2日目・切り札登場



学校二日目。

今朝も望未がやってくるだろうと予想して、俺は早めに家を出た。

同じ階に住むやかましい女たちよりも早く学校に来たので、クラスにはまだ他に誰も来ていなかった。

俺は自分の席に着くと、何をするでもなく、両手を後ろ手に組んで天井を見上げた。

右手が動かせるこの感覚。久しぶりだ。これだけは恭子に感謝していいのかもしれない。


やがて生徒たちが続々とクラスに入ってきた。

俺と同じマンションの、同じ階に住む住人の中で一番早く来たのは。

「ほほほほ。男子諸君!おはようございますことよ」

「おおおおおおおおおおおおおお!!」

また俺以外の男子たちが一斉に嬌声をあげる。

麿安未果だ。

「ほほほほ。すっかりあなたたち、麿の虜になったようね」

そう言うと、安未果はまっすぐに俺のところに向かってきて、俺に向き合ったかと思うと、次に周りの男子たちのことをぐるりと見回しながら言った。

「でも、麿はあなたたちには興味ありませんことよ」

安未果は俺のことを見つめると、

「麿は、少佐。あなたにしか興味ありませんことよ」

などと言い、安未果は黙ったままさらにぐっと顔を近づけてきた。

「あのなあ」

と、俺が言いかけると、「しょうさって、なんのこと?」「麿さんと詳(つまびらか)君て、どういう関係なの?」と周りの男子たちから当然の声があがった。

「あら、あなたたちには関係ありませんことよ」

そう言い終わると、安未果は俺のあごを持ちあげて、俺の唇と安未果の唇がつくギリギリの距離で話しかけてきた。

「なぜ、あなたは麿の術にかからないの。それが知りたいですのことよ」

安未果がしゃべるたびに、あたたかい吐息が俺の唇にかかる。

が、俺はぜんぜんなんとも思わない。

「あのな、安未果。おまえは俺の・・・」

「てめーーー!!!なにしてやがんだあああああ!」

言うが早いか・・・

「きゃあああああああああ!!」

「うわあああああああ!!」

安未果と俺は吹っ飛ばされてしまった。

幸い、痛みはないのだが。

横を見ると、安未果は思い切りがに股でひっくり返って、スカートの中のパンツが丸見えになっていた。黒いショーツだ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

再び男子たちの嬌声。

「くっ!なにするんですの!」

安未果は起き上がると、声のしたほうを見た。

俺も起き上がる。教室のうしろ側のドアのそばに翔子が立っている。

「あなた、いったい、なにをしたんですの!」

そうか。安未果は俺との関係だけでなく、翔子が何者なのかも、この世界では知らないんだ。

「ああ?ちょっと俺様の技をくらわしてやったのよ!」

「くっ!昨日から気に入らないと思ってましたけど、今日は許しませんことよ!」

「なんだ!?やろうってのか?」

翔子が右手を前に突き出した。

やばい!またやるぞ!


そう思った矢先、翔子の手をつかまえる者が。

「な、なんだ?」

翔子の苦しそうな声。

翔子の手はつかまえられ、天井に向けられてしまった。

「う・・・おい・・・なに・・・すんだ・・・」

つかまえたその手の主は・・・



「な・・・成瀬!?」




彼女の名は「成瀬イシス」。

あいつも、このクラスにいたのか。

いま気が付いたが、昨日俺と同じマンションの階にやってきた、805号室に住む女だ!背の低い、銀髪の、ほとんど目が隠れるほど前髪だけ長いおかっぱ頭、北欧のひとを思わせるような瞳の青い華奢な女性だ。

