。


が、なぜか足が動かせない。



壁だと思ったのは天井だった。


あまりに体が思いどおりに動かせないのだが、首だけはなんとか反応してくれた。


首をもちあげると、そこは・・・

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