1日目・向かいの窓に・・・
俺たちはオートロックを開けると三人一緒にエレベーターに乗った。
縦に細長いマンションだ。外から見た限り奥行きもなさそうだったから、小さなマンションなのだろう。だから当然エレベーターもせまい。
部屋数もそれほど多くなさそうだ。
八階に着くと、俺たちはそれぞれの部屋の前に立った。
「それにしてもよ、三人がお隣さん同士なんて、偶然だなあ」
偶然じゃないんだな、それが。
「翔子さん、夜中に近所迷惑になるようなことしないでくださいよ」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「部屋の窓あけっぱなしで大きないびきかいたりしないでくださいませよ」
「なんで俺様のいびきがうるさいって決めつけんだよ」
いや、実際におまえのいびきはうるさいよ。
俺、現実世界でおまえと同居人だから、知ってんだよね。
「ほほほほ。ガサツなあなた様は、いかにもいびきがうるさそうでございますことよ」
「ガサツだあ?大勢の男子の前で下衆なことするやつに言われたかねえよ」
「ほほほほ。悔しかったら、あなたも男のひとりやふたり、誘惑してみたらどうかしら?」
「へ、それくらいできらあ」
翔子はそう言うと、俺の首元のシャツの襟をつかみ、俺に抱きついてきた。
「ちょ、翔子!」
「ほおら、俺様だってこれくらいなあ」
「なんとはしたない!恥を知りなさい!」
「はしたないのは大勢の男子の前で足やら胸を見せつけたおまえのほうだろう」
「それについては同意するが、翔子、おまえもたいがいだぞ・・・」
俺はなるべく冷たく聞こえるように細い声で翔子に警告した。
「あ、そう」
と翔子に言われて、俺はあっさりと解放された。助かった。
「もう、あなたというひとは」
安未果が髪を逆立てて怒り狂っている。
と、安未果の後ろでエレベーターのドアが開いた。
「あれ?」
俺は思わずひとりごちてしまった。
同じ高校の制服。セーラー服だ。
その女の子は、俺たちに背中を向けて遠ざかっていくと、805号室の前に立ち、俺たちのことを見ることもなく、部屋の中へと消えていった。
顔は、横顔には髪がかかっていてよくわからなかった。おかっぱのようなショートヘアだったけど、ちょうど目元の下まである髪型だった。しかも銀髪。
どこかで見たことあるような気がするが、気のせいかな?
「あいつも、俺様たちと同じ学校の生徒か」
「みたい、ですわね」
俺はそこで気になっていたことを思い出し、急いで自分の部屋、803号室のドアを開けた。
やはり、というか、中はワンルームマンションだ。
俺は高校生という設定のはずだが、高校生当時、一緒に住んでいた両親の姿はどこにもない。
「おい、おまえら、おかしいと思わないのか?」
「へ、なにが?」
「なんのことでございますの、少佐」
「俺たち高校生だろ?なのにここ、ワンルームマンションだぞ」
「それがどうかしたってのか?」
「わかんないのかよ!俺とおまえらふたりと、今の子と、高校生がそろいもそろって四人も同じマンションに、それもワンルームに住んでるなんて、どう考えてもおかしいだろ」
「へ、どこがおかしいんだ?」
「あのなあ!常識的に考えて、高校生が親と一緒に住まずにワンルームマンションに住んでるなんて、しかも四人も同じマンションにだぞ!常識的に考えて、おかしいだろ!」
「四人じゃないよ」
そう言ってまた安未果の後ろにあるエレベーターのドアが開いた。
中から出てきたのは。
「望未!」
「ねえ、変だね。あたしも同じマンションなんだよ」
++++++
恭子のやつ、もはや俺を元の世界に戻すつもりなんてないんじゃないだろうか。
このまま俺は永遠にあいつの作り出した空間の中に閉じ込められるのか。
同じマンションの、しかも同じ学校の生徒が同じ階に住んでるなんて、そんなのありえないだろ。
いや、妻の、恭子の作り出した空間だから、そんなめちゃくちゃも成立するってことなのか。
これからどうすればいいんだ。
俺は頭を抱えるしかなかった。
この空間に飛ばされた当初は、自分が高校生だということに気づいて、もしかして両親に会えるのではないかと一瞬だけ期待した。
しかし、その当ては外れた。それどころかひとり暮らしとは。
ただ両隣はもともとの同居人、さらにこの階の一番奥の部屋には元恋人の望未が住んでいる。
恋人と同じマンションに住んでるなんて、本来なら夢のような環境だろうが、今はそんな気分にはなれない。
というか、俺と妻の恭子、それからあすかちゃん以外の人物は、恭子の作り出したコピーのはずなんだ。
だからもしも両親に会えていたとしても、それもコピーなわけか。
まあ、それでも、両親には会ってみたかったが。
それにしても。
俺はせまいワンルームの部屋を見渡してみた。
なんとこの部屋、俺の、つまり現実世界の俺の家の書斎がそのまま再現されている。部屋はせまくなっているが。
置かれてあるものは、レイアウトまでそっくりそのままなのだ。
部屋の真ん中に置かれた丸いテーブル。赤くてかわいい真ん丸の置時計。
そして、開封痕をセロテープで止められたカイロ。
カイロを手に持ってみる。
中に入っているカイロはとっくの昔に保温効果を失ってガチガチに固まっている。
「10時間持続します」と記されたカイロ。
そうか・・・
これが置いてあるということは・・・
恭子は・・・
しかしこうなってくると、現実世界の同居人である翔子と安未果の部屋が気になる。
あいつらの部屋も、俺の現実世界の家の中がそっくりそのまま再現されているのだろうか。
そんなことを考えていると、
「ピンポ~ン♪」
とチャイムが鳴った。
やはりな。
誰か来るだろうな、とは思ったが。
俺はインターホンのところに行き、部屋の外が写された画面を確認した。
望未だ。
まあ、そうだろうな、と思った。
なにしろこの時点で俺と望未は恋人同士なのだから。
同じマンション住んでいるのだから訪ねてくるのはごく自然なことだろう。
しかし、気になるのはこの状況を妻である恭子が監視しているのかどうかだ。
この空間は恭子が作ったものだ。監視することくらい、恭子なら出来るかもしれない。
さっきのループし続けた空間でも恭子はずっと見ていたようなことを言っていたから、充分にありえることだ。
俺はそう思って、ワンルームの部屋のあらゆるところを開けた。
望未が催促するかのように何度もチャイムを鳴らすが、無視してキッチン、風呂、トイレ、クローゼットと開けてゆく。
そしてベランダ。
俺はぞくっと背筋に寒気を覚えた。
ベランダの向かいのマンションに、恭子がいた。
お互いがどんな表情をしているかをはっきりと確認できるくらいの近さだ。助走をつけてジャンプすればギリギリ届きそうな距離。
目が合った。
鬼のような形相のわが妻。
こわい・・・
俺はあわててうしろ手にベランダの窓を閉めた。
背後に恭子の視線を感じながら。
どうしよう。
ピンポンピンポン
と、なおも望未から催促のチャイムは鳴り続けている。
俺はベランダに通ずるドアのカーテンを閉めた。締め切る瞬間に、また恭子と目があった。
まるでホラー映画の世界じゃないか。
そう思って俺はベッドにもぐりこみ、頭から布団をかぶった。
やがてチャイムも鳴らなくなった。望未はあきらめてくれたらしい。
しかし、明日からの学校のことを思うと、憂鬱で仕方なかった。
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