赤いセーラー服は、似合わないかなあ。


「おい、放せよ!」

「あんた、何者だい」

と成瀬。

俺は急いでふたりのもとに駆け寄った。

俺が近寄ると、成瀬は翔子の腕をほどいた。

「俺様の腕をつかんではなさないなんて、おまえこそ何者だよ!」

「・・・」

成瀬はそれには答えず、俺に向き直って、

「詳(つまびらか)アレス君」

「え?」

この状況で興奮しているわけでもなく、逆に笑っているわけでもない澄んだ瞳で、成瀬は俺の目をまっすぐに見つめて言った。

「放課後、ちょっと話があるんだけど、図書室に来てくれる?」

「あ、ああ・・・」

俺は彼女の迫力に圧倒されて、それ以上何も言えなかった。


俺も翔子もしばらく成瀬のことを見ていたが、成瀬は俺たちに対してまったく顔を向けることなく自分の席に着いた。

仕方ないので、俺たちは無言でそれぞれの席に帰っていった。

昨日、教室中を見回したときには、成瀬に気づかなかった。


自分の席に戻ると、望未が登校していた。


俺はなるべく望未に話しかけられないよう、窓のほうを向きながら着席した。


「詳(つまびらか)君」


背後からささやくような声で話しかけてくる望未。

俺は仕方なく、ちょっとだけ首を望未のほうへ向けた。

見ると、望未の顔がだいぶ近くにある。

望未はさらに顔を寄せると、「ねえ、昨日アレスくんの家に行ったんだけど、どこか出かけてたの?」と聞いてきた。

「あ、ああ。うん」

俺は曖昧に返事するしかなかった。

「もう夜だったのに?」

「う、うん」

「ふ~ん」

望未は目を細めると、不機嫌そうに唇をとがらせて、俺から体をはなして席にどっかりと、わざとらしく乱暴に座った。

俺はまた望未から顔を背けると、今後のことを考えた。


こいつ、今夜もうちに来るつもりかな。


そうだとしたら、また恭子に監視されるだろうし。もしもカーテンを閉めて望未との逢瀬を交わそうものなら、一生この空間から出させてもらえないかもしれない。

考えるだけでも憂鬱だ。




待てよ。




そうか。

この方法があるじゃないか!



++++++



授業が始まり、休憩時間になると、真っ先に俺の元にやってきたのは、意外にもあすかちゃんだった。

「お義兄さん」

周りに聞こえないよう、あすかちゃんは俺に耳打ちした。

「あのですね。今日このあと時間ありますか?どうしてもお話したいことがあって。それに、お見せしたいものも」

「見せたいもの?」

「はい」

お互いに小声で話す。

「見せたいものって、なんだい」

「それは、ちょっと、出かけないといけないので」

「出かける?どこへ?」

「それは・・・まだ秘密です」

「秘密?」

「あとでまたお話します」

と耳打ちするあすかちゃん。

そのまま帰ろうとしてあすかちゃんが背を向けたので、俺はあすかちゃんの右手を俺の右手でつかんだ。

「ちょっと待って。今日は、遠くに行くのは無理だと思うんだ」

振り向いたあすかちゃんは不思議そうに「なんか、他にあるんですか?」と言う。

「うん」

俺はなるべく小声になるようにしてうなずいた。

「わかりました。じゃあ、明日は?」

あすかちゃんも再び小声になる。

「明日は、今のところは大丈夫だよ」

「わかりました。じゃあ」

「ああ、まだ、あるんだよ」

「なんですか?」

「恭子・・・君のお姉さんに、俺のマンションの向かいから監視されてるんだ」

「ああ、そんなことですか」

「え、そんなことって・・・」

「むしろ、そのほうがいいですよ」

「ん?なぜそうなる?」

「今にわかりますよ」

そう言ってあすかちゃんは小走りに自分の席に戻っていった。と思ったら、そのまま教室の後ろのドアから出ていってしまった。

俺は席に座ろうとして窓際の恭子のことを見た。

恭子は窓の頬杖をついて窓の外を見ている。

「ふうん」

俺が回れ右をして着席すると、右から望未の声が。

望未は目を細めてアゴを突き出すと、ボブカットを揺らして俺のことを見くだした。

「アレス君て、モテモテなんだね」

「おいおい、学校では下の名前で呼ばないって」

「もう、そんなのどうでもいいかな」

そう言うと望未は頬をふくらませてしまった。

「今日も、夜、行くから」

だろうなぁ。俺は顔には出さないようにして心の中で苦笑するしかなかった。



++++++



学校の就業のチャイムが鳴ると、俺は成瀬のことを見た。

成瀬の席は教卓が置いてある教室前方の廊下側の扉のすぐそばだ。

成瀬はチャイムが鳴るのとほぼ同時に小さなスクールバッグを片手にさっさと教室を出て行ってしまった。

俺はあわてて成瀬のあとを追った。

背後から「あ、詳(つまびらか)君」という望未の声を残して。


廊下の先、階段を下りようとしていた成瀬に遠くから大声で呼びかける。

「成瀬!」

表情をまったく変えずにこちらを向く成瀬。

俺は走って成瀬のすぐそばまでやってきた。

「図書室で待ってるから」

ぶっきらぼうに言う成瀬。

「はあはあ、いや、俺んちで」

俺は息を切らしながら声を発する。情けない。この程度で息があがるなんて。ずいぶんと体力が落ちたものだ。

「え?」

「俺の家に来てくれないか?」

途端に身構える成瀬。右手で胸のあたりをガードするように。

「なにする気ですか?」

「ちがう!なにも変なことはしない」

「・・・」

成瀬はさっきから表情を一切変えずに、俺のことを、ブルーの瞳でまっすぐに見つめてくる。

なつかしい。

この目だ。

この目に、幾度となく俺たちは救われたのだ。

過去のことを思うと、俺は思わず笑ってしまっていた。

そうだ。

成瀬。君は我々の女神だった。


いや、翔子だって、安未果だって。


そして、恭子だって。


「うそは、ついてなさそうですね」

身構えていた成瀬が直立に戻る。


「ああ、そうだよ、成瀬!」

俺はきっと今、かなり晴れやかな表情をしているはずだ。

「なんか、妙に元気ですね。何かあったんですか?」

「ああ、大ありだ。だから、このあと、俺の家に来てくれ」

「・・・」

やはり眉毛ひとつ動かさない成瀬。

「なぜそうなるのかわかりませんけど、少佐がそうおっしゃるなら・・・」

そこで初めて成瀬の右のまぶたが少しだけ動いた。

「しょうさ?」

成瀬はそう言うと、俺から視線を外して目を泳がせている。

「とにかく、行こう!」

俺は成瀬の右手を引っ張って階段をおりた。

「あ、少佐。そんなに引っ張ったら、あぶないです」



家のカギを開けると、俺は先に入って、成瀬を招じ(しょうじ)入れた。

「さ、どうぞ」

「お邪魔します」

ぶっきらぼうな成瀬に戻っている。


玄関の電気をつけ、キッチンを抜けると、俺は真っ先に奥のワンルームの部屋へと急いだ。

部屋の電気はつけず、カーテンの前に立つ。

一呼吸おいて、俺は思いっきりカーテンを両サイドに開け放った。

やはり向かいのマンションの部屋に恭子が仁王立ちしている。

いきなり開かれたカーテンに、一瞬だけビックリしたような顔をしている恭子。


「少佐。なぜカーテンを開けるんですか」

背後からやってくる成瀬も、恭子を見つけたらしい。

「あれは確か、同じクラスにいる生徒ですよね」

「そうだ」

「そうだって・・・あのひとは、何をしてるんですか?それに、少佐も」

「まあ、それはいずれ説明するよ」

「いずれ・・・」

「さあ、成瀬イシス!俺に聞きたいことがあるんだろう?」

俺と成瀬は正面きって向き合った。

成瀬はだいぶ背が小さいので、俺が見おろし、成瀬が俺をあおぎ見る形になるが。

成瀬は一瞬だけ恭子のことを見てから、話し始めた。

それにしても、カーテン全開にして外から見られる状況で女性と自分の部屋にいるなんて。

端から見ると本当に意味不明だな。


「単刀直入に聞きます」

成瀬はいつもどおり表情を一切変えることなく話し始めた。

ああ、なつかしいな、この感じ。





「あなた、何者ですか?」

成瀬の目が少しだけ細められる。獲物を捕らえてはなさない猛獣のような目つきだ。

「少なくとも、高校生では、ないですね?」

俺はワクワクしてきた。

「なに笑ってるんですか」

眉毛ひとつ動かさず冷静に突っ込みを入れる成瀬。

「あ、ああ、表情に出ちゃってたか。あはは」

俺は左手で後頭部をかいた。もとの利き腕は右なのだが、左手だけ使うことに慣れきってしまったせいか、今では利き腕は左になってしまった。

「いや、実はな、俺たちは・・・」


ピンポ~ン♪


(いいところで・・・来たか)


俺は内心ほくそ笑んだ。


「お客さんですか?」

「ああ、そうみたいだね」

俺は誰が来たかわかってるけどね。


俺は恭子のほうを見た。恭子は相変わらず腕組みして仁王立ちしている。

(ふん。見てろよ、恭子)

俺はインターホンの画面まで行き、外の様子を見た。やはり望未だ。

俺はインターホンには出ずにそのまま玄関へ行き、ドアを開けた。

「よお、望未」

「アレス君」

そこには、カバンを胸の前で大事そうに抱えた望未の姿があった。望未はいつも外を歩くときこのスタイルだ。俺は彼女と付き合っている当時、この仕草がとても好きだった。


一瞬だけなつかしさに目を細めそうになったが、今はそれどころではない。

「あれ、他に誰か来てるの?」

「ああ、女の子がね」

「はあ?」

一気に望未の顔が怒気をはらんだものになる。


俺はそんな望未のことなど気にせず、奥の部屋まで無理やりに望未の手を引っ張っていった。

「ちょ、ちょっと、アレス君」

「よお、ほら」

カーテンを開け放した部屋には西日が差し込み、そこには窓際に背の低い成瀬が、玄関に近いほうには俺と望未、そして、窓から見えるマンションの向こうには、恭子が仁王立ちしている。

知らない人が見たらなんの修羅場かと頭を混乱させるだろう。

「あなたは、教室で少佐の隣に座っている・・・」

成瀬はこの状況になっても冷静だ。

「な、なによ、この女!」

大きく目を見開いて成瀬をまっすぐに見つめる望未。

「俺の新しい彼女だよ、望未」

「え?」

成瀬のまゆげが一瞬だけぴくっと動く。

望未は口をポカンと開け、持っていたスクールカバンを床にどさっと落としてしまった。

「アレス君、ほんとなの?」

ワナワナと口を震わせている望未。

「ああ、ほんとだよ」

俺はこれ以上ないくらいの笑顔をつくった、つもりで望未に返答した。


すると望未は、つかつかと成瀬に近づいていった。

成瀬を睨みつける望未。いっさい動じない成瀬。



パチン!



「あっ・・・」

「この女狐!!」

成瀬の左頬を平手打ちした望未はそう言うと、振り返ってカバンを取り、そのまま玄関へと向かった。

「おい、望未!」

俺は急いで望未のあとを追ったが、彼女は乱暴に靴のかかとを踏んづけたままシューズを履くと、「知らない!」と言って玄関扉を開け、外に出てしまった。


俺は、ただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。


「説明してもらいましょうか」

背後から成瀬の声。

俺は成瀬に向き直ると、

「あ・・・ああ、これは、その」

「いまの女の話はあとで聞きます。それよりも、説明してください」

「へ?」

「まださきほどの質問に答えてもらっていないです」

なおも成瀬は表情ひとつ変えず俺に聞いてくる。左の頬だけは赤く変わっているが。

「あ、ああ・・・」

俺はそう言いながら、恭子のほうを見た。

いない。

恭子は向かいのマンションからいなくなっていた。

「少佐。早く説明してください。説明を聞いたら、わたしもすぐにここを出ていきますので」

「あ、ああ」

「それと、なぜわたしがあなたのことを少佐と呼んでいるのかも、説明してください」

「あ、あの・・・」

「早くしていただけませんか」

わからない。

成瀬は相変わらず表情を一切変えないが、本当は怒っているのではないか。

「少佐。あなたは、高校生ではありませんね?」

「あ、ああ」

「では、本当は何者なんですか」

「う・・・それは、なんと言っていいか・・・」

「わたしがあなたのことを不自然にも少佐と呼ぶということは、あなたは軍人か何かですか?そして、わたしはあなたの部下?」

そこまでわかるなら、聞く必要もないんじゃないか、と言いたいところだが、そんなことを言うとぶっとばされてしまうかもしれない。

「そうだ。俺は、君の元上司で軍人だった」

「だった?」

「ああ。ただ、なんというか」

「・・・」

俺が少しだけ成瀬の視線から目を外しても、彼女の瞳だけはずっとまっすぐに俺のことを見据えてくる。威圧するような目つきではない。

ただただまっすぐに見てくるその視線。

それは、あのころ、いくつもの死線をかいくぐってきた視線そのものだ。

「うそはついてなさそうですね」

「ああ、君ならわかるだろう?」

「・・・どういう意味ですか?」

「君は、ひとが嘘をついているかどうかを見分けられるからね」

そう言っても、成瀬はやはり眉毛ひとつ動かさない。

「なにもかもお見通し、というより、どこかでお会いしているわけですね。わたしたち」

「そうだ。君は優秀な軍人だった」

「そんなこと、わたしに信じろと?」

「ああ。君なら、俺が嘘ついていないことは、わかるだろう?」

「・・・」

そこで初めて成瀬は少しだけ下を向いて、あごに人差し指と親指をもっていった。

「少佐が嘘をついていないこと、わたしがなぜあなたのことを少佐と呼んでいるのかは、なんとなくわかりました。ですが、じゃあ、この高校生活は、いったいなんなんですか」

「あ、ああ、そういうことか」

「少佐が嘘をついていないことはわかります。ですが、今のお話では、この状況の説明にはなっていません」

「う、うん」

「それに」

そう言って、成瀬は再び俺のことをまっすぐに見つめてくると、左の赤くなった頬を左手で押さえながら聞いてきた。

「さっきのも、なんです?」

「あ、ああ。す、すまない。まさか。あいつが、君のことを殴るなんて」

俺はてっきり、俺が望未から殴られるのだと思ったのだが。

「どこから説明していいやら」

「説明してください」

「いや、あまりに突飛というか、めちゃくちゃな話だからさ」

「説明してください」

「わ、わかったよ」



俺はこれまでのことの顛末を、ここにくるまでの経緯を、順を追って説明した。



++++++



「まったく信じられない話ですね」

「だよなあ」

俺と成瀬は置き時計と薄汚れたカイロの袋の置かれたテーブルに向かって、ベッドに隣り合って腰かけている。

「で、当面の目標としては、奥さんの機嫌を取ることなんですね」

「うん・・・そうだ」

「それで、さっきのようなことを?」

「うん。向かいからあいつが見てたからさ。あれで機嫌を直してくれるかと思ったんだけど」

すでに部屋のカーテンは閉めた。恭子はどこかへ行ってしまったのか、さっきから何度も確認しているのだが、向かいのマンションのベランダにはいない。

「それでわたしは巻き込まれてしまったわけですね」

「す、すまない。本当にすまない!」

俺は目の前で両手をあわせ、仏壇に平謝りするようにして成瀬に何度も頭を下げた。

「あれくらいは別になんともないですから別にいいんですけど、少佐の奥さんは、あれで納得してくれたんでしょうか」

「うーん、だといいんだけど」

「少佐の奥さんが納得してくれた場合、この異空間はどうなるんですか?」

「え、あ・・・いや・・・それは」

「・・・」

成瀬は首をかしげてため息をついてしまった。

「まだわたしたちがこの空間にいるということは、奥さんの機嫌は直ってないということなのかもしれないですね」

「そ、そんな・・・」

「うーん・・・」

成瀬は腕組みをすると、考え込んでしまった。

俺もそれにならって、腕組みをしてみる。

「まあでも、かわいい奥さんじゃないですか」

「かわいい?あいつが!?」

俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「大きな声をあげないでください。まあ、なんとかなりますよ」

そう言って成瀬は立ち上がった。

俺は彼女の顔をあおぎ見る。

「もちろん、わたしも協力しますから」

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